説明
(どうしよう…)
牢獄で、私は考えあぐねていた。
他の水兵と話をつけなくてはならないのに動けない。
何より私は脱走者だ。何も言われなかったにしても、投獄されたという事は、いずれ処罰されるのだろう。
(処罰か…)
これまでに何人か、仲間の水兵が処罰されるのを見てきた。
けれどこの城の処罰というのは、殆ど拷問に近いようなものだ。
無数の刺が生えた椅子に座らされたり、手を万力みたいな機械で潰されたり…
思い出しただけでゾッとする。
特に脱走は重罪だ。私は殺されるかもしれない。
(死なないためにも、何とかしてここを出ないと!)
けれど、どうすれば?
檻は鉄で出来ているし、扉には鍵がかかっている。
扉以外に出られる所はない。
今の私には弓矢があるけど、ここでは役立ちそうにない。
(どうすればいいの…?
こんな時、何か役立つ能力でもあればよかったのに…)
と、ここで思い付いた。
(能力?そうだ!)
私の能力はここでは何の役にも立たない。けれど、術は?術ならなんとかできるかも知れない。
(よし…)
檻から少し離れ、
「氷法 [冷(れい)棘(そう)の獄]」
頭に浮かんでくるままに言葉を唱えた。
壁から細長く鋭い氷がとびだし、檻を切断した。
「やった…!」
足元に少し残った檻をまたいで、階段を登る。先のドアに鍵はかかっていなかった。
ドアに手をかけたその時、少し思いとどまった。
(ちょっと待って…
今出たら、見つかるんじゃ…?)
ドアの向こうのホールからは誰かがいる気配はしてこないけど、本当に誰もいないかはわからない。
もし今ここを開けて見つかったら…
(いや、でも…!)
ここから動かなければプランは成功しない。誰も助けられない。
それに、今の私は丸腰じゃない。
やりたくはないけど、最悪追手に術を使うことも出来る。
何より、ここで動かなければ龍神さんと朔矢さんにも申し訳ない。
「よし…!」
覚悟を決め、ドアを開いた。
ホールには誰もいなかった。
でも、いつ人が通るかはわからない…
(どこに行こう?)
少し考えた末、3階の兵士居住区に向かう事にした。
3階へ続く階段は、ここから見て右の通路の先にある。なるべく足音を立てないように、しかし急いで向かう。
階段はどうしても足音が立ってしまうので、誰かが通らない事を祈りながら登った。
そして3階。
登ってすぐ左の扉を開いた。
「…みんな!」
入ってすぐに声をあげた。
ここが、以前私が所属していた三人グループの部屋だ。
相変わらず、噎せ返りそうなほど埃や汚れがたまった、不衛生な場所だ。
「…アレイ?」
そう言ってきたのはシャレオさん。
私よりずっと上の階級の人で、私の顔よりも大きいハンマーを扱う人だ。
「シャレオさん!」
「どうして戻ってきたの?もしかして捕まって…?」
「違います。みんなを助けるために戻ってきたんです!」
「え…!?」
「私たちを、助けるって…?」
私の言葉に、ユキさんも反応した。
ユキさんは28歳、現役の水兵の中で最高齢の人で、レークの全ての水兵を総括する「長」だ。
私たちが徴兵されそうになった時真っ先に兵士に挑んだけど、槍で滅多刺しにされて捕まった。
辛うじて生きていたけど瀕死の重症で、しかも能力も封印されたせいで、以前は立って歩く事すらまともに出来なかった。
「ユキさん…!動ける?」
「何とかね…それで、私たちを助けるために戻ってきたって、どういう事?」
「詳しく話すと長くなるけど、外から協力者を連れてきたの!みんなを助けるために!」
「その協力者って、何者なの?
城のスパイの可能性もあるけど…」
「彼は…殺人鬼。
でも、本気で私たちを助けようとしてくれてる。
だから…」
「あなた、殺人鬼を連れてきたの…?」
「…勘違いしないで!
彼は私を助けてくれたし、ここの現状を話したら、すぐに助けに行こうって言ってくれたの!
彼は、絶対にいい人よ!」
「でも、殺人鬼が私たちを助けようとするなんて…。
何か裏があるんじゃないの?」
「あの人に限って、それはないと思う」
「あなたは、なんでその人を信用しきってるの?
仮に本当に助けてくれたとしても、助けられた後で私たちみんな殺されるかもよ?」
シャレオさんは、なかなか信じてくれない。
「…とにかく!ここから出たいなら私を信じて!
今から私の言う通りにして…」
そして私は話した。
「何か、自衛できる武器を見つけておいて。
そして明日の朝、脱走者を知らせる鐘が鳴ったら、武器を抜いて。
あとは、彼と私に従ってもらえればいい」
「何それ?それで脱出できるの?」
「きっと。
それに、他に頼るものもないでしょう?」
「…そうね。どうせこのままじゃ私も長くない。
ダメ元でやってみましょう」
「ユキさんがそう言うなら…
あなたとあなたのお仲間さんを信じるわ」
「…!ありがとう!」
そして私たちは3階の武器庫へ向かった。
私は弓矢を隠し持っていたけど、ユキさん達は丸腰だからだ。
幸い武器庫には斧やメイス、鉤爪があった。
ユキさんはメイスを、シャレオさんは斧を、それぞれ手にとっていた。
「それ、使える?」
「ええ、大丈夫よ」
「じゃあ、部屋に戻ってゆっくり寝ましょう。
今日は舞踏会があって、貴族たちは早く寝るみたいだし。
明日のために、少しでも体力を回復させておかなきゃ」
「そうね…」
食事の代わりに、龍神さんから貰っていた栄養剤を寝る前に二人に飲ませた。
◆
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