【二十一話】「賞品は苺ラムネで」

 霞命の小さな両手に握られた二尺三寸七十センチ打刀うちがたな──漆黒の刀身に赫が揺らめきだし、蒼へと色彩やかづけていく。


 それは瀏鑪哢るるる自身が無意識に見てしまっている錯覚か、蒼のほのおは彼の掌までも燃やし尽くし皮膚が焼けただれているというのに、当の本人は熱すら感じぬ素振りを見せて、目前もくぜんにいる相手を見据え続けている。


 腰をゆっくりと膝まで落とし、刀の反りを肩の方まで上げて構える。

 朝露あさつゆのように純な頬に炎は追い求め擦り寄ってくるが、それでも彼は意に返さない。

 瀏鑪哢にしてみれば、一番恐ろしい事は自然発火した刀身や覚醒した清姫伝説の血ではない──


 彼自身だ。


 異常たる夜景の中、刹那のうちに霞命は奔りだした。

 しかして彼の疾走は紆余曲折としており、右へ左へと駆けるさまはまるで蛇の尾。

 そして飛びねた霞命は右腕に刀を持たせ、一瞬の間に瀏鑪哢へと片手突きを与えてくる。


「──ッ! このっ!」


 突風が唸り、瀏鑪哢は十握剣トツカノツルギを横から押して軌道をずらした。

 互いの刃が重なり、つば同士が硬い衝突音を上げていく。

 十握剣から発する蒼炎が彼女の左頬に伝わり、瀏鑪哢は皮膚の表面が熱さで悲鳴を上げそうになる。

 少しでも横にずれれば貌に火傷の跡が付くという距離であれど、瀏鑪哢はひるまない。


 霞命は刀を斜めに振り上げ、再度下ろすと瀏鑪哢は急いで回避をして体制を立て直した。


「速い……凄い……ですね、霞命ちゃん……恰好良カッコよすぎますよ」


 心の底からの経緯、息を切らし喘鳴ぜいめいを上げながらも屈託の無い笑みを見せる。

 されど、白髪少年は黙り込んだまま。


「ですが……!」


 此方こちらも輝きを刀身に纏わせられる者。


 突如彼女に握られていた雷切丸に青白い電撃の筋が纏わり、掌に伝わる高圧電流を感じながらも瀏鑪哢のひとみには雷が灯っていた。


「電気は火を通り抜け、至る所へ素早く奔りますよ」

「……上等」


 口数の少ない彼から発せられた嬉しみのこと


 そして──瞬く間に蒼炎と白雷はくらいは衝突した。


 一秒……そんな短い時間であろうと二人は既に三回もを交え、彼らの周辺には黒い焼跡が次々と刻まれていく。

 刀を主武装とする創人同士の激闘による衝撃は、彼らの足場となっているビルに微小ながらの地震を発生させていた。

 そんなことに気付く余裕も無く、互いを争奪しあうかのように二人は己がいのちを大いに振るった。


 炎をも通り抜け両腕に電撃を与えられようとも、霞命は初めて交え見惚れた技術との戦いに。


 迅速なる炎舞のしきに焦がされようとも、瀏鑪哢は家庭の事情で上手く振るえなかった父の技を遠慮なく使える事を。


 お互い、純粋なまま子供のように喜んでいた。


千石唯父我流法せんごくいぶがりゅうほう──参つ目まず……!」


 瀏鑪哢は両手で雷切丸を構え、瞬時に様々な電光が輝く空を覆いだした。



「雷撃ッ‼」




 その名はまさに必殺技が如く、激しい雷を伴って霞命の方へと重力のままに振り下ろされた。

 霞命はすんでのところで横転し、四角形である緊急離着陸場ヘリポートの角の柱を二本切り裂くことに留まるも──霞命は周囲に伝染していた電気の波を受けて、傷を負っていた胸の助骨が折れたことを知る。


 しかし、その痛みの余韻に浸る間もなく地面を蹴りだし、口から炎と煙を吐いて──無音のまま、彼女の制服の裾を赤く染め切った。


 左腕の上腕二頭筋は見事に焼き切られ、ぶらりと垂れ下がりながらも瀏鑪哢は痛みをこらえ目の前にいる霞命を評価する。


一張羅いっちょうらだったのですが……やはり同い年でこんなに出来る人と一戦できるのは妙でありながら気分が良い、機転を変えてくるとはやはり成長しましたね」


 右腕に持ち替えた雷切丸に電撃が舞う。

 両腕に握られた十握剣に蒼炎が揺らめぐ。


「……ありがとう、ございます」


 敵でありながらも心は同じく、ならば『次が最後』というのも自身と相手の様子から見ても察しがついていた。




千石唯父我流法せんごくいぶがりゅうほう──伍つ目終わりッ……‼」




 月夜に魅入られいかづちのように煌めいていた雷切丸の刃を鞘に納め、瀏鑪哢は一撃必殺の居合抜刀を図る。

 一方霞命は十握剣を構えて出方を伺う、先と変化のない戦法。


 この勝負、何方どちらかが雪崩を起こすことで勝敗は決する。

 自滅か勝利かは未来にしか読めぬもの。

 屋上から来る夜嵐は徐々に強まり、二人の鼓膜に耳鳴りを起こす。


 安眠にして安らぎの闇の中で──




 いかづちは山ごと潰す。


 斬撃は光となって煌めき、霞命の細首を狙う。


 ──取った!


「神雷ィッッ‼」


 動かぬ敵、不動の乙女、勝利は彼女の手中にあった。


 されど、彼の姿は瞬時に瀏鑪哢の視線上から消え──手の甲の皮膚に切れ目が入っていく。


 破かれていく制服と体、されど視線であれば瀏鑪哢でも追いつくことができ、その原因に気付く。


 瀏鑪哢が彼の前へと辿り着いた瞬間、霞命は大きく左へと移動して彼女の周りを反時計回りにのだ。


 竜巻のように、裏切った男の隠れた鐘に纏わりつく大蛇が如く──霞命は寡黙なままに取り囲み、連撃を与えていた。

 乙女の足取りはかごめかごめのように回りて、止まる事を知らない。


 最後には雷切丸の刃すらも折られて、地面へとしていく。


 必然と、地面へ落ち鳴った鉄の音は家族の絆。大切だった何かが途切れてしまったかのような感覚と共に纏めていたポニーテールが拡がって、いつしか収まっていた微風そよかぜと彼女の黒髪が踊りだしていく。


 気配を察して後方へゆっくりと顔を回と、もはや布切れ同然である優雅だった着物を羽織る者は傷だらけの美少年がいた。

 その手に握られていた十握剣は観察してみると刃は全て──赤い焼痕しょうこんが残されたまま、半分も溶けて右曲がりになっている。


 ──今なら……まだ、勝てるかもしれない。


 無惨にも折られた雷切丸を握りしめ、彼女は霞命の心臓、脳みそ、首、急所ばかりへと視線を巡らせながらおぼつかない足取りで近づいていく。

 霞命が所持しているのはたった一本の刀、倒すには今が好機。


「……うおぉぉぉぉぉっ‼」


 表情を苦痛に歪ませながらも咆哮を上げ走り寄っていく瀏鑪哢を見て、彼はその場を立ち尽くしたまま避けようとはしない。


 折れた刀で突こうと瀏鑪哢が傷ついた手を突き出していく。






「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼

 ──あぁ……! あぁ、あ……あ、う、うぅあ、あ……? あぁ……? あぁ? あ? うぁ?」


 すると突然、彼女の頭部に深く重たい頭痛が走り出した。


 流れ出てくる感覚を感じて鼻に指を置いてみると、今まで出したことも無い大量の鼻血が両穴から流れ出ていた。

 前触れも無く、まるで全身を圧迫して燃やされるかのように、風邪よりも激しい熱が動きを鈍足にさせてくる。


 目の前にいた霞命にすがるも刺す力すら残されぬまま、瀏鑪哢はもたれ掛かり気を失った。


 憔悴しょうすいした彼女をゆっくりと下ろし、地面へと寝かせてあげた彼の双眸にも先程までの鋭さは失っており──そのまま隣へと倒れ込んだ。


 二人の傷だらけの若者が屋上で寝転び、何度も深く呼吸をしては霞命は首を抑えて流れ出てくる血液を抑えている。


「……避けられなかった」


 瀏鑪哢の神雷は、霞命の首を掠めながらも電撃は彼の筋肉を縮小させ技の威力や速度を落としていた。


「やっぱり強いな……」


 視線が霞みだし、霞命は自身の死を感じだした。

 これで人生二度目の死とのめぐり逢い、人生に悔いが無いと言えば嘘になる。

 そんな彼の脳裏に思い浮かばれていたのは家族や瀏鑪哢の安否などでは無く、たった一人の女性だけが離れずに居座っていた。


 鮮明で美しく、しかして豪快で恰好良く、憧れで、綺麗な御人おひと


「……衆能江しゅのえさん」




「はい」


 ぽつりと呟かれた独り言を発すると見知った声が返ってきて、霞命は意外そうにしながらも声の方へと視線を移した。

 其処に現れていたのはからすのように濡れた黒髪を棚引かせる大江山絵詞おおえまえことばの創人、衆能江。

 逆光を浴びた鬼の姿を見て、霞命は不思議と『似合うな……夜……』と見惚れながらも彼女を凝視し続けていた。


「うわぁ~……これはなかなかだねぇ、ガキ同士の癖に派手にやるよまったく。柱まで折っちゃってさ」


 数分前とは違って見るも無残な様子となった屋上の中央で倒れる二人の容態を交互に見て、衆能江は引いた様子を浮かべつつも呑気に周辺を見渡していた。


「視界が少し回ってます……」

「お、特訓した技を早速使ったね?

 でも言ったじゃん、フィギュアスケート選手みたいに一点だけ見つめて回らないとすぐ酔うって」

「スケーターは自身を中央にして回るので……要点が違います……」

「そうだっけ?」


 キョトンとした様子の衆能江を虚ろに見つめていると彼女の状態に気付き、一見わからない程度に双眸を大きく見開いた。


「衆能江さん……腕……喉に釘が……」

「ん? ……あー、これか」


 袖を縛り上げて不自然にも失っていた右腕と、喉に突き刺さったままである鋭利な釘に彼の視線は離れず──衆能江は今更気づいたかのようにまたも呑気そうな微笑を浮かべ、刺さっていた釘を当たり前のように引き抜きだした。


「あんがと、取るの忘れてた」


 血液が付着した釘を投げ捨てながらも平然としている彼女の余裕っぷりに関心を覚えながらも、霞命はもごもごと唇を蠢かせ、申し訳なさそうに言葉を紡ぎだしていく。


「衆能江さん……その……彼女、と……僕を……助けてください」


 彼は人生で初めて救いを乞いた、何故彼女だけでなく自分も含んでしまったのかはわからない。

 いつの日か彼女が言っていた言葉を自然に思い出してしまったからであろうか、それが無意識に出てしまったのだろうか。

 真相は自分自身にでも気づかないまま、衆能江は彼の言葉を耳にすると満面な笑みを見せながら歩み出し、霞命の懐からスマートフォンを取り出した。


 ──出来ない約束はしない主義だけど、“永進丸”と約束しちゃったしな。


「んじゃ、呼ぶからちょっとスマホ貸してね」


 教えて貰っていた庄司家専用の番号を打ち込み、耳を押し当てると衆能江は饒舌に電話をかけだした。

 風邪で学校を休む連絡を取る母のように、されど冷静なままに住所と場所を教え、霞命の表情を見ながら電話を切ると自分の懐から細長いプラスチック容器を取り出した。


「舌出して」


 舌を出すジェスチャーを見せて指示してくる衆能江の言う通りに、霞命は長い舌をおもむろに出すと、彼女は彼の舌に三粒ほど桃色の小粒を置いた。

 それを収めると霞命の口内に甘味でありながらも舌上で少々弾ける感覚が襲いだし──彼は、感じた物をそのまま言葉に乗せた。


「苺」


 霞命がか細い声で答えると、衆能江は破顔として紅いプラスチック容器を前へと突き出す。


「期間限定! イチゴ味のラムネ菓子~! 今なら赤い字が消える赤容器!

 これ、お手伝いさんの鞄からくすねてきたやつね」


 隙を見て人の鞄をあさり盗んできた苺のラムネ菓子であろうとも、彼女は罪悪感も無さそうにボリボリと咀嚼音を鳴らしながら食しだす。

 『しかしこれが、衆能江という女性なのだろう』と霞命は、痛みを抑えながら一人安堵した。


 こんな人だから、きっと──

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