【十九話】「大江山絵詞ト魔術書」
宵闇、私を取り囲むは寄生され意識を乗っ取られた病院の人たち。
全員殺す分には問題ないが──……?
すると、袖で隠れていた右腕に少しずつ違和感を覚えだした。
それは徐々に痛覚を増していき、
最早無視することの出来ない痛みに袖を捲ると──数
「……
腕を大きく払って全員を地面へ落とすと──左手の中で不敵に笑う男を冷徹な眸で睨みつけた。
「ゴメンヨ。ダケド今ノハ、俺達ノ力ヲ見セツケル為ニヤッタコトダ。
コウデモシネート、オ前サン信ジテクレネェーダロ?」
「ゲハハハッ、ゲヘゲハゲハハハッ」と下劣な歓笑を見せ、私の腕を食い破った息子たちも尊敬する父を真似て不細工に口角を上げる。
「刀スラ持タナカッタノハ誤算ダッタナ。
ンジャア……オ前サンノ好キナ
不条理な指示を下され、私はやむを得ぬまま日本酒ボトルを回収し一歩一歩──公園出口へと歩んで行った。
その後を息子たちに寄生された者たちがゾンビの様に追跡し、乗っ取られ百鬼夜行の出来上がり。
上機嫌になったのか男は馴れ馴れしい口振りで、嬉々としながら身の丈話をしてくるのだ。
「ゴメンヨ、ゴメンヨォ、酒呑童子……デモヨ、アンタダッテ“
安心シロ、山分ケハ絶対ダ。糞ミタイナ生活カラモ解放シテヤルカラヨ」
何処となく安心させようとすら聞こえてくる低い声に、私はもぞもぞと唇を動かした。
「刀……使う必要が無いから持って来なかったんだよ」
先ほど彼の言った言葉への返しに、男は
「本当にピンチの時にしか使いたくもないし……
まだ、負けてはいない。寧ろ
なぁに、このまま
瞬間、四体の患者や看護婦が後ろから駆け出してきて、四肢一つ一つ着物越しに力強く噛みついてきた。
私を逃がさぬよう、顎の力を限界以上に上げて肉や骨へと歯を喰い込ませ──歯が少しずつ砕けていく音を鳴らしていた。
「妙ナコト考エンジャネェゾ?」
男は低い声で話しながら私を睨みつけると、寄生されていた看護婦は私の懐からスマホを取り出し、素手で粉々に握りつぶしてしまう。
それでも、私はまだ負けていない。寧ろ好都合。
「ねぇ、なんで私に寄生しようとか考えないの? 言うことを聞いている今がチャンスなんじゃなかったの?」
単純な疑問、どう考えても今こそ私を操る機会なのではないのか。今の私であれば裏切り可能性の方が大だというのに。
「やってみようってどうして思わないの? 試しにやらないと何もわからないのに……」
思わせぶりに話しながら様子を一瞥する、男はまるで
──小心者め、だがそれで正解。
「まぁ仲良く……飲み明かそうや」
名残惜しいが──ボトルを逆さにし、日本酒を一滴残らず溢していった。
滝のように絶えず流れ出ていく雫の束を切なさの
残り二リットルもあった中身はすぐに無くなり、酒の水溜まりは寄生された人々の脚下にまで広がった。
「テメェ……ドウイウツモリダ──」
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼ オトサンオトサンオトサンオトサンオトサンオトサン──」
突如小さくも鼓膜を
声の方へと振り返ったところで、もう遅い。
その光景を見た瞬間、男の表情は先程とは真逆に絶望へと彩られて言葉にすらならない叫喚が木霊した。
私の右腕を食いちぎった息子たちは激痛と共に歪んだ顔を焼かせ、露出した臓骨すらも氷の様に溶け、
それは寄生されていた患者や医者たちをも見境なく焼き──双脚を失った者は地面へと伏せ、うつ伏せのまま人体を血肉
寄生した脳みそに隠れていた息子たちも成す術も無くそのまま溶かされてゆき──目の前で兄弟たちが死ぬ様を見た息子たちも寄生した人から脱出しようと脳から口へ飛び降りるも、謝って水溜まりへと落ちて焼かれていく者たちもいた。
「ヤメテー! 俺タチト、オトサンヲ殺サナイデー! オトサン助ゲデェェェ‼」
まるで釜茹で地獄。息子たちは自分たちで何も出来ぬまま命乞い、阿鼻叫喚する。
私の四肢が自由になろうが、その地獄は続行されていく。
“酒の性質”を操る──酒呑童子の力を持つ私が出来る事の一つ。
想像通りな光景に溜息すら出ない。
「テメェェェェェェェェェェェ‼ 何スンダ何スンダ何スンダ何スンダ何スンダ何スンダ何スンダ何スンダ何スンダァァァァッァァァァアアア‼」
目の前の光景に狂乱する男の絶叫は耳を刺し、響き渡っていく残響も止むことを知らない。
喉の擦り切れていく痛みすらも忘れ、我を失なかったのように発狂し続けている。
そんなに叫ぶなら、子供を頼らずに自分だけでやれば良かったものを──もっとも従う事しか考えられなかった子供たちも不憫ではあるが。
「俺ニ残サレタ最後ノ宝物ダッタノニッ‼ ソレスラモ奪ッテイクノカ⁉ 何モ感ジネェノカァッ⁉」
どの口が。
「……私も一応、子供くらい殺したことあるんだわ」
もはや見る影もなく
「
彼は声を荒げながらも嘆き、全力で私の手中から逃れようとした。
「誰一人トシテ傷ツケテモイネェ! 殺シテモイネェ!
オ前ミタイナ屑トハ違ウッテーノニ、ドウシテェッ‼」
すると左手から男が滑り落ち、手を伸ばすと──右手の指が全て逆の方向へと曲がりだした。
理解不能、突然発生した未知の攻撃、されどその正体はすぐにわかった。
目線の先には神々しく、まるで昼間の太陽の様に輝き続けている者がいた。
それが誰かは分からないが、この男──“アブラメリンの創人”が起こしたことに違いない。
「シュ、守護天使……本当ニ」
突如現れた天使に召喚した男自身も驚きを隠せずにいた。──
「コ、コレデ天使ノ加護ガ……ジャア次ハッ‼」
彼は
それを見た瞬間、私の動きも硬まった。
サイズを縮小されようとも、それは
黒き鱗、血のように紅い眸で此方を睨みつけてくると、敵は漆黒色をした液体を光弾のように吐きだした。
回避しようとするも間に合わず、穴だらけの右腕に浴びてしまうと──焼けていくかのように大きな音を上げ、尋常ではない速さで侵食した。
私のとは異なる即効性の毒。
「──ッ‼」
全身に回ることを危惧し、自分の右腕を袖ごと手刀で切り落とす。
衣類が破れる高い音と肉が千切れる生々しい音が混ざり合って、腐食した右腕は地面へと無残に転がっていく。
ドラゴンの方へ視線を戻した瞬間──私の体は少しの間だけ空中へと浮いていた。
否、吹き飛ばされたのだ。
強い衝撃が全身を襲い、攻撃が高速だったせいか痛みも無く下の感覚も無い。
妙だ、私の目の前を飛んでいるのは私の体か……?
頭があるはずの場所から出血してる……どうなっているの?
すると、ごろりと地面に落ち、私の視線は何回転もして酔いそうになるが吐瀉物が込み上げてくる感覚すらもない。
嗚呼……斬られた、か。
※
男は言葉を失っていた、まさか自分の力でこんな事が出来るなんて思いもしなかったからだ。
今まで世間体ばかり気にして、わかっていても使わないように制御していた。
それがどういう事だ。
自分の隣にいる大きな竜『アスタロト』を見上げ、男は噴きだした。
「ハハッ、ハハハハッ、ハーハハハハハッ‼ ソウカ、ソウカ、コレガ創人ノ──俺ノ力カッ‼ カッカカカカカカッカ‼」
創人となって一番の感動だった、自分にこんなことが出来たなんて。
すると、笑顔でつり上がった頬を何粒かの涙が毀れていき男は徐々に嗚咽を洩らしていった。
ジャア何デ、皆ヲ助ケテアゲナカッタノダロウ……──力を使わなかった後悔が胸の中でダムのように募ってくる。
男は涙を拭くと小さな体を起こして、跪かせたアスタロトの頭部に乗り二人のいるビルの屋上を凝視した。
彼の仕事はまだ終わっていない。
「待ッテロヨ……オ前ラ。
アノ
どうせなら、最後に酒呑童子の遺体も持ち帰って──そう思いながら一瞥した時、男は衆能江の遺体に違和感を覚え、首を左右に何度も回した。
されど、やはり一つだけ見当たらなかった。
「アイツ……ノ頭、ドコイッタ……?」
「──霞命だよ。ガキでも清姫でもない、とってもバカで可愛い子だよ」
聞き覚えのある越えが聞こえた刹那、男の腹部に強い圧力が掛かり躰が潰されていった。
目の前には──殺したはずの
激痛に叫び声を上げながらも衆能江の頭を満遍なく凝視すると、首から下が無く、血を垂らし続けていた。
──コイツ、躰ガ無クテモ動クノカ⁉
振り払おうとするも彼女の
「アスタロト! 何トカシロ、コラ‼ アスタ──ナッ⁉」
助けを求めるようとアスタロトに呼びかけたが、勇ましい竜の姿は所々ノイズが掛かっており、その姿は徐々に消えかけようとしていた。
「ほら、集中しないから竜が消えていくよ……こんな痛みなんてことない、って思いなよ」
「
無論、衆能江は離さない。
飛んでいた頭はいつの間にか倒れていた体へと戻って結合し、少し調子を整えるとその場をゆっくりと起き上がった。
「……首取れるの、何年振りだったかな」
衆能江の独り言に耳を貸しながら、男は彼女に寄生しようと自ら口の中へ侵入しようと試みる。
「──私の中に入るんなら、直接全身を焼かれる覚悟をしてね。
地面に落ちたもんだけど、私は酒も飲めて一石二鳥……今すぐやってもいいよ」
耳に響いてくる忠告に意思が揺らぎだす。もはや目的だったはずの金すらも掠れていき、生きる為の乏しい抵抗案しか思いつかない。
男は何処かで拾っていた釘を取り出し、衆能江の喉元に強く突き刺した。
「アァァァァァッァァァァァァァァッァァァ‼」
釘は受け入れられるかのように衆能江の喉へと侵入していき、半分以上が突き刺さると──男は笑みを溢しながらも更に力を加え、彼女の口元から一敵の血が垂れていく。
「勝っ──」
刹那──言葉を最後まで言えぬまま、手刀で切り裂かれた男の上半身は静かに地面へと落ちていく。
衆能江の口に残った下半身が唾のように吐き捨てられ、何も言わなくなった小さな両断死体はその場に放置された。
衆能江は何も言わずに女子トイレへ入ると、残った左手で口を
──敵も殺して、右腕の袖を破いた。またあの辛いお仕置きを受ける羽目になる。
ゆっくりと後ろにある死体を今更ながら見つめ、自分の衰えすらも実感する。
反応からして自分の力を使うのは初めてだったのだろう……負けるかもしれなかった。
しかし、此奴は
男の亡骸。死んでも尚
人生最大の愉悦の中、この者は生涯を終えたのだ。
そう思うと、この男に多少ながら
──だけど貧乏人ってやっぱ嫌いだな、
でも……
「家族、か……」
また、家族全員皆殺しにしちゃった。
皆、愛せる人がいて羨ましい。
皆、愛してくれる人がいて羨ましい。
「愛してくれる人……」
読み上げるように呟かれた一言は誰の耳にも届かぬまま、夜の風と消え去る。
その場で立ち止まり少しの間
もう、自分が
「……鬼に横道無し」
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