【十八話】「打ち上げれども寄生する」
「あなたに──再戦を申し込みます」
誰もが性を間違えるであろう凛とした
「今度こそ、迷いを取り除かれた貴方と真剣な決闘がしたいのです」
無表情童子の眸から映り込んだ深層は心なしか輝いて見え、瀏鑪哢はこの状況を飲み込めず首を傾げる。
「お父さまの事ならご安心ください。庄司家の知り合いの医者に心当たりがあります、急性アルコール中毒も治してみせます。
──人質になんてしません」
彼なりに安心させようとしての発言だろうが、少しぐらいは話が飲めたであろう彼女は今
その反応は無理もなく、わざわざ自分から殺されに行くような愚行をする
──本気の
彼はそれだけなのだ。本当にただ戦う事だけを思い描き、自ら出向いて来たのだ。
男らしいと言えば男らしい。が、その年で戦闘狂になると将来を心配する。
「ね、うちのご主人様変でしょ?
君からも何か言ってあげなよ。バカげてます、とか、正気じゃない、とか」
助け船を送るかのように多少陽気で声高らかに敵である彼女に話しかけてみるも、霞命の態度に上の空どうするんだよこれ。
「…………承ります」
意外に返事は即行。
表情から見てもまだ彼の疑いは晴れていない。されど、『戦う』という意思は声色から感じ取ることが出来る。
対戦交渉は成立したようなので命令通りにニ十階建ての高層ビルにある
下から来る
円の中心にはH文字が描かれた広い屋上で夜風の中、今宵二人は刀を交える。
着物の白髪
二者は既に対峙しており、お互いを視線上に捕らえている。
到着した瞬間から既に準備は整っていたのだ。
「んじゃ、ごゆっくり」
とは言っても、二人の戦いは静寂ながらも高速であろうが。
同じ鉄格子からまた飛び降り、激しく
最近ここまで動くことが無かったから全身が多少驚いている。やはり習慣というのは大事。
自販機の白い電光が冷たそうに飲み物を照らし、喉を渇きへと誘ってくるが生憎金はない。
しかし、私には救世主がいる。
それは、この手にある業務用日本酒だ。
瀏鑪哢の父親の中にいた創人を取り出すために使った物だが、中身はまだ半分以上もある。
否、半分も残る様にしたのだ。
今までは奢って貰った安酒で誤魔化してきたけど、今回はその報酬と言っても差し支えない。
今日はこれを……全部、飲む。
片手でキャップを開けその辺へ投げ捨てると、顔にそのままボトルを近づけていく。
業務用であろうと漂わせてくる古来にあるふくよかな匂い、これだけでもう酔いすら覚えてしまう。
これを一気に飲めれば、もうこの世に悔いはない。
徐々に斜め下へとボトルの口を持っていき、日本酒は徐々に私の下唇を濡らしていく。
どんな男よりも素敵で濃厚な色褪せない既視感を与えてくれる口づけ、誰よりも人の扱いを理解している貴方とまた巡りあ──
「ナァ……女ァ」
私たちの
嗚呼、そういえば──口の中で五回ほど舌打ちをし、悲しくもボトルから唇を離す。
「何?」
「良イノカ? アノガキホットイテ、見張リトカシナネェノカヨ」
「いたら気が散るでしょう? それに私に何かあったらあの子、戦いを中断するかもしれないし。
──生きるって方に賭けるよ。前歯抜歯一本」
「ソコマデヘナチョコジャナイダロ、オ前」
どこか余裕ぶった気に食わない喋り方をする男を半目で睨み下ろす。
「……オ前、『
「そういうおっちゃんは? ……ゴブリン?」
「『アブラメリン』……ッテノニ出テクル“マゴト”ッテ奴ノ血ガ濃スギタセイデナ、屑ニ落チチマッタ」
小男──アブラメリンの創人は、私の手に握られながらもノスタルジーに浸るかのような低くゆっくりとした声で明茶色の地面を見つめる。
「昔ハコンナンジャナカッタ……結婚シテ二年ガ経ッタ頃ニヨ……血ガヨォ……目ェ覚マシチマッタンダ……」
自身の過去を浸る様に語りながらも、その創人は我が身に眠っていた怪物に対しての嫌悪感を露わにし奥歯を噛みしめた。
「子供ガ生マレルッテ頃ダッタノニォォォォォ、何デコウナッチマウカナァァァァァァ‼」
男は自身の流れる血に怒り、無常なる悲しみに悶え、やるせなさに何度も「クソッ!」と何度も強く言葉にしていく。
「仕事モクビニナルシヨォォォォ、金モ払エネェカラ浮浪者同然ノ生活ジャネェカァァァァァ‼」
近くにいるだけで鼓膜軋ませる金切り声にはどうしようもないやるせなが籠っており、其れを聞きながらも私は沈黙として視線を夜空へと移していた。
──
「私は……」
既視感のある空に向けて、私はぽつりぽつりと言葉を紡ぎだす。
「たぶん……二十歳の頃、家族を皆殺しにした」
同情、共感というものだったのだろうか。
瀏鑪哢を裏で支配していた敵に悪夢の内容を話してしまった。
「その後ね、お姉ちゃんみたいだった子の頭蓋骨でお父さんみたいだった人の酒を飲んだの。味は……血っぽかった事しか覚えてないや」
本物の鬼を目撃していたであろう夜月は私を咎めようとはしない。
光の加減も変えず、街に潜む闇をただ残酷に見据えるだけなのだ。
「アンタモ、ナカナカブッ飛ンダ人生送ッテンナァ」
「でしょー?」
呑気そうな私の返しに何が変だったのか男は「クククッ」と気味悪そう表情を変え、顔の火傷跡を歪ませた。
「互イニ苦労シテルッテーノニヨォ……ナンダコノ差ハァァ……良イヨナァァァ、アンタハ仕事ニツケテヨォォォ」
踏んだり蹴ったりと言いたげに彼の情緒は逆転し、妬みだす。
この男に話すべきではなかった、多少の後悔に駆られ少し溜息をつく。
「寝床も食事もあるけど……私、無賃労働者だからね? 強制ボランティアだよ。仕事とは言えないね」
そう、今もその仕事中でありその間私は彼が命を落とさない事を祈るばかりである。
私が戦った方が何倍も効率が良いというのに。
「ケッ、俺ニトッチャマダマシニ感ジルケドナ。
デモヨ、ジャア何デマダソコニインダヨ。逃ゲルナリナンナリデキルダロ」
「だぁかぁら、強制なんだって。逃げたら死ぬの」
だから包囲五十メートル圏内にあるここで待機しているというのに。
すると男は目の色を変え、口調を少々高くした。
「ナァヨ……俺ト一緒ニ、アノガキ売ラネェカ?」
怪しげで薄笑を感じてしまう男の誘いを、
「俺ァハ雇ワレテイル身デヨ、清姫伝説ノガキノ体ヲ持ッテクレバ大金ガ手ニ入ルンダ。
俺一人ジャ無理ダッタカラアノ娘ヲ脅迫シタガ……俺タチ二人ナラ上手クイク、金ハ欲シイダロ?」
金の話を持ち掛けてくる男の顔色は先と比べて明るい──が、その色に警戒は更に増していく。
「俺ハ小物ダガ、ソンジャソコラノ小悪党トハ少シ違ウ。チャント金品ハ山分ケスル、約束スルゼ。酒モ今マデ以上ニタンマリ飲メル」
私は話を聞きながら左の掌に親指の爪を刺した。酒狂いにそういう話をするな。
「霞命死なせたら、私の体にある爆弾起爆するんだけど」
「ナァニ、死ナナイ程度ニ運ベバイイ。ソレニ解除方法モ探ス」
男の言葉にどこまで信憑性があるかは分からない。
しかし、運命の分かれ道だと思っている自分もいるわけで。
「アンタ、今いくつ?」
話を少しだけ逸らしてみる。
「……五十三ダ」
案外お若い。
「私は二百歳くらい……もうちょっと長生きしてみなよ。いくら貰えるかわからないけどそんな
「ンジャアヨ……オ前ハ何デ自殺トカ、他人ニ殺シテモオウトカシネェンダ?」
「…………何でって」
心の隅に置き去りにしていた考えの渦に飲まれようとした。
その一瞬──引きずるかのような足音を感じ、聞こえてくる方角に視線を移した。
耳を研ぎ澄ますと接近しているのは五人や十人ではない──三十人以上、どれも人のようだが所々
その時点でも妙なのだが、問題は一部人々の脚にある。
一人は逆に折れて妙な方向へと曲がっている足を引きずりながらも近づき、一人はガクリと歩く度に体を落としながらも進み、一人は削れて肉や骨も露出した赤黒い血痕を残しながらも歩む。
確証は無いが、
問題はあの病院からこの公園まで多少は距離があるという事だ。どうやってこの短時間で辿り着けたのだろう。
普通の人間で間違いない、だが痛みも感じずに皆が歩いて来るとは尋常ではない。
百鬼夜行団体が取り囲んでくる状態を特に警戒するわけでもなく、私はただ黙って見据えていた。
さてどうするか。
「生キ物ハ……本能デ危ナイトカ、効率トカ、体力面トカ色々ト考エテ自分ノ身体ヲ調整スルンダ」
灯りすら感じ取れない数十の眸に見つめられながら、手の中にいる男は突然生物学的な事を語りだした。
この異人たちを知っているかのように。
「ダガ、ソレヲ全部取ッ払ッテ、ソノ目的ノ為ダケニ行動スレバ、場合ニヨッチャ機械ヲ凌グ」
一歩、眼鏡を掛けた初老の医者が前へと詰め寄り、その次に若い看護婦も脚を出す。
視線を固定したままボトルを置き──私は右手で躊躇なく医者の額を裂いて、看護婦の両膝を切り落とした。
無くなった頭を抱え膝をつく医者と、足を失って寝転がりながらも前へ歩こうとする機械のような看護婦を見下ろし──手に付着した血液を看護婦の純白な服に向かい払った。
妙な切れ味だ、筋肉の過剰なまでの縮小か微妙に硬かった。
しかし、何度も体験してきた殺しの感触からしてもやはり
「オイッ‼ ソイツラハ仲間ダ‼ 見境ナク殺ソウトスルンジャネェ‼」
荒げられた怒声に視線を落とす、男は何か慌てた様な様子を浮かべながらも斬られた二人を心配そうに凝視していた。
すると医者の斬られた脳の断面の一部が突如小さく蠢きだし、中から血を被った六匹の
『頭に蛆が湧く』って言葉をそのままの意味で見るのは、産まれて始めのこと。
それと同様、看護婦の無くなった膝からも六匹の蛆虫が出てきて私の方へと小さく進んできた。
「踏ミ潰スンジャネェゾ! 俺ノ息子達ニ手ェ出スンジャネェ‼」
妙な、予想外な関係性が耳を越えて脳を刺してくる。
「息子……」
よく観察してみると蛆たちの側面には小さな人の手足の様なものが付いており、その顔も──醜い面の成人男性を模していた。
「「オトサン、オトサン」」
まるで子供の様に呼びかけてくる小さくも低い声。
私は息を飲まなかった。目を大きく見開きもしなかった。
何も言わず、感想すら口にせぬまま十二人の蠢く半虫人を見る。
「コイツラハナ、嫁ノ腹カラ……寄生シテ、産マレテキタンダ」
何という事だ、かつての奥さんと性交していた時点で既に彼のアブラメリンの血は目覚めていた。
となるとこの息子たちは出産と共に嫁を──自らの母を無意識のまま貪り食うように内から殺してしまったんだ。
「俺タチハナ……酒呑童子、コウ
人生に絶望することししかできなかった男は、声を上げず静かに笑っていた。
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