【十七話】「父は日本酒の味」

「コラ! 危ないでしょ、武器仕舞えっての! ……あそこかッ!」


 指と手で斬られぬように刀をはじいてゆき、物凄い剣幕でいる瀏鑪哢るるるに追われながらも目的の場所はもう目の前へと来ている。


「そ、そこは……!」


 瀏鑪哢も私たちが目指していた場所をようやく把握し、予想外と言いたげに目の色を変えながらも追跡を止めない。

 少しは霞命かなみたいなポーカーフェイスを学んだ方が良いと思うな、先の反応で目的地は“黒”になったのだから。


「霞命、思いっきりかがんで目ぇつぶれよぉ!」


 言葉通り、霞命は素直に屈みこむと──そのまま窓ガラスを突き破って行く。

 建物の一室へ侵入すると着地した瞬間一度バウンドジャンプし双脚への衝撃を逃がす。

 窓硝子ガラスの破片がひょうのように辺りへと散らばり、夜景によって白縹しろはなだ色に染まる正面のカーテンを私たちは凝視した。

 運が良い、どうやら個室みたい。


「貴方たち……!」


 その後に続いて瀏鑪哢も窓から侵入してくると、憤怒はそのままに私たちへ太刀を向けてくる。


「この病院に……何の用があるんです!」


 『逆探知がここを示したから』とでも素直に言うべきか、されど話の無駄だと感じ、霞命を床へ下ろすとそのままカーテンを強く引いた。


 シャーッと流れる音を木霊させ、開帳した中にいたのは──顔の整った一人の中年男性。

 ベッドの上で眠りにつく男はまるで悪夢を見ているかのように貌を苦痛に歪ませ、呼吸を荒く乱している。


「この方ですかね」


 ぽつりと呟く霞命を尻目に、彼の持っていたレジ袋に手を突っ込み例の物を取り出す。


「な、何をする気ですか……⁉ その人に何をッ!」


 動揺している、刀も震えている、当たりの証人だ、では実行しよう。

 持っていた中身の液体が揺れ──瀏鑪哢は私の持つを瞠目として見つめている。

 何の迷いも見せずに男の下へ進んで行くと、瀏鑪哢は太刀で私の腕に斬り掛かりに行く。


 私は避けない──その誰かを守ろうとする女の刀は美少年女の刀によって、抑えられるのだから。


「──ッ⁉」


 予想通り、霞命が私の代わりに攻撃に対応してくれた。

 月光を纏い着こなしながらも刃同士の摺動しょうどう音を衝突させ奏で合う──瀏鑪哢の性格上、ここで戦闘する事は不可能に近いであろう。

 大切な人の体に傷がついてはいけないものな。


「この患者、過労で運び込まれたみたいだね」


 唐突に噂話をする声色かんかくで呟くと、瀏鑪哢の眉が少し細まりだした。


「頑張ってたんだろうね。平日は会社で汗水垂らして、休日はバレぬよう派遣のバイトをして──時折、娘には刀の使い方を教えていたんですってね」


 私の眸は男に固定されたまま、あの子の様子を伺う必要もない。


「そんな彼が病院に運び込まれると、体のあちらこちらに“腫瘍”があった。過労で出来るものではないし、それは不可思議にも位置を移動して、手術すら困難とさせた。

 ──軽くホラーね」


 ボトル開け、酒を飲みたくなる衝動を抑えながらも私はやつれた男を見つめながら、酒の中に自身の人差し指を入れる。

 これじゃあ、簡単に死んじゃうな。この人。


「や、やめ、こ、殺そうとしたこと、謝りますから!」


 瀏鑪哢は刀を地面へ落として突如許しを請いてきた。しかし、私が欲しいのは懺悔ではないので無視する。


 それに──


「謝るんならさ、霞命でしょ。普通」


 言うべき人間を大いに間違えている、謝られたところでやめないけど。


「霞命君! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 殺そうとしてごめんなさい! 自決しますから! 自分の首刎ねますから! お願い、お願いします!」


 彼女が必死に声を荒げ、啜り泣くも霞命は無表情のまま黒刀を構えている。

 私はそのまま、男の口を片手で無理やり開け──


「やめてくださいぃぃぃぃぃ‼」


 日本酒をボトルのまま流し込んでいく。

 滝のように流されていく酒は男の口からすぐに溢れ出し、枕と顔、入院服をも全て汚す。

 瀏鑪哢は顔を赤くし涙をぽろぽろと溢しながらも、この理解不能な儀式に対し叫び続けていた。


「や、やめてください! 窒息してしまいます! お願いします! おやめください……!」


 別に窒息させる訳ではない、殺すつもりもないのだが……気がまぎれるので説明は全部終わってからにする。

 日本酒を二リットル半分ほど入れ終わると、様子を見ながらも瀏鑪哢に話しかけた。


「親父が、静かにしな」


 私の言葉に「へ……?」と間抜けにも声を洩らす彼女を置き去りにしていると、父親の躰が突然大きく痙攣を始めた。

 まるで悪魔祓いのように、彼の中で眠っていたたちが浮かび上がり全身で蠢きだしていく。


「お父さんッ‼」

「静かに……ってぇ‼」


 小さく瀏鑪哢の頭を叩いて静止させると男の口から徐々に有り得ない“赤い物”が飛び出し、霞命が容赦なく引き抜いた。

 ワイルドな坊ちゃん。


「……け、携帯?」


 父親の中から出て来たのは。人間の体液に塗れた赤い柄の子供用携帯。

 連絡でのみ使用し、体の中に仕込ませるのであればこれくらいで充分。スマホやガラケーは大きすぎる。

 もっとも、携帯の持ち主はようやくご登場のようだが。


 彼の口は更に押し広げられ、中から四枚の翅が生えた小鬼の様な生物が飛び出すと素手で掴み上げた。

 汚ねぇ。


「──アッチィィィ‼ テメェ変ナモン流シ込ミヤガッテ、コノクソ女‼」


 半妖精にも見える醜い小男は表面が焼け焦げた様に黒くなり、私へと臭い息を吐きながら罵声を浴びせてくる。もう手放したい。


「その声……もしかして、あなたは⁉」

大友興廃記おおともこうはいきノガキ! テメェノ仕業カァ⁉

 裏切リヤガッテ……フザケンジャネェゾ、テメェ!」


 瀏鑪哢は言葉を失い、そんな彼女に小男は怒号し、暴れて私の手から離れようとする。

 これでこの二人は協力関係、否、上下の関係だというのは明白となった。

 まさか、刀に迷いがあるからという霞命の考えがヒントになろうとは。


 すると脈拍数のモニター音が加速しだし、父親の顔色も赤くなって、ながらも別の意味で怪訝おかしくなってきていた。


「お、お父さん⁉ こ、今度は何⁉ まだ何かいるの⁉」

「んいや急性アル中でしょ、これ」

「え⁉ えぇ⁉」


 更にもまたや想定内に、廊下から此方こちらの病室へと急いでくる足音たちが聞こえてきたので──両脇に霞命と瀏鑪哢を抱えて、割った窓から飛び降りて行った。

 三人の長髪が夜風に舞って地面へと優雅に着地すると、ある場所へ二人を誘導していく。


 私の仕事も、霞命の目的もまだ終わってはいない。


「──テメェラ、全員皆殺シニシテヤル! 一族モロトモ内臓引ッカキ回シテヤル‼」

「はいはいはいはいはいはいはいはい、そうですねそうですね、そりゃ大変だぁ」


 面倒くさいお爺さんの説教だと思いながら、軽く受け流す。

 負け犬の遠吠えを上げるくらいなら良いが、なるべく殺すなって言われてるし──事情聴取も必要だから攻撃しない限りは何もするなという御達しもかけられている。


「……霞ぁ命? お隣のお嬢ちゃんにお願いがあるんじゃないの?」


 本題に移ろうと抱きかかえられている霞命に声を掛けると彼は頷き、片方でキョトンとしている瀏鑪哢に向かって声色も変えずに話しかけた。


「瀏鑪哢さん、僕はあなたに──」


 その内容に瀏鑪哢は思わず、高温で「へ?」と声を洩らす。

 君の反応は正しいよ、侍少女。

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