【十五話】「スネーク・ミーツ・デーモン」
鞘から抜きて、
それを一寸の乱れも無く、
教わった事に反す、人道を外した
「──よし、んじゃ今みせたところ。次は連続でやってみよっか、安全第一にね」
「はい」
道場に反響する澄んだ聲と共に霞命は居合刀を構え、教えられた通り妄想上の仮想敵を空中に設置する。
目の前に
あの速度、人はおろか機械で捕らえられるものではない。となると、だ。
「……始め!」
衆能江の合図が耳に入った瞬間、
これに対抗するには一度剣で受け止めねばならない。衆能江から見ても、例の“
即ち、二打に掛ければ良いのだが──
想像の瀏鑪哢は一撃目から容易く霞命の両腕を切り裂き、霞命はその負傷に合わせて腕を鈍らせていく。
そのまま二打、三打と連撃は来て──最後に、首を刎ねられる。
見事な殺害剣劇、後ろへ押し倒されたかのように霞命は呆気なく絶命した。
演技的で見事なやられ役、時代劇のスカウト待ったなし。
「コぉぅラー! 霞命ぁ! また一番強いであろう脇差相手から始めたなぁ! 駄目だって! 練習にならないじゃん!
今は我流作りでもなくて敵を伏せされるイメージトレーニングなんだから、やられるまでを忠実に再現するなー!」
「ですが……彼女はこのくらいやりま──」
「言い訳かぁ⁉ ここに来て、言い訳するのかぁ? えぇ? 女の子霞命ちゃん! 明日からセーラー服で登校するかぁ?」
少量の怒気で煽ってみると彼は頬を小さく膨らせながら「わかりました」とか細い声で了承して、細躰を回し
正座になった霞命に習って彼の正面で膝を折ると、いつになく真剣な眼差しで口を開いていった。
「……私の脳みそにいる
あぁもう! どう教えたもんかなぁ!」
言葉に煮詰まり込み上げてくる衝動で礼節に整えていた正座を解いてしまい、だらしなさそうに
脳に刻まれた物語のプロットやキャラ設定の引き出しを幾らひっくり返せども、出てくるのは思い出したくもない苦いものばかり。考えるのが億劫になってくる。
「
すると、廊下の方から買い物袋を片手に今まさに帰ってきた一誠先生が此方の様子を伺って来ていた。
代わりに留守番をしては、開いている時間をこうして使わせてもらっているのだ。
「せ、先生~! 一誠先生~! どう教えれば良いもんですかねぇ⁉ 何卒ご教授を……」
「ど、どうした?」
一誠先生が少々引いた様な表情で訪ねると私は困惑した脳みそを無理やり働かせ、
「霞命にぃ……頼光の技を教えようと思ったんですけどぉ……」
「ほぉ、是非私も拝見してみたいものだな」
「ですが、難易度が高すぎるんですよ」
頼光の剣技に対する期待を打ち砕いてしまう様な回答に、先生は疑問を浮かべ問いてくる。
「……それは
「思い出してみても──頼光は『
……これでどうやって技を学べと⁉ これが武士のする事⁉」
「う、うむ……確かに卑怯やもしれぬ。だが頼光は“土蜘蛛”も倒したのであろう、だったらその時の事を……」
「私が受け継いでいるのは『大江山絵詞』だけで、酒呑童子や源頼光などの記憶を全て引き継いでいる訳では無いのです。部分的、断片的なんです」
酒呑童子ならいざ知らず、頼光や彼が率いる四天王たちは
その中で豪快な武勇戦は殆どは無い、彼らは酒呑童子を罠にハメたのだ。
では先程から教えている剣技はというと……少しだけ剣を振った頼光の動きを元に考えた私の
脚を猫の様に大きく伸ばすと大の字に横たわり、不貞腐れる。
「……あの子は確か『大友興廃記』って言ってたし、確か……大友二代に渡る伝記でしょ? 盛ってる所もあるとはいえ二人分の人生……そりゃ刀の扱い上手いわ」
一振りしか受けていないが中々にやる奴。戦った場合、霞命は勝てるだろうか。
「そうだな。しかしここはやはり、今後その相手に霞命はどう対抗したいかによるかな」
先生は目線を此方に送りながらも他者に問う様な物言いをし──私たちの目線は一点へと重なっていった。
視線に気づき霞命の赤眼もゆっくりと此方らへ動くと、小さな頭で頷いてみせる。
「やり方は……変えなくて、いいです。衆能江さんが教えてくれたのを……自己流に改良してみせます」
と、いうのが彼の回答。顔色一つ変えず生きているのか怪しい蒼白が真剣さを物語る。
「衆能江さんの教えだから……良いんです」
そんな、嬉しい小言も添える。
少々
「あ……別に先生の教えが嫌になったとかじゃ、無いんですよ」
「あ、あぁ。それは理解しているつもりだ……。
──今後もこの件に関しては助言程度しか出来ぬが……了解した」
庄司家の誰も知らない三人だけの秘密の特訓、殺人に加担させてしまう可能性があるのだが果たしてそれは先生の立場的に大丈夫なのだろうか。
人を斬る技術において
そして悪い所だけではない。初めてまだ三日しか経っていないが予想より伸びが若干良い。さすが創人の侍少年。
少しずつではあるが刀の切り替え、更には跳躍中の斬撃も習得しようとしている。
アクション俳優でも目指してるのかと思われるが、これもれっきとした練習──しかし道場の天井は其処まで高くなく、家にある稽古部屋でも引くすぎて練習するにはちと難しい。困ったものだ。
「んじゃあ、天井にぶつからない程度に空中で斬撃やってみるか。
大丈夫だよ、清姫だって相手追っかける時に山くらい飛び越えたでしょ」
根拠のない事を言われながらも霞命は調子を整え、刀を抜きだして──すぐに
そして
この星に生きる羽無き生き物ゆえ、空を飛んでいられるのにも限界がある。
足腰も踏めぬ為、上達するまで威力も保障できない。最悪手や足首を脱臼する。
着地は最初から上手く出来ているが、それでも不安だ。戦いの場であればどうなるかわからない。
「速く」
乱れた息を整える小さな口から発せられる微細な聲──きっと先生には聞こえない、
「がんばらないと」
ふしぎと、訳も分からず少しだけ胸が苦しくなった。
其処までして傷ついてなんになる、戦いは私に任せればいいのに何故そうやって自分から戦う事に
未熟……その二文字だけで片づけられるのか?
先生曰く──霞命に人殺しは出来ない。
水溜まりで溺れていた蟻をわざわざ巣に戻して、角砂糖を上げていたという
本気で殺しに行かなければ勝てない相手と当たれば、霞命にとってそれは最大の敵となる。不殺の心と未熟な肢体がどこまで通じるか。
偶然見た霞命の足裏は顔に似合わぬ程皮がめくれ、皮膚がボロボロになっている。
あぁ……なにやってんだ、本当に。
すると、微かにだが自分の手が震えている事に気が付いた。
酒呑童子の刀に対しての拒否反応と刀の振り過ぎによる痙攣だと自分を理解させる事で、それを無視しようとした。
きっと、そうだ。
なにやってんだか、私。
※
両手を頭の後ろに組んで暖かい布団の中で横になりながらも、特に眠気を感じない。
『睡眠』というのは悪夢を見てしまうこと以外、案外幸せな事なのだ。
隣で寝ている霞命の横顔に薄く青白い月光が照らされ、蒼白になった唇が死体のように見える。
月の兎は美少年がお好きなようで。
「瀏鑪哢さん……倒せるかもしれません」
突然死体の様な唇が
「どうして?」
寝言かと疑いながらも、やはり気になるからと小さな言葉で返事を送る。
「……一度戦った際、刀に迷いを感じられました」
剣を交じえたが故の確信だろうか、眼を
「僕も素人ですが、場数の無さでは彼方も同じだと思います。
迷い……そこを突けば勝機はある」
子供の何処からか湧いてくる発想なのかは知らぬが、無謀さを感じてならない。
取りつかれたかのように話す横顔は女童にしか見えぬ程美々だが、話している内容に似合っていなかった。
そんな決心に対して、意地悪そうな笑みで話してしまう大人が私だ。
「ふ~ん、じゃあ勝つ方法はあるって言うんだ」
「策はあります」
迷いすらない声色、敵を迎えようとする姿勢は格好よく思えるが……それでも無謀には変わらない。先生に教えられたことをもう忘れたか。
「お恥ずかしながら、それには衆能江さんの力が必要です」
まさかのまさか、意外や意外な事に頼んできた。
どういう風の吹き回しだと思いつつも、嬉しそうな話してしまう大人が私だ。
「……んじゃ、霞命の命令なんでも聞いちゃおっかな」
手伝いはするがきっと碌な作ではない、何かあったら私が止めに入って彼女を殺せばいい。
「んでどんな内容」
「考え中です。明日までまとめてきて、それから作戦を練りましょう」
彼の言葉に心で小さく溜息をし、天井を見上げ直す。
天井の木目たち全員が『どうせ失敗する』と告げ嘲笑う。
「んじゃ頑張ってね、霞命。お休み」
「はい、お休みなさい」
それから霞命は一度も目を開けず、一言も発しなかった。
起きてるのか寝ているのか分からない顔立ちは、母親の永進丸にそっくりである。
※
隣で寝ている霞命を尻目に部屋を後にし、微風の音すらも聞こえぬ沈黙とした日が昇りつつある
待機していた二人の警備員が扉を開けると清潔そうな白一面の部屋へと私を通し、持ち場へ戻って行く。
籠の中で畳んであったスクール水着を手に取り、脱いだ着物は付かないように奥へと畳んで置いておく。付いたら
躰に吸い付いてくる様なスク水を着こなし、肌寒さを覚えていた私は食事を見下した。
細身でマズそうに白くなった肉、年月は四十を経っていようか。肉の名前は知らない。
とりあえず腕を掴み優しく
こんな
部屋中に鉄分の臭いがすぐに充満していき、鼻を
肉を食べやすくバラシていき、胃を食べていると中から多少消化された豚カツが出てきた。
最後に食べた物だろう。胃液が付いてるのでその辺に投げ捨て、食事を再開する。
肝臓を口に含んだ瞬間、襖越しに影が浮かび上がった事に気付くと──ゆっくりと噛み千切り咀嚼した。
既に正体はわかっている。
「
眉を曲げ、少し怒りながら『出て行け』と言う。
学帽を被り、皺一つない美麗な学ランに身を包んだ黒一色の霞命はまるで固定されたかのようにその場から離れようとしなかった。
「……すみません、ですがこうやって二人で話す時間は今日この時間しか無かったので」
どういうことだ、午後ではダメだったのだろうか──小指を取り、口の中へと放り投げた。
「今日の夜、瀏鑪哢さんのところへ仕掛けに行きましょう」
唐突──口に入るはずだった小指は私の唇に触れて、眼鏡を掛けた間抜け面の口へすぽりと落ちて行った。
何故、そうも死に急ぐ。
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