【十一話】「骨肉が裂かれるお辞儀」
美々な着物を裂いて腕に食い込んできた
視界が霞み、髪はふわりと一種の生き物の様に逆立つ。──感電で筋肉が縮小しようとして、奥歯が小刻みに震えるのを必死に抑えた。
一度会ったことのある女、言葉を交わした女、恩を仇で返す事になるもう一人の女。
この様に敵対する事は
渾身の一振りを受け止められると、瀏鑪哢は急いでその場から二十歩
まともに戦ったら自分が勝てる相手でない事は、この身と思考が認識している。
腕から伝った血液の雫が垂れ落ち、白い電撃が一瞬地面を走りだして行った。
血肉に残留する電撃を
「一、二週間ぶりの酒で高揚しちゃってた。まさか気付かない程に感覚を鈍らせるなんて、不覚。
停電した時点で向かっていれば……まさか一、二分でこうなっていたなんて」
言い訳を混ぜながら懺悔を吐露する、まるで独り言のように投げ捨てた目線は下に留まっている。
顔は地面に向けたまま、
ゆっくりと前身を起こしている間に『首を刎ねようか』とも思ったが少し様子を見る事にした。
「ご無沙汰しております
生真面目か、未熟か、何を血迷ったのか、対峙している場で突然自身の素性を明かしだす瀏鑪哢。
これは、彼女なりの強い者に対する礼儀作法である。
その挨拶を見聞き、衆能江は淑女の形相をしかめだした。一つ気がかりがあったからだ。
「……“るる”?」
不思議そうに呟かれた二字に瀏鑪哢の唇が反応し、眉を寄せる。
「“瀏鑪哢”です、一文字足りない」
ムッとした表情、納得のいかぬと言いたげな声色で訂正を要求してきた。
『あぁそれで合っていたのか』と衆能江は自身の聞き間違いでなかった事を確認した。『るるる』ではまるで適当に書いた歌詞の様でどうも歪だ。『るる』の方がペットの様で
とりあえずこの場は誤魔化そう、真面目に謝れば許してくれそうだ。
「……珍しい名前だったから聞き間違いかと思っちゃった。いや、悪気は本当に無いの。御免なさい」
相手の顔色を伺ってみると瀏鑪哢の眉は元の位置へと戻っており、冷静な物になっていた。
それにしたって何も仕掛けてこないとは何事か。私の正体に感づいて、攻撃の瞬間を練っているのか。
流石に何度もあの電撃で斬られれば
霞命と合流して三十秒が過ぎたその時──瀏鑪哢はその手に持っていた脇差を古い鞘へと仕舞い込みだした。
それを見て、またも顔をしかめる。
「…………素手でやり合おうって事?」
それであったら此方に
「貴方の事を頭から外してしまっていた私のミスです、この状況では勝てません」
名残惜しそうに事情を包み隠さず語り、地面へとズレ落ちていた脇差を元の位置に戻す。
三本の刀を繋げているのは、引っ越しなどで使う“ビニール糸”であろうか? それに鞘の方は所々“ダンボール”で補強してある。
時代劇や創作でもお目に掛かれぬであろう継ぎ
刀は本物の様だが手入れすらもされてない。何故だ、あんな状態では
「本来ならこの様な状況でも戦うべきなのでしょうが、今は生憎……自分の命が惜しいので」
「その判断は、正しいね」
そう、正しい。その行動すら悔やむ程に生真面目で馬鹿真面目な子。きっと嘘をつく事すら出来ないのだろう。
「では……また」
衆能江が追撃してくることを警戒しながらも瀏鑪哢はその身を雷光へ変え、刹那のうちに住宅街を離脱した。
彼女がいなくなった瞬間辺りの街灯が元の光を取り戻したかのように明るくなり、重なる二人の影を濃くしていく。
片腕を強く振り回して流れ出ていた血を払うと、地面に付着した液体たちは光ることなく、その場に収まっていった。
躰に帯電していた電気が全て消滅した事を実感し、衆能江は小さく吐息を溢す。
──本当は逃がさないで殺しておくべきだったんだろうな。
そのような事は容易であった。あの程度であれば雷光化する前に首を引き抜けばどうにかなる。
「命が惜しい」と口走ってきたからか。情とやらか。やっぱり、この子といてから私は弱くなっている気がする。
少し悔やみながらも、衆能江は片腕の中で
白かった袖には大量の血が付着し、骨まで到達したのか痛々しそうに滲んでいる。
「……“助けて”って、声ぐらい上げて欲しかったよ」
車すら通らぬ夜道で、
力量などを考えず突っ走った事を怒っているのか、求められなかった事に腹を立たせているのか──衆能江自身、己が感情すらも理解できぬのだ。
今宵の月は如何な物かと見上げても、夜の
……どう報告したものかな。
※
鳥たちが
庄司家の十畳もある広間──その一室では、今まさに大量の血液が活気よく溢れ出されては障子や畳、襖一面に飛び散っており、部屋の
斬られているのは私。
抵抗できぬよう専用の注射を全身に満遍なく打たれると、畳の上に私はそのまま寝そべさせられ──聲一つ上げる事すら出来ぬまま、鋭利な太刀で躰の隅々まで斬りつけられていった。
太刀を鞭の様に振り回す者は、修羅が如く形相に顔を歪めた
時折
縫われた双眸も相まって、その見て呉れはまるで邪鬼の憤激となっていた。
「一人で行動させるたぁ何事だ……腐れ鬼ッ‼」
大きく張り上げた怒声は無論霞命を一人にさせた件についてだ。
溺愛していた孫が死線にいたというのに放置していたのだ、怒るのに無理もあるまい。
ビールを買いに行ってたなんて事が更にバレようものなら、体に詰められた爆弾を速攻起爆させるであろう。
「霞命は
誰かが守ってやらなきゃいけねぇのに……今の霞命では、創人相手に普通の人間が立ち向かっていたもんだってのは
腹を裂かれて──この世にその気色悪さを晒した私の赤黒い内臓の中に、音もなく刃物が侵入してくる。
背骨や助骨を直接叩かれ、頬を切り裂かれるとそこから肉がジッパーの様に開き、歯茎を露出させた。
「腕の筋肉があのままイっちまったらどうしてくれるんだ……責任取れんのかよ
すると、終わりを告げるかのように十六夜は息を切らしだし、血まみれの太刀を投げ捨ると近くにあった座布団へ座り込んで置いてあったお茶に手を取りだした。
まるで見えているかのような動作のまま喉を癒すと溜息を溢し、次の言葉を紡ぎだしていく。
「……今度会ったらその女、殺せよ。絶対だ」
圧を含んだ
出て行った瞬間──先程まで待機していた男たちは道具を取り出し、外へ運ばれると私は横の状態のまま救急車へと乗せられた。
自分の治癒力が恨めしい、これでは
※
「糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が」
時折全身の関節から、まるで折れていくかのような痛々しい音が鳴り──胃腸からは、腹の虫とは違う今まで聞いた事も無いような
たった半日で怪我は完治して午後九時頃に屋敷へ戻されると、最初に私は霞命の部屋へと足を運ばせた。
部屋の前へ着き強めに襖を開けてみるも、
そこら辺にいたお手伝いさんを捕まえて聞いてみると、明日までは病院から帰らない、と歯を震わせ目頭に涙を浮かばせながら教えてくれた。
霞命がいないと解ると──私は同じ言葉を
“瀏鑪哢”って子の顔は完全に覚えている。次来たら絶対仕留めてやる。首をボキリとねじ切ってやる。
それにしたって、あの
「……ぁ、ん」
すると、突然目に飛び込んできた光景に私は聲と脚を止め──足首の関節からは骨の軋む音が鳴りだした。
霞命と勘違いしかける程
疑問に思いながらも私はそっと襖を開き、まるで導かれるようにしてその部屋の中へと入って行った。
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