【十話】「瀏鑪哢、雷光のままに首を斬る」

「……良いですね、そうでなくては」


 両腕に掛ける力を鈍らせることなく、少女は静かに感心する。


 二人の相対距離は僅か四尺九寸一.五メートル程だった。その小さな間を一気に駆け抜け、霞命かなのか細い首を狙いに行った──しかし、彼も所持していた居合刀を抜き、相手の刃を流し落とす様に受け止めたのだ。

 ほんの一寸でも抜刀を遅らせていれば、霞命の美々たる形相は束の間に二つへと分け斬られていただろう。


 何とか敵の刀を流すことに成功すると霞命はコンビニの光が照らしてこない位置へと身を引かせ、闇夜で自身の状態を感じ取る。

 刀を持った手首、そして掌の関節全てに強電流が流し込まれたかのような痛覚が残留している。

 斬り込まれた一撃だけでも居合刀には刃毀はこぼれが生じており、まるで雷獣と衝突したかのような現実味のない戦い。

 もとい、これが初となるが。

 いつか自分を殺しに来る者が現れるやもしれぬ、と対策は練って来たつもりだったが……その相手が大人ではなく、ましてや同い年の女となれば戦い方も考えてしまうもの。


 手加減して勝てる相手ではない、にしても皮膚一枚切れるであろうか。

 手入れをしていないのか、少女の刀は最初から刃毀れを起こしている。何故修復もせず放置しているのかは見当もつかないが、自身の状況から見ても此処ここは一撃で仕留める他無いと見た。


 ──ついでに気絶させて連れて行けるだろうか。

 …………無理か。


 そう決定づけたのは彼が振り向いた瞬間であった。──すぐ角にいたとはいえ刹那の間に距離を詰めてくると今度は太刀を抜き、上から月光を浴びて襲い掛かってきた。

 相手が刀を振り下ろそうとしたその時、霞命は自身の右脚を鋭く蹴り上げて太刀を彼女の小さな手から落とさせた。

 大きな音と共にコンクリートの地面へと落ちた太刀を少女は眉を寄せながら打ち見つつ、打ち刀を抜いてすぐさまに構える。


 闇夜の中ちらりと見たあの形相。

 地に伏せられた太刀をうれいたようであり、その際に一瞬の隙が生じていた。

 それ程、自分の刀たちを大切に思っているということであろうか。

 相手の心情事を考えている間にも濡羽ぬれば色に纏まった後髪こうはつひるがえして、少女は頭、首、心臓を狙い、打ち刀を振り回してくる。


 撫で下ろし襲い掛かってくる刃をすんでのところで避け、『かわすのは無謀だ』と判断した攻撃は受け流していたが──腕に蓄積し続ける負荷により、彼自身の限界が近づく一方通行状態。

 対人戦不足がこれ程までに影響してくるか。

 彼の動きを見て、少女も霞命の状態には感づきだした頃合いであった。


 ──本物の人相手に刀を振るうのは初めて……しかして勝機は得たも同然。


「まるで教科書と戦っているようです」


 少女は呟く、残念そうにポツリと。

 勝利を悟った者の言う隙を打つ為の意地汚い戯言ざれごと


「教科書、教科書ですよ、覚えれば誰だって満点を取れる教科書ですよ?

 大きくなれば丸暗記したところで意味の無い教科書通りの戦い方でぁっ!!」


 少女が突き出した打ち刀の刃は遂に霞命の肩をかすり、破れた白い衣服から血液を滲みださせていく。

 傷口を抑える暇は与えず、好機と言わんばかりに少女は攻撃の手を止めようとはしない。


「教材通りに正確だから、私に当ててくることがわかる。どう止めるかもわかってきてしまう。

 駆け引きも無く、型にはめただけの技巧で命を取り合う戦いなど出来るはずもありませんでしたねっ! それはそうですッ! 嗚呼、私大人げなしッ!!」


 霞命は苦痛に表情筋を歪ませることなく、居合刀を構え続けるも既にその居合刀には数箇所ものヒビが入っており、折れる一歩手前へと追い込まれていた。

 少女は近くに落ちてあった太刀をすぐさま手に取り、丈も互いに違う二刀で連撃を加える。

 射程距離や圧みが異なる夜叉やしゃごとし二刀流の剣技に押され、人気のない住宅地に重みのある衝突音が鳴り響きだす。

 ぶつかるは鋼と刃金はがね、迫るは真剣そのものの見慣れぬ制服少女。


「気絶して持ち帰れると思わないで欲しいですね」


 彼女の誇る殺人刀流『千石唯父我流法せんごくいぶがりゅうほう』の雄邁ゆうまいな技は──霞命の華奢な両腕筋肉を気付かれぬ間に断ち切ってゆく。


 敵に悟られぬように心身を消耗させ、肉を断つ。

 少女は、自らの流派を見事実戦で昇華させる事が出来たのだ。

 されど、油断は見せない。勝利の戦神が例え此方こちらにあろうとも恩を仇で返す行いは、仏が許さぬであろう。


 腕から手へと溢れ出していく流血や、肉体の内側から響きだしてくる肉が引き千切れていく不快な音に苛まれながらも──霞命は居合刀を持ち直そうとする。

 されど、少女が刹那のうちに振るった太刀により、彼のは呆気なく両断させられた。

 まさに決着、絶望の瞬間を与えられてもなお霞命は剣先の折れた刀を手放そうとはしない。

 傷を与えられた両腕を小刻みに震わせながらも悲鳴すら上げず、こころざしが彼に諦める事を提案させない。


「……格好良かっこいいですね、霞命かなちゃん」


 素直に、見た目は『安珍あんちん清姫きよひめ伝説』どおりの女子おなごであっても立ち振る舞いだけで漢だと実感させられる。

 想わず武者震いをしながらも太刀と打ち刀を鞘に収め、最後の一本である脇差を抜き出すと──一瞬だけ刀身から電流が流出したかのように錯覚させた。

 雷神様が通りすぎたかのような煌めきを放っていた。


 ──諒解しわかりました。『大友興廃記おおともこうはいきの子』であるこの千石瀏鑪哢せんごく るるる、命尽きる最後までお相手しましょう。

 その心意気は本当にです。

 ……だからこそ殺すには惜しい。にならなければ、是非、お友達になりたかった。


 無意味な事を思いながらも、瀏鑪哢るるるは瞬時に自身を雷光へと変え、眼にも止まらぬ間に彼の首元へと即死のを打ち込んでいく。


 刃は彼の白肌に触れ、赤色に染めていく。撥ねるのも数秒単位の問題──


 なのだが、突如とつじょ彼の細身がふわりと浮き、いきなり乱入してきたによって雷光となった瀏鑪哢の刃が受け止められたのだ。

 それも高価な代物、その下にあるであろう腕の形をした強靭に彼女の殺意がいとも容易く抑えられてしまった。

 至近距離で彼女を睨みつける長髪の女は、その片手で傷ついた霞命を抱き抱えている。 

 彼女の走ってきたであろう跡には、ビール缶とカップアイス二個が入ったレジ袋が無造作に転がっているのが見えた。


 ──人ならざぬ悪鬼のつらに判別も付かなかったが……この髪の長さに異様なまでの純白さ、そしてお酒。


 あぁ……あぁ、そうか。


 だとしたらこの人が……あの時の、そして割って入ってきたこのお姉さんが──『酒呑童子大江山絵詞の子』という訳ですかッ!

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