【七話】「夏前の乾杯は呪われり」其の二
コンビニ内を物珍しそうに辺りを見回していた
片手をテーピングで固めているというだけで人目を惹くが、白髪赤眼の見た目をしているのだから
一度は入ったことがあるはずなのだが、何をソワソワと。
私には寝床も有る、週二に一度の食事も有る。唯一私がもらってないものと言えば──銭、金である。
飯や寝る所を与え、庄司家の跡取りを護るという天命を授かったのだから金が貰えぬくらい文句あるまい──じゃねぇよ、
酒呑童子であるのにも関わらず酒の一本もないとは何事か、料理酒に手を出してしまいそうだ。
それに比べ、うちのご主人様はとてもお優しい。
この
「コンビニ……来るの二回目です」
私にだけ聞き取れる声で、霞命はぼそりと呟いた。
たった二回……となると、この前のも含めれば利用し始めたのはつい最近ということになる。
今時の子であるにも関わらず、コンビニすら行ったことがないとは。お偉いの子は違う。
すると私はある事を思い出し、霞命の小さく薄らと赤い耳に唇を近づけると気まずそうに尋ねた。
「えっと、霞命……悪いけど、財布預かっても良い?」
私の出す申し訳なさそうな声色に、霞命は鋭い視線を突き刺してくる。
他者が見ようものなら非常にまずい光景だろう。
人を殺すことに躊躇いの無かった私が、中学生の財布を受け取るのに何故屁っ放り腰になってるんだ。
腕を怪我している
新手の
「青少年が酒に金を出す時点でヤバいしさ。
──大丈夫、
二百歳以上年下の男の子に情けなく提案するのは、認めたくないが私。
されど仏の霞命
手際の良い動作、慣れた手つきで入れると何事もなかったかのように前へと歩み出していく。
──侮れない子だ、本来の清姫も案外手際が良かったのかな。
店内奥へ歩いていくと、大量の缶ビールが並べられた何の変哲もないお酒コーナーの前に立った。
その数秒間、私は感動のあまり言葉を失ってしまった。
これが、世界……私はちっぽけな
酒の歴史の方が私の生きた年月より長い、お酒は生まれた頃から神の子だったのだ。
一ヶ月以上飲まないと、こんな事を考えてしまう。
楽園……だけどだ。心を押さえつつ、この中で一番冷えてそうなスパゼロを選び手に取り、缶から伝わる体を沸騰させんとする冷徹さに躰が震え出す。
そういえば、と店内を見渡し、一人ぽつりと風景に溶け込んでいた霞命を見つけ近づいて行った。
美麗な長髪から垣間見える
すると私の方に気付き「ありました?」と聞いてきたので、素っ気なく手に持っていたスパゼロを見せつける。
小さな頭で頷くと霞命は目の前のアイスコーナーを通り過ぎ、レジへ向かおうとした。
「あ、ちょ」
私は思わず変な声を出してしまい、霞命の足を止めさせてしまう。
「……? どうしたんですか?」
「あ、えっと……」
『アイスが欲しいのかな』と思ったが、相も変らぬ表情に言う事を忘れてしまう。
その場で黙りこんだまま見つめ合い、私は唇を動かしながら深考すると頭を下げ──
「霞命様……この貪欲な不祥目にもう二つだけ……宜しいでしょうか」
もう一度、媚びりだす。
「何でしょう……」
この状況で、私は指を二本上げ願う。
「……アイス、二つ」
氷の様に硬く冷たい警護相手の形相。
私の体を焦がす為だけに冷やされたスパゼロ。
駆動音が
冷たい三竦み。無論他人から視線を向けられ、幼児には指を差された。
※
タブを引き開けた時の硬い音が、天使の産声と錯覚する。
昼と夕の狭間、外で飲む酒は他者の威圧感に苛まれそうになりそうだが、人が来ても構うもないとスパゼロを胃袋へと流し込んでいく。
この事が屋敷の人たちにバレると何かと大変なので、近くの公園で飲むこ戸を提案した。季節外れの花見である。
舌で味わず喉へと流し込む。一ヶ月、七百四十四時間以上以来の安酒がどうしてこうも。
しかし、それはすぐに飲み干され、現実が楽園から引き離されていく。
「ぷはっ」
私は我慢強い、酒がもっと欲しいという衝動を抑えることが出来る。
中学生の警護相手に奢って貰った安酒はどんな味かと聞かれると──滅茶苦茶美味い。
「あっ」
小さく響いてきた可愛い声に振り向くと、隣に座っていた霞命の白い手にアイスが毀れ出していた。
「なぁにやってんのさぁ、さっさと食べないと……って、半分以上食ってんね」
彼に買って貰ったのはバニラ味の四角い棒アイス──食べたそうにしてたのはどれだろうと視線を思い出した結果、選ばれた代物である。
同じ物を二本買って貰い一本をあげた時、霞命は少々瞬きをしながら「……ありがとうございます」とか細い声でお礼を言ってくれた。元々君の金だが。
会計中の霞命も少し妙な感じだった、いつも凛々しい彼が私の後ろに隠れて袖を掴んでいたし。
時折見せる幼い表情、案外内気なのかもしれない。……しかしまぁ、棒アイスですら初めてとは。
彼の食べ方はそれはもう
「どんな食べ方だよぉ!」
久しぶりの酒で少し酔いが来たのか、アイスの食べ方に抱腹絶倒する。
そんな私も、既に何滴くらいか溢しているが。地球もっと温度下げろ。
いやいや長く生きていても新しい発見等というのはあるもので、不満だらけだが少しの幸福だけで今は暮らしていると言えよう。
最後の一口となったアイス、数カ月に一度だけ味わえる
地面に落ち、地に溶け込むだけの運命にある氷菓子など目もくれず、私は公園前に倒れていたモノを凝視していた。
「……? どうしたんで──あ」
私の視ている先へ視線を合わせると、霞命は残っていたアイスを急いで口に入れ咄嗟に公園前へと走り出し、私もその後を着いて行った。
倒れていたのは制服を着た女子、歳は霞命と同じくらいで髪は短髪。ここらへんじゃ見た事ない制服なので近所の子ではない。
霞命が抱き起こそうとしたが、手を怪我している人にやらせる訳にもいかず私が様子を確認する。
「あなた、大丈夫? どうしたのこんな所で……一足早い熱中症かな」
質問を投げかけるも何も答えず、抱き上げた少女の腕は霞命と同じくくらい華奢で痩せこけている──されど、この体付きは……。
瞳孔も開いてないし、微かだが呼吸もしているから死んではいない。
すると少女は意識を取り戻したのか、私たちの方へ首を回し擦り切れそうな聲で話しだした。
「あ……ありがと……ございます」
浅かった呼吸も徐々にペースを取り戻していき、舌に言葉が乗りだす。
「あ、あの……すみません……ちょっと、良いですか……?」
「あぁ、何?」
そう聞き返すと、少女は言いにくそうに視線を逸らしたがすぐに用件を話しだした。
「本当に、ごめんなさい……何か食べるもの……三日前から外のトイレにある……手洗い場の水しか飲んでないんです……もう……死にそうで……」
「──はい!」
その言葉だけで霞命は疑いもせず、先程のコンビニの方へと一人走り出した。
『いや待て、
「霞命ー! 肉まん買った時の勇気を思い出せー! レジの店員は切るべき敵だー! 恐れるなー!」
何かいろいろと間違っているなと自分で思いながらも、彼の背はとうとう見えなくなってしまった。
しっかし……この子、どれだけ貧困生活を送ればこうなるのだろう。
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