第11話 最後の計画

「あいつ、わざと捕まったよな」

 ジョステアは、外へ出るなり、そう言った。

「やっぱりそうかな……」

 フレデリックもそう思っていた。

 魔導府でファイルを一日分だけ持ってきたことも、『マーリン』と呼んだことも、シーラの口を借りてフレデリックと話したことも、全てがショーンを犯人と導き出させるために仕組まれたことなのだ。

 それに気付いた所で、黒幕であるショーンを放っておけるはずがない。

 結局、手の平で踊らされるのを覚悟するしかないのだ。

 どこまでがショーンの作用なのか分からないが、今はやれるだけやるしかなかった。

「見ろ、車があるぞ」

 ショーンのアパートに近接する街道に、警備隊の自動車が二台停まっていた。

 一台はフレデリックたちが乗ってきたパトカーで、これはショーンを連行するのに使う。

 迷うことなく、もう一台の方へ向かった。

「乗せてってくれるのか?」

「それどころじゃないんだ」

 制服がまだ身体に馴染んでいない、新人っぽい警官が答えた。

 どうやらジョステアとは顔見知りのようだ。

「そうなんだ。車の中で訊くよ」

 ジョステアは勝手に乗り込んで、腰を落ち着けてしまった。

「フレディ、お前も急げ」

「同僚を探さなきゃいけないし……それに、なんか、アンデッドが逃げてるから、追えって言われてるし……。無理だよ、アンデッドなんか――」

「大丈夫、手伝うからさ。とりあえず、学校へ」

「タクシーじゃないんだよ、コーディくん。でも助かります」

 フレデリックも言いながら、乗り込んだ。

「もう勘弁してよ」

 ぼやきながらも、新米警官は運転席に座った。

 相変わらず誰もいない道を、パトカーは滑り出した。

 走り出してすぐ、ジョステアは座席の間から身を乗り出して無線機を取った。

「ちょ――き、君――」

「マヘリア、マヘリア、聞こえる?」

 無線のノイズが応えるだけであった。

「ジョステア・コーディだ。マヘリア、応答せよ」

「今、宮殿の警護中なんだ。応えるはずが――」

『なんだ、ジョステア。今、とりこんでるんだが?』

 マヘリアが応えてきた。

 新米警官が顔を歪めて驚いていた。

「やんちゃメガネが全てを認めて捕まったぞ」

『そうか――』

「行方不明だった警官が、最後のポイントを埋めたろ」

『ああ。警備隊は皆、トベル・ホーキンスを警戒していたからな。警官がとことことポイントまで進んできたらしい。何事かと思う間もなく――だ。やられたよ。ったく――』

「その警官って、もしかして――」

「あなたが探していた人です」

 フレデリックが補足してあげた。

『何か――恐らくホーキンスの左眼――を、取り出してマーキングした。意表を衝かれて止められなかった』

 マヘリアの声は、本当に悔しそうであった。

「でも問題なかったんだろ」

『まあな。戦力はこっちが上だ。何匹かが包囲網を突破したから、その捜索を周囲に依頼したところだ』

「その一人が私だ」

 さりげなく新米警官がアピールしたが、あっけなく無視された。

「で、オレたちは今、ジッチャンのいる所へ向かっている」

『シーラとかいうのも一緒か』

「あいつはメガネの使い魔だった」

『そういうことか――。当然シーラは片付けたんだろうな』

「ああ。どっかへ行ったよ」

『はあ?』

「大丈夫だよ。元は低級霊だ。何も出来んよ」

 マヘリアは黙ってしまった。呆れているのがスピーカー越しにも分かる。

「それよりも、ロレンスさんがしかけた方が大事(おおごと)なんです」

 フレデリックが横から話を元に戻した。

「残るはホーキンスだけだろ。それで何が出来る?」

「ガスとアンデッドだ」

「は?」

 その反応ごもっとも。

「端折り過ぎだよ――」

 フレデリックは、ジョステアからマイクを受け取った。

「ロレンスさんのヒントからの推測なんですが」

「ああ」

「<パラスティの日>の式典会場に設置されたバルーンに、ガスが仕掛けられているんです」

「何だって!」

『誰だ? うるさいぞ』

「あ――すいません」

 新米警官は恐縮した。

「学園のどこかにホーキンスさんが潜んでいるんです」

『なるほど。ガスで弱らせて、開いた門から出たアンデッドに、身体を乗っ取らせる気か』

「ガスで殺さず、弱らせるだけ?」

 新米警官が訊いてきた。

 死んだ者が身体を奪われてアンデッドになる――一般的な定説はこうだ。理解するには、もう少し説明を要する。

「死体を乗っ取っても、アンデッドはアンデッド止まりです」

『生身の身体に入り、意識を奪う事で、ヴァンパイア系などの高位アンデッドに変われるんだ』

 マヘリアの言葉は一般人でも分かりやすい。

 ああ、なるほどね――言ったのはジョステアであった。

『お前は分かってて当然なのに……』

「学校には魔導師候補生だけでなく、来賓にも法力を備えている人が来賓としてたくさん来ているはずです」

「つまり?」

『法力を備えたアンデッド軍団ができちまうってことだよ』

「そりゃ、大変。オレ今、理解」

 マヘリアの大きく長いため息が聞こえる。

「でも、生徒以外のベテラン魔導師なら、事態に気付くんじゃないんですか?」

 新米警官がつぶやくように言った。

「確かに。ホーキンスさんには門があるんです。これに気付かないはずがありません」

 フレデリックは期待を込めて言ったが、マヘリアは鈍い返答をした。

『なるほど……かなり功名に仕組まれてるぞ』

 どうした――ジョステアが訊いた。

『式典に、魔導師は出ていない』

「え……、何故?」

「だって、この騒ぎだからでしょ」

 答えたのは、新米警官であった。

『そうだ。式典より王宮の方が大事だからな。今は王宮に控えている』

「移動魔法の出口が、王宮に設定されたのはそのせいか――」

「やるな、メガネっ子」

 褒めてなさそうなジョステアの言葉に続き、マヘリアの舌打ちが響いた。

『そういうことなら、すぐに会場に連絡して、式典を中止させよう』

 別の通信機を使って呼び出しているようだ。

「ロレンスさんが通信妨害の結界を張ってるらしいです」

『――本当だ。全く通じん!』

 スピーカーの向こうで何かを壊す音がした。

 怒りが何かにぶつけられているようだ。声をかけるのも憚(はばか)れる――

「で、オレたちがジッチャンと決着をつけるため、学校に向かっている――というわけだ」

 ジョステアが平気で通信した。

 ――目的はそこ?

 と、考えるフレデリック自身も、微妙に感覚がずれてきている。

『間に合いそうか?』

「ええ。車で向かってますし、道路は空いてますので――」

『すまんが、今はお前たちに任せる』

 おう――ジョステアが返事した。

『こっちの片づけが済み次第、ワタシもそっちへ向かおう』

「善処します」

「それも任しておけ」

『何? ――<それも>だと?』

 ジョステアはマヘリアの言葉ごと通信を切った。

「う~ん。私はそんな危険な所へ向かってるのか?」

「大丈夫です。手前で降りますので――」

「手前――すぎるかもな」

 え――新米警官が堅い声を返してきた。

「言ったろ。手伝うって」

「何を?」

 ジョステアは答えず、シートの間から手を伸ばし、ハンドルを回した。

「みんな、掴まれ!」

 自動車が急角度で曲がっていく。対向車線へ入っていく。

 うわわわ――新米警官が慌てている。

 フロントガラスの向こう、前を走っている人がいたのだ。

 距離はあっという間に縮まり、衝撃に自動車が浮いた。

 自動車は停まっていた。

 新米警官は目を回して、シートに倒れている。

 ジョステアは既に降りていた。

 フレデリックも追って、その横に並んだ。

 その背中を見た時に、何となくは気付いていた。

 自動車に跳ね飛ばされた男が、片膝から立ち上がった。

「サンデ村にいた人――?」

「村長だろ、あんた」

 ジョステアに言われ、振り向いた男――村長はニヤリと笑った。

 身体が傷だらけであった。マヘリアたちと戦い、逃げ延びた結果なのだろう。

 それほど長く保(も)たないことも、フレデリックには分かった。

「企みは見事に失敗したな」

「トベルのせいだ。あいつに大仕事を任せたのが失敗だった」

「あなたって人は――」

「わしはトベルを拾った。育てた。あいつの命はわしのもんだ。どうしようと他人に言われることではない」

 かろうじてついていた左腕が、ぼとり――と落ちた。

「命は本人だけのもんだ。そんなことも分からないなんて、無駄に歳を重ねたな」

「何とでも言え。わしは生き残って、この王国をアンデッドで埋めてみせる。ここを第二のサンデにするんだ」

「全てを捨てたやつに、得られるものなんてあるはずないだろ」

 ジョステアの言葉を、村長は大声で笑い飛ばした。

「さっきホーキンスさんに会いました。弱りきった身体で死にかけていました。それはそうでしょう。あの人の身体に魔界の門があるのですから――」

「ジッチャンは言ってた。アンデッドになってもお前らは家族だって」

「死を賭しても村に報いるんだって――。そこまで言わせておいて、あなたは何も感じないのですか?」

 村長の笑い声は更に高まった。

 フレデリックは、魔窓紋に手を伸ばした――……まま、止まった。

 村長は、笑いながら、泣いていた。

「あいつは……あの環境下で泣き言一つ言わず、今の状況にも愚痴もこぼさず――。馬鹿だよ、あいつは。本当に大馬鹿だよ」

 天を仰ぎ、泣いていた。

「わしが出来るのは、あいつの手助けだけだ――」

「手助け?」

「フレディ、気をつけろ!」

 ジョステアの語尾に、アンデッドが裏返る音が響いた。

 村長は、三メートル以上の怪鳥となっていた。大きな嘴が特徴的だ。肌質は爬虫類に似ている。落ちた左腕も翼に代わって復活していた。

 一扇ぎで巨体が宙に浮かんだ――

 その時には既に、フレデリックは怪鳥のカギ爪に掴まれていた。

「オレ今、窮地!」

 もう一本の腕にジョステアもいた。

「学校が遠ざかる――」

 高度は上がらないが、それなりの速度が出ている。

 ジョステアが足や胴など、届く範囲に攻撃している。

 フレデリックも炎弾を撃った。しかし、全く通用しなかった。

「ダメだ。びくともしねえ」

 それほど頑丈なのか――と思ったが、フレデリックは怪鳥の顔を見て、そうではないことを知った。

「コーディくん……」

 フレデリックが指差す方を見て、ジョステアも理解したようだ。

 村長の目は何も見ておらず、白く濁っていた。第二の生も消え入る寸前なのだ。

「そんなにまでして、やりたいことなのかよ! こんなことが!」

 ジョステアは怒鳴ると、身体を揺すった。

 バランスが崩れ、よろよろと墜落――そのまま、五階建てビルの看板へ激突した。

 瞬間、フレデリックとジョステアは緩んだ爪から開放され、しかしまっすぐに落ちていった。

 ジョステアがフレデリックを抱え込んだ。

「何する気――?」

「オレだったら、上手く着地できる」

「無茶だ!」

「お前だけでもジッチャンを止めろ!」

 もう路面が近い――

「まだだ! まだ望みは捨てない!」

 フレデリックは風の魔窓紋に手を添えた。魔法陣が現れた。下へ向けて、突風を起こす。

 巻き起こった風は、路上で跳ね返り、そのまま戻ってきた。

 重力に逆らう力に、ジョステア、フレデリックの身体が浮かび上がった。勢いは相殺された。

 それでも二階から飛び降りたくらいの衝撃をフレデリックは感じ、しばらく足が痺れてしまった。

 ジョステアが駆け寄ってくる。

「フレディ、サンキュ」

 まだ痺れているが、どうしても言いたいことがあった。だから身体を起こした。

「これからは、僕の犠牲になろうとしないで!」

 フレデリックの口は止まらなかった。

「僕ひとりが残ったって、どうしようもないんだ」

「そんなことないさ」

「僕だけじゃダメなんだ!」

 声は静かな街道に響いた。

「君の力が必要なんだ。コーディくん」

 ジョステアがじっとフレデリックを見る。

 フレデリックも真摯な目を返す。

 一緒に――フレデリックは手を差し出した。

「一緒に戦ってくれ」

 ジョステアはにいっと笑うと頷いた。差し出された手を強く握り返した。

「オレ今、承知。約束するよ。一緒に戦おうぜ、世界と」

「――そこまでは言ってないよ」

 苦笑していると、近くから声がした。

 村長だ。

 五メートルほど先で倒れている。一緒に落ちてきた看板の下敷きになっている。

 身体が負荷に耐えかねて、青色の炎を上げ始めた。

「何でこんなことに――……どこで間違ったのだ?」

「<後悔、後に立たず>だ」

「<先に立たず>だよ」

 ジョステアとフレデリックのやりとりは、もう耳に入っていないだろう。

「わしはただ、あいつと幸せに暮らしたかっただけなのに――。あいつに楽をさせてあげたかっただけなのに――」

「そこまで思っていて、何でジッチャンを魔界の門なんかにするんだよ」

「トベル――」

 全身が燃えていた。もう声は出ていない。口だけが述懐に動いていた。

「フレディ、行こう。遠くなった上、足が無くなった。近道しないと式が始まっちまう」

 ジョステアの声に、フレデリックは反応できずにいた。

 燃え、朽ちていく村長から目が離せない。

「ひとは何故こんなにも不器用にしか生きられないんだろう。望む道は同じなのに、ほんの少し違えただけで、悲しい方向へと進んでしまう――」

「フレディ、大丈夫か?」

 鍔広の下で、大きな目が心配そうに見ている。

 感傷的になっていた自分を押し込め、

「大丈夫」

 と、フレデリックは頷いた。

「本当にお前は強いよ」

「強い? 僕が? 今にも挫けそうなのに、どこが強いっていうんだよ」

「それ――」

 ジョステアが指差したのは、フレデリックだ。

 彼の意見はとんちが利き過ぎていて、すぐに理解が出来ない。

「人なんて弱いもんだって、オレの母親が言ってた。『挫け、弱さを知った時、それでも尚、立ち上がれる人間は、いつも力を誇示する人間よりも数倍強いんだ』って」

 少し物まねが入っているようだが、似ているかは分からなかった。

「オレもそう思う。だからお前は強い」

「僕は挫ける前に逃げてしまう。立ち上がっているわけじゃない。真相を知った上で、ホーキンスさんとまともに戦えるかどうか、不安でしょうがないんだ。このまま逃げ出したい――それが本心だ」

「でも逃げたりしないだろ」

「まあ……そうだけど」

「それに、お前は『大丈夫か』って訊かれて、頷いた。いけるってことじゃないか」

「あれは――……」

 ジョステアの余りにも真っ直ぐな評価に、フレデリックは後ろめたさまで感じてしまった。結局苦笑いを浮かべることとなる。

「誰だって訊かれたら、そう答えるよ」

「いや。オレは違うぞ。ダメなもんはダメだ。大丈夫な時だけ『大丈夫』と答える」

「そんな単純じゃないよ」

 ジョステアは首を横に振った。

「そんなもんだって。『大丈夫』と言える時は、きっと大丈夫なもんさ」

「そうなのかな――」

「挫けそうな時は、『大丈夫』って自分に言いきかせてみな。復活できるから――」

「それも、お母さんから?」

 ジョステアは眉間に皺を寄せ、身震いしながら頷いた。

「あれはこの世で一番強い」

「コーディくんより?」

「紙一重でな。オレの師匠でもあるし」

「コーディくんに格闘術を教えた人?」

「だから心しろよ、フレディ」

「何が?」

「オレたちが天下一になるために、きっと最後に乗り越えるべき壁だからだ」

 へえ――と、フレデリックはあっさり答えた。

 その程度の言葉ではもう動揺もしない。

 ジョステアが言うのだから、本当に強いのだ。戦うこともあるのだろう――そのくらいにはなっていた。

 にいっとジョステアが笑った。

「どうだ、フレディ。いけるか?」

「大丈夫」

 確かにまだ不安はあるが、迷いはなくなった気がする。

 ちら――と村長を見る。もう炎は消え、焼け焦げた後と、看板だけが残っていた。

 どちらともなく走り出す。

 この街道を真っ直ぐ、十分くらいの距離だ。

「でも近道はやめよう」

「なんで?」

 ジョステアは不思議そうだ。

 分かってないのかもしれない。フレキシスコ山が近道じゃないのに、指摘されるまで気付かないのだ。彼がいう近道は、きっと近道じゃない。

「なんか近くなさそう――」

 ジョステアはやはり不思議そうに首を傾げた。

 誰もいない街道は息をひそめているようであった。

 走ること五分――遠くに、校舎の高い部分が顔を覗かせ始めた。

 午後の下っていく陽光の中、バルーンと、そこから垂れ下がる幕も見える。

「見えた、学校だ」

「式が始まってる」

 ファンファーレが静寂を渡ってきた。

 垂れ幕に祖父の名前が書かれているのも見え、フレデリックは小さくため息を漏らした。

 結局、式典に来てしまったのだ。

「フレディ、お前――」

 ジョステアが並走しながら切り出した。

「おじいちゃんを嫌いって言ってたけど――」

「そこまでは言ってないよ」

「パラスティ・マーリン――って、誇りにはならないもんか?」

 そういう観点からは考えたことがなかった。

 今更気取ってもしょうがない。フレデリックは本音で話すことにした。

「分からない。ただ、僕は好きで大魔導師の孫に生まれたんじゃない。その思いだけは強くあるんだ」

 ジョステアはじっとフレデリックを見たままだ。

 彼の目に自分はどう見えているのか――聞きたい衝動を抑え、フレデリックは続けた。

「君は偉いね。魔法使いを目指してるのに、魔封一族に生まれたせいで苦労している。それでも、その運命を恨むことなく生きている」

「別に恨むことじゃないからな。これはオレの母親が、オレのことを思ってやったことだ。なんの問題もない」

「そのせいで魔窓紋が浮かばないんだよ」

「それだけのこと。そのくらいハンデがないと周りと吊り合わないさ」

 フレデリックは自嘲気味な笑みが浮かぶのを抑えられなかった。

「僕には出来ない。悔やんだり、恨んだり、ねたんだり――。僕は凡人なんだ。何でも受け入れられる君が、羨ましいよ」

 口から言葉が漏れる度、自分が卑小な存在に思えて、脚が止まりそうになる。

「いつも思ってるよ。僕はダメな奴なんだって。どうして僕は僕に生まれてきたんだろって」

「ん――――――――」

 ジョステアが言葉を探すように唸っている。

「―――――――――」

 まだ、唸っている。

「―――――――――」

 長い、長い。

 ジョステアは腕を組み、頭を傾げたままでずっと走っている。

「よくわかんないけど――」

 と、学校の門が見えてきた頃、やっと切り出してきた。

「やっぱりオレは思うぞ。人は好きで生まれてきたんじゃないかって」

「え?」

「人は意味無く生まれてくることはない」

 ジョステアの熟考した結果が、迷いのない言葉へと変わり、フレデリックへ届いてくる。

「オレが魔封の家系に生まれたことも意味があるし、お前が偉大な魔導師の孫に生まれたことにも意味があるんだ」

「そう――……なのかな」

「そうさ、信じろ。お前を。お前に関わる全てを」

 単純ゆえに、言葉は素直に、しっかりと心へ届いてくる。

 何年も鬱屈して、堆積してきた何かが、ごそっと失くなった感覚――青空を、青空とそのまま認識できる感覚だ。

 フレデリックは頷いていた。

「コーディくんって、やっぱりスゴイかも――」

「おお。オレ今、最高」

 ジョステアの声に、ぼん――という破裂音が重なった。

 バルーンの一つが割れて、落ちる所だ。

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