第9話 魔導師がいた日
トベルが歩いて行った道を、フレデリックとジョステアは歩いていた。
歩くといっても、普通の人なら追いつけない速度である。法力を身体能力変換で脚力に向けているからだ。幻影返しや催眠防止などのマジックキャンセラーを含め、身体能力変換は魔法陣なしで使える。
ジョステアは歩きながら、マヘリアに通信していた。
ペンダント型の通信器は、同じ機種なら姿を映すことも可能だが、今は声のみだ。
『そうか。病院での阻止はできなかったか』
「進攻速度が速い。後手に回り過ぎだ」
ジョステアの言葉は、マヘリアのみならず自分たちにも向いている。
『分かってるって。サンデ村からのアンデッドもほぼ駆除したし、王宮の警備を固めることにするよ』
「オレたちはこのままジッチャンを追う」
「ちょっと待って、コーディくん」
「どうした?」
「ずっと引っ掛かってたんだけど――」
フレデリックはさっきの違和感について、推察を聞いてもらおうと切り出した。
「全てシーラさんが仕組んだことだとしたら、墓地で会った時に驚いていたことが説明つかないんだ」
「そうか?」
「墓地は魔法陣のポイントの一つだ。僕らがそこへ行けた理由は魔法陣を追ったからじゃない。研究所で入手した四つの歪みが発生した地点だったからだ」
「実際には何も無かったけどな」
「そう……。でも、僕らが行ってから四人の死体が送られてきた」
『四つの歪みとはそれのことだな。預言というよりも仕組まれたって感じか』
マヘリアがフレデリックの疑念に同調し始めた。
「分かった! あの研究所が犯人だ」
ジョステアはまだ同調し切れていない。
『まあ、待て。そっちはワタシが調べてみる』
フレデリックは続けた。
「僕はあの噛み合わせの悪さが気になってたんだけど、さっきシーラさんと話してみて、はっきり分かった。彼女を裏で操っている人がいる」
『ほう。根拠は?』
「勘――かな?」
『お前……ジョステアに似てきたな』
マヘリアが笑い声を含んで言い、フレデリックも苦笑した。
ジョステアだけが笑いどころが分からずに首を傾げている。
「話している途中で雰囲気が変わったので、そこから別人だったのでは――そう思ったんです。シーラさんと黒幕の考えが一致していないとすれば、墓地でのズレも説明がつきます」
『そいつがお前らを導いたことを、シーラが知らされてなかった――ってことだな』
「ええ」
『なるほどね』
それに――フレデリックは言いよどんだ。
ジョステアが無言で促して、やっと口にした。
「パラスティ・マーリンがいたから起きた事件だ――とシーラさん、いや……操っていた人は言いました」
『パラスティが?』
「フレキシスコ山、共同墓地、それにサンデ村――。初めから祖父への恨みを僕にぶつけてたんですよ」
「殺すつもりにしては効率が悪いけどな」
それはフレデリックも感じていた。
ただ、それもシーラと黒幕の噛み合わせの悪さで説明がつく。
「マヘリアも何か言えよ」
『ああ、すまん。パラスティ絡みが重なるとは偶然が過ぎるな――と考え込んでたんだ』
「重なる?」
『これを見てみろ』
ペンダントにデータが送られてきた。書類のスキャンだ。
『解析が済んで、今届いた資料だ』
「似顔絵から特定したやつか」
「シーラさんだ……」
書類の写真部分に写っているのはシーラであった。少し緊張気味の表情は、高校の学生証のために用意したものであろう。
少し固い笑みを浮かべる唇は、マーリン一族への恨みを発したのと同じ口であった。
「これがシーラか」
ジョステアが感心したように言った。
「君はさっき会ったじゃない」
「オレは見てないんだよ」
「え?」
『それよりも読んでみろ。こいつ『パラスティの日』に死んでるぞ』
「亡くなってる?」
『国が記念祭に定める一年前だ』
マヘリアの言葉を受け、書類へ目を移した。死亡日は十一年前の今日だ。
よく見ると、送られてきた書類は死亡診断書そのものだ。
「本当にアンデッドだったんだ……」
フレデリックはジョステアの横顔を見た。
彼がシーラを見えなかったのは、彼女がアンデッドだからであろうか――。
『国が祭典を引き継ぐことになった、きっかけの死亡事故だな』
「おじいちゃんがいなければ起こらなかった――って、このことだったんだ」
「そんなの逆恨みだよ」
ジョステアが言い切った。
フレデリックはそこまで割り切れず、もう一度彼女の書類へ目を移した。
名前はシーラ・ロレンス。死亡当時、十六歳。
フレデリックが見ている姿は当時の姿なのだ。
今は国が『パラスティの日』を運営し、一まとめで行われている。
当時はあちこちで思うままに自由な祭りとして行われていた。
中には過激なものも存在し、そのグループ同士の争いに、下校途中のシーラが巻き込まれた――と、死亡状況が書かれていた。
造ったフロート同士をぶつかり合わせていた所へ、シーラが足を踏み込ませてしまったのだ。
一トン以上のフロートが倒れてきて、シーラはその下敷きになった。
愚かだ――フレデリックは無意味なお祭り騒ぎをそう評したが、その感慨自体も無意味であった。
「家族は父と兄――か」
『父ローレイ・ロレンス。兄ショーン・ロレンス――』
「ショーン・ロレンス? どっかで聞いたことあるな」
ジョステアが首を傾げた。
「魔導府の民生課にいた人……?」
『魔導府に?』
「シーラさんの雰囲気が変わった後の口調が、確かに似ていた気はするけど……」
「オレ今、納得」
ジョステアがぽんと両手を打った。
「何?」
「あいつさ、お前のこと<マーリンくん>って呼んでたんだ」
『名乗ったんだろ。当たり前じゃねえか』
これが普通の反応。
しかし、その場にいたフレデリックには分かる。マーリンとは呼べない理由が。
「いえ……僕は<フレディ>と紹介されたんです」
『パラスティの孫として知ってた――ってことか?』
「だってオレ<特能科>って言ったぞ」
<特能科のフレディ>から、マーリンは導き出されない。
逆に、パラスティの孫と知っていたなら、特能科で疑問を生じるはずだが、その様子はなかった。
「初めからフレデリック・マーリンが来ると知ってたから、入国者リストも一日分しか用意してなかったんだね」
「シーラを操っている黒幕はあいつで決定だ」
と、ジョステアが頷いた。
『それで決めていいものかね』
「捕まえりゃ分かるさ」
そうだろうけど――と言いつつ、マヘリアはショーンを調べるため、通信を一旦切った。
「とにかく、オレたちはオッチャンを追おうぜ」
ジョステアが走り出した。血から変化した線を追っていく。
フレデリックも後についていくが、まだ迷いがあった。
「何だ。まだシーラが気になるのか?」
「彼女がアンデッドだったとしても、あの口がおじいちゃんへの恨みを言ってたんだ」
「お前に責任はない。言っただろ、逆恨みだって。お前があいつらに殺されてやっても、誰も幸せにはなれない」
もっともだ。
だが――
「罪の意識が重くなるんだ……」
「罪も無い。何度も言うが、シーラの死にパラスティ・マーリンは関係ない」
ジョステアが速度を落とし、フレデリックに並走した。
「魔導師はその力の大きさ故に人を不幸にすることがある。だけど、それ以上に人を幸せにしてあげられる力も持っている」
「ヴェラール・ヴェルダインの言葉だね」
ヴェラール・ヴェルダインとは、王国建国に尽力した魔導師の祖だ。魔導府の前身――魔導師協会を設立した人だ。そして魔窓紋を発明したのも彼であった。
彼が王国において魔導師の力と地位を確立させたと言っても過言ではない。
「パラスティ・マーリンに救われた人はいっぱいいる。それでいいんだ。だから、お前も――」
ジョステアがフレデリックを真っ直ぐな瞳を向けてきた。
「――今以上に人を救えば良いんだ」
彼らしい、単純明快な答えだ。
だが、フレデリックを笑顔にするにも充分な言葉であった。
「分かった。努力するよ」
「それでこそ、オレの相棒」
相棒――フレデリックが訊き返す前に、マヘリアから通信が入った。
『お前ら、ショーン・ロレンスの方に向かってくれないか』
第一声がそれであった。
「どうかしたんですか?」
『今日の式典に魔導府の職員は全員参加のはずだが、ロレンスは休んでるそうだ』
「怪しいな」
ジョステアが唸るように言った。
『警官も一人行方不明になってるんだが、その現場がロレンスのアパートの近くだ』
「ますます怪しい」
『ロレンスの確保に警官を二名向かわせたが普通の警官だ。ロレンスの正体が得体が知れない以上、何があるか分からん』
「そうですね」
『手伝ってやってくれないか?』
「ジッチャンはどうするんだ?」
『トベル・ホーキンスはこちらで何とかする。魔法陣を完成させるためのポイントは、警備隊が固めている。王宮部隊にも協力してもらってるから、事が起きる前に捕まえられるだろ』
ジョステアが首を傾げた。
「そうかな……? オレ今、心配」
『もし魔法陣が完成しても、来るのはサンデ村のアンデッドたちだ。多くても六十くらい。ワタシたちで対処できる』
「う~~ん、分かった」
渋々、ジョステアが承諾した。
「何か、悪い予感?」
「そうだ。悪い予感がする」
きっぱりと言い切られると、フレデリックも不安になる。
「僕も――君の悪い予感が、当たる予感がするよ」
「おお、それはすごい」
「マヘリアさん。こっちを早めに片して、やはり僕らもホーキンスさんを追います」
フレデリックはそう言った。
『すまんが、そうしてくれ。警官たちにお前らを拾うよう伝えてあるから、合流してくれ』
「よし、じゃあ、やんちゃメガネっ子の所へ行くぜ」
「やんちゃメガネっ子って――」
ジョステアは、名前を覚える気がないらしい。
『合流ポイントを伝えるぞ』
了解――フレディが応えた。
「オレ今、疾風!」
二人で誰もいない道を駆け抜けた。
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