第20話 おまけの隠し撮り
「はい、お疲れ様でしたー!」
カメラマンさんがレンズから顔を出し、パーっとした笑顔で告げた終了宣言を聞いて、俺はハァーっとその場にしゃがみこんだ。上から愛梨亜の呆れた声が吹てくる。
「はぁー、情けないねえ」
「仕方ねえだろ。姿勢に、表情。今まで一度も使ってこなかった筋肉をフル活用してたから、全身ボロボロなんだよ。絶対明日筋肉痛だわ」
「なんだ救太郎もか。実は父さんもそうなんだ。表情筋は意識してないと中々鍛えられないからなあ」
すっかりくたびれた様子の情けない男二人を見て、美波さんはおかしそうに口に手を当てて笑う。
「でも、なんだかお腹減っちゃったわね」
「あ、あたしもあたしも!」
「それじゃ、ここの時間も決まってることだし。ササっと片付けして着替えて、夜ご飯にするとしますか!」
パン! と手を叩く親父。その音を合図にして、俺達は再び更衣室へと戻った。
上等なジャケットとパンツを脱いで普段着に袖を通すと、撮影中に感じていた肩の凝る感じが少し軽減されたような気がする。やっぱり服は楽ちんなものに限るな。
先に完了したのはやはり男二人で、女性陣が出てくるまで十数分ほど待った。
本日は誠にありがとうございましたーと、スタッフの方が愛梨亜にCD-ROMを渡す。その様子を見て親父さんが言った。
「なるほどな。今時のスタジオは写真じゃなくてデータでの納品なんだな」
「選べるんだけどね。でも、データ納品にしてもらって、デジタルフォトフレーム使えば色んな写真を飾れるっしょ?」
「あら。それなら買いに行かないとね。持ってなかったはずだから」
美波さんの言葉を聞いて、愛梨亜は待ってましたとばかりに俺の方を向いてニコーっと笑った。それを合図にして、俺はカバンの中から箱を二つ取り出す。
「実はもう買ってあるんだなこれが。はいこれ、デジタルフォトフレーム二つ。家に帰ったらデータ入れような」
「一つはリビングで、もう一つは二人の部屋に飾ってね!」
はいこれ! と愛梨亜が二人に手渡した。美波さんが「ええ? そんな……! ありがとう二人とも……!」と満面の笑みでそれを受け取り、親父はその隣でボロボロと大粒の涙を流してうんうん頷いていた。
「でも……あれだな! 二つというのは良くないな!」
親父の唐突な発言に、俺達三人は頭にハテナマークを浮かべる。代表して俺が「どういうことだ?」と先を促した。
「俺達二人だけが持っていても仕方ないだろう! 救太郎の部屋と愛梨亜ちゃんの部屋にも置かないとな! というわけで、もう二台買いに行こう! これから!」
ああ、なるほどそういうことか。
「そ、それはありがたいけど、今から? 即断即決すぎ?」
「言っても無駄だぞ愛梨亜。こうなった親父は何があっても聞かない。今の家だってこんな感じの勢いで買ったみたいだから」
「こういう時のために金だけはあるからな! 絶対に必要だと思ったものは迷わず買うことにしてるんだ! さ、そうと決まれば行こう行こう!」
「やべえ……金を持った大人の力、やべえ……!」
恐れおののく愛梨亜。「いざという時の男らしさが徳太さんの魅力なのよ~」と惚気ムードの美波さん。
どうしたんだみんな! 早くしないと売り切れちゃうかもしれないぞ! と親父が呼ぶ声に誘われて、俺達三人はモール内の電気屋へと足を向けた。
売り切れることは中々ないと思うけどな。
デジタルフォトフレームを追加で二つ購入し、夕飯をモール内で済ませた俺達は再び親父の運転で帰路に着いた。
夜一日歩き回って足はへとへと。そしてしゃぶしゃぶを腹いっぱいに詰め込んだ状態で味わう車の揺れは、眠りを誘うには十分すぎた。
ひと眠りして覚醒した時、俺の身体に何かがのしかかっているような状態だった。
なんだ? と思ったが、隣に座る愛梨亜の身体が俺の方に傾いているだけだ。普段ならビビッて飛びのいていた状況ではあるが、今は俺もどろりとした睡眠欲に包まれていたので、その重みにされがままにして、また眠りに着くことにした。
……が、肩に押しあたるふわりとした感触と、髪の毛から香るいい匂いに気が付いた時、その眠気がすっかりどこかへとぶっ飛んで行ってしまった。
こんな状態で寝られるわけがない。けれどさすがに押しのけるのは心が痛む。と、いうことは……。
家に着くまでは俺、ずっとこのままってことか……? い、今どのあたりだ? あと何分くらいかかる?
走行音からするとそこまでスピードは出てない。それに信号で停止しているから、高速道路は降りているはずだ。と、するとあと少しか?
薄目を開けてこっそり窓の外へ視線を送ると、やはりだ。見慣れた景色がある。ここからなら家までは十数分くらいだ。ならこのままでもなんとかなるか……。
頭はすっかり冴えていたし、愛梨亜に押されて肩が若干痛くなっていたが、家に着くまでは狸寝入りを決め込むことにする。
すると、前の席に座る両親の会話が耳に聞こえてきた。
「さて、もうすぐ家だな……。ふわあ、さすがに疲れたな……今日はもう風呂入ってどっぷり寝られそうだ」
「そうね。徳太さん、運転お疲れ様。次のお出かけするころには私も運転代われると思うから、頼ってね」
「たはは。そうだね、保険の変更するのを忘れてたのはうっかりだったね。でも出発前に気が付いて良かったよ」
「救太郎君と愛梨亜は……ぐっすりね。二人とも仲良くなってくれたみたいで、本当に良かったわ」
「最初は……本当にどうなるかと思ったなあ。救太郎は、その……あまり女性への対応に慣れてなくて、愛想もいい方じゃないからな。愛梨亜ちゃんと上手くやれるのか、正直不安だったんだ」
「確かに少しぶっきらぼうなところはあるけれど、本音は気のいい子だもん。私は大丈夫だと思ってたわよ。愛梨亜は人の内面の良さを見るのが得意だから」
「そうだな……。確かに、愛梨亜ちゃんはとってもいい子だ……。うん……!」
……なんか、こっそり聞いてるのがむず痒くなる会話だな。今ちょうど起きたフリでもしようか。……いややめとこう。不自然になるのがオチだ。このまま乗り切ろう。
とは言いつつも家までの距離はそれほどでもなかったようで、ほどなくして親父は自宅の駐車場に車を入れた。「おーい二人とも起きろー。着いたぞー」と呼ぶ声に合わせ、今まさに起きたかのようなリアクションで俺は目を開ける。
「んん……? あれ、もう家……? やべ寝ちゃってたよ。……って近っ!?」
突如覚醒した愛梨亜が俺の頬をグイっと押して自分から遠ざける。
「なになに、どーいうつもりよ?」
「どっちかと言えば、距離を詰めてきたのはお前だけどな……! ほれ、見てみろ自分の現在位置を……! 俺側に寄ってるだろうが!」
「え? あー……でも、キュウがあたしのことを抱き寄せたという可能性も……」
ねえよ。ねえねえ。あるわけねえ。と適当にあしらいつつ俺は車から降りる。夜の風がふわりと顔を撫でる。その空気を思い切り吸い込みながら、俺はぐいっと腰に手を当てて伸ばした。うーん、ずっと姿勢が固定されていたから体が痛いぜ。
「みんなさすがにお疲れね。さ、今日は早めにお風呂に入ってゆっくり休みましょう」
「あ、俺は後でいいよ。先にフォトフレームにデータ入れて、設定とかもしとくから?」
俺は箱が四つ重なって入っている袋を掲げながら言う。美波さんが気遣うような表情を俺に向けた。
「四つとも? 大丈夫?」
「いいよ。そんなに面倒じゃないだろうし、第一この家でCDを読み取れるパソコンを持ってるのは俺だけだ。パパっとやって、皆が寝る前には渡すよ」
そう? じゃあお願いねと美波さん。というわけで、帰宅、手洗い、うがい後に早速俺は自室へと引っ込んでいた。
さて、まずはデータをパソコンに取り込んで……と。
デスクトップパソコンのドライブを開けて、預かったCDを入れる。
高画質故にデータコピーにはしばしの時間がかかったため、適当にネットサーフィンしながら時間を潰していると、
「おいっすー、どう? 捗ってる?」
コンコンガチャリと、ノックの意味があるのかないのかギリギリなラインのスピード感で愛梨亜が登場した。
「捗るもなにも。ただデータを入れるだけだしなあ」
「まーたキュウが難しいこと言ってるよ」
難しいか……?
やれやれというポーズを作る愛梨亜に尋ねる。
「で、何しにきたんだ? まさかただ進捗確認しに来たわけじゃないだろ?」
「うん、そう。あたしも写真どんな感じか見たいし。キュウが一番乗りとかムカつくし」
「どういうことだよ……。ほれ、もうCDから落としたから見れるぞ」
浮足立つ愛梨亜にマウスを渡すと、うはーと歓声を上げながらウキウキで操作する。
「うおお……すげえ高画質……! やばいやばい、お母さん超可愛くない? あたしマジイケてない? ……ぶっ、キュウ、マジ顔引きつってない?」
「うるせえな……。写真撮られ慣れてねーんだよ。ましてあんな立派なスタジオじゃ緊張もするだろ」
ふんふーんとご機嫌な鼻歌を吹かしながら画像を見ていく愛梨亜。その手がふと止まった。
「キュウはさ、この写真もう見たの?」
「いや、まだ自分のパソコンに落としただけだから、内容は全然。……なんか変なものあったか?」
これこれ、と愛梨亜が画面を指さすのに合わせてモニターを覗き込む。映っていたのは暖かみのあるイエローのワンピースに身を包んだ愛梨亜と、モスグリーンのジャケットを着た俺。
めかし込んだ俺と愛梨亜が、画面の中でケラケラと笑っていた。
「これ……撮影の時じゃないよな。俺達二人だけでなんて撮ってないし」
「多分だけど、撮影前にあたしとキュウで話してた時の写真だよ。隠し撮りされてたんだ」
言い換えれば盗撮。これだけ聞くと趣味が良いとは言い難い。だけど……。
「なんかこの写真……悪くない……と思うんだけど、どうだ?」
愛梨亜は柔らかく微笑みながら言う。
「うん、あたしもこの写真……好きだな。キュウ、ちゃんといい顔できるじゃん。ガチガチの作り笑いじゃなくてさ」
「仕方ない。カメラ向けられると緊張するんだ。逆に言えば、カメラに気が付かなければいいってことか」
今度から撮影の際にはなるべく隠し撮りしてもらう方向でやってもらう。でも、隠し撮りされているということを俺が知っていては意味がないので、それすらも知らせずにこっそり撮ってほしい。……ん? 本格的に盗撮だな?
「この写真……どうする? ちゃんと撮影された写真じゃないから……入れないで置いとくか?」
「うーん。お父さんとお母さん用のやつには入れなくてもいいかもね。でも、あたしのやつには入れといて」
あい分かったと返事をする。
「キュウは? どーすんのこれ」
「俺か? そうだな……。うん、まあ一応、入れとこうかな。俺も」
いい写真だと、思うし。
愛梨亜は「そっか」と呟く。
「あたしの写真で固定して、毎晩枕の下に入れて寝ようとしてるんだな……。あたしを勝手に夢に出演させるな。ギャラ寄越せ」
「しねーよそんなこと! くだらねえこと言ってっと、お前の端末に入れる写真は俺だけを切り抜いて入れるぞ」
「うわきも。やったらマジで殺すからな」
ガチの表情で言われてしまった。
ハァーと深めのため息と共に愛梨亜は立ち上がると、うーんと大きく伸びをした。
「さてと、んじゃあたしもお風呂入ってこよっかな。あとはよろしくな」
おっけーおっけーと軽く手をひらひらさせて愛梨亜を送り出す。さて、やっとうるさいのがいなくなったか。ちゃちゃっとやってしまおう。
「あ、自分のフォトフレームにはあたしだけ切り抜いた写真を入れようとしてんじゃねーだろうな」
わざわざ戻って来た愛梨亜が顔を出す。そんなくだらないことを言いに来たのか……?
何が面白いのか、やつはケタケタ楽しそうに笑いながら今度こそ本当に部屋から離れていった。
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