第18話 いざ写真撮影へ

立ち並ぶ店を眺め、たまに入ったりとぶらぶらしているうちに、目的の時間が近づいてきた。


「愛梨亜、そろそろか?」


 尋ねると、こっくり頷きで返される。そして、前を行く両親に弾んだ調子で声をかけた。


「ねー二人とも、あたし次行きたいところあるんだけど、いい?」


 無論断るはずのない二人だ。愛梨亜の声を聞いて、ニコニコした顔で振り返った。

 愛梨亜はチラリと俺の方を見やり、パチっとウインクで合図を送ってきた。こういう所作がいちいちサマになるやつだ。


 さて、まんまと両親を誘き寄せることに成功した俺たちは目的のフォトスタジオへと足を進めていた。

 ライトウッドなカラーリングでまとめられ、ところどころにイメージフォトと思わしき写真があしらわれた、温かみのあるお洒落な店構え。一見するとカフェのようにも見える。


「ここは……なんのお店だい?」


 まあ当然とも思える疑問を口にする親父の背中を「まあまあいいからいいから」と愛梨亜はずずいと押していく。

 はてなんのお店かしらと足を止めて考えている様子の美波さんには俺が「まあ行きましょう。なんでも愛梨亜おすすめの店らしいんで」と声をかけて店内へ誘った。


「すみませーん、予約していた伊波なんですけど」


「はい、二名様で予約の伊波様ですね。撮影されるのは……」


「あ、あの二人ですー」


 と言って愛梨亜は親父と美波さんをピピっと指さす。スタッフの方は柔和な笑顔で「少々お待ちくださいませ」と言って一度裏に引っ込んだ。


「ん? 今撮影って言わなかったか?」


「それに私達二人ってどういう……」


 ここまで来たらもうネタバラシして大丈夫だろう。愛梨亜に目線を送ると、オッケーオッケーと指で丸を作って返してくる。


「二人とも気付いたかもしれないけど、ここは写真撮影をしてもらえるスタジオなんだ」


「しかもよ、ただ撮るだけじゃなくてさ。メイクとか、衣装もばっちりなの。ドレスとかもあるよ」


「記念撮影……ってこと? でも、それならなんで俺達二人だけなんだ?」


 そうじゃなきゃ計画の意味がないからだよ。


「いいのいいの。これ、二人への結婚祝いだから。あたしと、キュウからのね」


「そうだぜ。先週末に急に単発バイト入れたのも、このためだったんだよ。俺は蓄えがあんまりなかったからな」


「それなら相談してくれれば……」


「いやいや、それじゃ意味ねえだろ。言っただろ? 結婚祝いだって」


「そうそう。だからさ、遠慮しないで受け取ってよ。そんでバチバチに決めた写真撮ってきてよ。家に飾るんだからね」


 親父と美波さんはちらりと顔を見合わせる。そうこうしていると「伊波様ー。準備できましたので、メイク室へどうぞ!」とお呼びの声がかかる。


「さあ行った行った。あとはスタッフさんと、二人の好みとセンスにお任せね。あたしとキュウはスタジオで先回りしてるから、楽しみにしてるね」


 スタッフの人の案内に従って、親父と美波さんは控室の方へ向かう。途中で振り返って、


「愛梨亜、救太郎くん、ありがとね!」


「ズッ、ズビッ……! お前達みたいな……優しい子たちに恵まれて……! 父さんはっ、幸せものだッ!」


 と声を上げてくれたので、俺と愛梨亜は気持ちよく手を振って送り出した。涙腺崩壊親父のメイクの仕上がりがちょっと気になるが、そこはプロに任せよう。最悪あのオッサンはノーメイクでも別にいいだろ。


「さ、あたし達は先に行って待機してるとしますか。とはいえ、ちょっと時間空くと思うけど。……どーする? あんた、外出て時間潰す?」


「いやいいよ。呼び戻すために連絡させるのも悪いし。こういう時のために文庫本を一冊忍ばせてるから、時間潰しにも困らん」


 身体に巻いたボディバッグから、読み差しの本を取り出して見せる。それを見た愛梨亜は「そ、ならオッケー。行こっか」と言って、スタジオの方へと向かった。足を踏み入れてすぐに、


「おおおー! すっげー!」


 と歓声を上げる。それも無理ないと思う。確かに凄い空間だ。


 写真撮影用のスタジオと言うと、よくある白い(緑とかもあるのか? よく分からんけど)スクリーンとライトというイメージだけど、ここはそうじゃない。


 陽光差し込む窓際。春風そよぐ草原。石畳の歩道に荘厳な階段……などなど、様々な世界観がミニチュアに切り取られてスタジオの随所に配置されていた。こりゃすげえや。ある種テーマパークのような趣もある。

 照明の当て方や色を変えれば、同じセットでも空気感を変えることができるんですよと、スタッフの人は説明しながら実際に雰囲気を切り替えて見せてくれる。


 うわー、うわー、すっげー! とはしゃぐ愛梨亜。


「あの、あの、すみません。セットの上乗ってみても良いですか?」


 大丈夫ですよとお許しが出たので、愛梨亜は石畳の上に飛び乗った。


「キュウ、キュウ。凄いよこれ本物みたいだわ。外国の道みたい。あたし海外を歩いてるわ」


「具体的な国名は出てこないんだな」


「うるせえな。スカしてないで、キュウも来なよ。近くで見るとほんと凄いよ」


 ほれほれ来てみいと煽られる。子どもが二人で勝手に踏み散らかして大いいのか? と、スタッフの人の顔色をちらりとうかがう。大丈夫ですよーと笑顔だ。それなら遠慮なく。


「お、おお……! 凄いなこれ。遠目で見るとセットだなって感じだったけど、中に入ると本物にしか見えねえ。時代は進歩してるんだなあ」


「キュウ、なんかジジイみたいんだな」


「俺がジジイなら、愛梨亜は順当にババアだな。お前の方が年上だもんな、お姉ちゃん」


 愛梨亜は心底嫌そうな顔をして身震いした。


「うえっ、キュウからお姉ちゃんって呼ばれるの……マジでキモイわ。寒気した。二度と言わないと誓って」


「お前……日頃はやたらと姉の立場を強調してくるくせによ……」


 俺と愛梨亜の不毛なやり取りを見ていたスタッフはクスクスとおかしそうに笑った。


「いや、ごめんなさい。お二人とも凄く仲がいいんだなと思いまして。まるで友達みたい。でも姉弟なんですよね? 年子ですか? それともひょっとして双子?」


 どう答えたものかと一瞬のとまどい。俺と愛梨亜は同時に顔を見合わせ、「あー、はい。まあ……」「そんな感じっすねー」とふわふわした答えを返した。

 その様子を見て何を思ったか、スタッフさんはますますにっこりしながら「お父様お母様の準備ももうすぐですので。今しばらくお待ちくださいね」と去っていった。

 その言葉通り、すぐにスタジオの中に間延びしたオッサンの声が通った。


「お、いたいた。愛梨亜ちゃん、救太郎」


 おーいと手を振りながら親父がこちらにやってくる。


 白のタキシードに身を包み、髪もしっかりとセットされた親父はなかなかサマになっていた。普段お目にかかることは滅多にないが、背の高さもあり、親父はフォーマルな格好がわりに似合う。

 全身白って結構ハードル高いと思ってたけど、着る人が着ればちゃんと見えるんだな。

 親父は若干はにかみながら俺たちに衣装を披露してくれる。


「どっ、どうかな? 父さん、イケてる?」


「うんうん、イケてるイケてる。最高だよ」


「そっ、そうかな? イケメンかな?」


「うんうん、イケメンイケメン。イケおじだよ」


 へっ、へへっ、そうかな? と愛梨亜の口車に乗せられて親父は上機嫌だ。なるほどこれが文字通りパパ活ってやつか。呆けた顔になっているが、緊張でガチガチよりはマシか。

 適当に親父をほぐしつつ待っていると、ついに主役が(親父には悪いけど)登場だ。


「みんなごめんね。待たせちゃったね」


 薄空色のドレスに身を包んだ美波さんは、優美という言葉がとてもよく似合っていた。腰からふわりと広がり揺れるシルエットはまさにプリンセス。ウエディングドレスほどは長くないため、足の運びには問題がなさそうだ。


 随所にあしらわれたレースが照明を浴びて透ける。その透明感が眩しい。小さくも目を引く白金が首元で輝いていた。

 俺達三人はしばし呆けたように見とれていた。あまりに反応が無いので美波さんが不安な表情を見せ始めたところ。


「お母さん……。めっっっっちゃ似合ってるよ!!」


 感激の色に表情を染めた愛梨亜が、飛びつくようにして行った。


「そうかしら? こんな格好するの久しぶりだし、もう歳だからちょっと恥ずかしいんだけど……」


「そんっなことない! 超きれいだよマジ可愛いよ! 本当にお姫様みたいだって!」


 うわーマジやべーあたしのお母さんマジ天使! と愛梨亜ははしゃぎ倒しつつ自分のスマホでパシャパシャと写真を撮っていく。


「うん。さすが美波ちゃんだ。とっても素敵だよ」


 親父はというと、意外にも落ち着いた反応だった。親父のことだから、てっきり感動に打ち震えてしどろもどろになるもんだと思ったけど。

 そんなことを口にすると、


「おいおい、美波ちゃんが超綺麗なエンジェルだってことは当たり前に分かってることじゃないか。とはいえ流石に想像以上で、父さんも改めて見惚れてしまったが、美波ちゃんならこのくらい当然さ」


 ウンウンと後方腕組み彼氏面然とした面持ちで親父は満足そうに頷きを繰り返す。まあというか、配偶者なんだけどな。この落ち着き、一周回ってムカつくな。こんな親父に美波さんはもったいないのでは?


 とにもかくにも、親父と愛梨亜の絶賛で美波さんもほっと安心できたようで、嬉しそうな笑みをこぼしている。

 ぱちり、と俺と目が合った美波さんは、おどけたようにスカートの裾を広げてみせた。


「救太郎くん的にはどうかな? 似合ってる? なんて、おばさんがはしゃぎすぎか」


「あ、ごめんなさいごめんなさい。上手く言葉が出てこなくって。めっちゃ似合ってます超きれいです。存分にはしゃいじゃってください」


 救太郎くんがそう言ってくれるなら安心だあと美波さん。


「伊波様ー、ご準備ができたらどうぞー」


「お、いよいよだぞ」


「サイッコーの写真撮ってきてよね! あたしたち、脇で見てるから!」


 そう言って送り出そうとしたのだが、親父と美波さんはにっこり笑って顔を見合わせるばかりだ。

 どうしたんだ? という疑問はすぐに解けることになる。


「それでは愛梨亜様、救太郎様。お二人も準備をお願いします。メイク室へどうぞ」


 スタッフの方が丁寧に俺達を案内しようとするが……ちょっと待て。


「すみません、確か今日は二人分の予約しかしてなかったかなーと思うんですけど……。お金もそれだけしか払ってないし」


 愛梨亜が戸惑いがちに言うが、スタッフは全く問題ありませんと続ける。


「大丈夫ですよ。先程お父様お母様より承りまして、お代もいただいたので」


 どういうことだ? と俺と愛梨亜は同時に両親の方を見やる。親父と美波さんは相も変わらずにっこりだ。


「救太郎と愛梨亜ちゃんも、一緒に撮ろう。二人の分は父さん達が出すから」


「そうよ。徳太さんとの写真もいいけど、やっぱり家族揃った写真も撮りたいもの。だから私達からも二人にプレゼント。家族記念ということで、どうかな?」


 美波さんはぱちりとウインクを決める。迷った顔の愛梨亜が、俺に「ど、どーする……?」と囁いてきた。


「いいんじゃねえか、ありがたく受け取れば。プレゼントは気持ちよく貰った方が、あげた相手も気持ちいいだろ?」


 愛梨亜はそっか……そうだよな……と呟く。そして、満開の向日葵のような表情ではしゃぎながら言った。


「よっし! じゃああたしも撮る! というか、ぶっちゃけあたしも撮りたかったんです! お父さんお母さん、ありがとう!」


「おっ、お父さん……? 今、お父さんって呼んだか……? ううっ、ぐっ……! ズビビッ……!」


 その陰で親父はついに涙腺崩壊だ。これから撮影なのに、大丈夫なんだろうか。


「そうと決まれば早く行こう! キュウ、ぐずぐずすんなよ!」


「分かってるって。……あの、ありがとう本当に。準備できるまでの間は二人で存分に撮影を楽しんで。あと、親父のこと、よろしくお願いします」


 ん、任せて! と美波さんはサムズアップで答える。と同時に俺は業を煮やした愛梨亜に首根っこを引っ掴まれ、メイク室へと引きずられていった。

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