第16話 金を作れ。手段は選ばない

 金曜の学校終わりが一番好きだ。明日からは土日で二連休。死ぬまで夜更かしできる。一週間の中で最も心が解放される時間だ。

 まあ、それもこれも俺がバイトもやってなければ部活もやってないからなんだけど。


 この前のファミレスでのヘルプをきっかけに、バイトくらいは始めてみようかと思ってはみたものの今のところ行動に移せてはいない。気持ちはあるが、さあ働くぞ! となると腰が重くなるのは人間の性だ。


 金曜夜の自習は最低限と決めている俺は、今日出た課題だけさらりと済ませるとすぐにゲーム機の電源を立ち上げて冒険に勤しんでいた。

 おいおいマジかよ。空、大地、地下も含めた三面のオープンワールドだって? ヤバすぎだろ。これからの冒険に胸が高鳴りすぎだろ。


 画面の中で広がる世界に感動していたところ、ティロリン、と軽快な音を立ててスマホが短く震えた。

 なんだあ? と思ったが、俺にメッセージなんてもんを送ってくる奴はそう多くない。差出人の名前を見ると……うん、愛梨亜だな。


『キュウ、金持ってる?』


『なんだ急に。デジタルカツアゲか?』


『意味わからんこと言ってないで、持ってるか持ってないか答えろ』


『この前のバイト代もあるから、わりと懐はあったかい』


『よし』


 何が「よし」だよ。何を確認したんだよ。やっぱこれ巻き上げられるんじゃねえか? 家庭内のこととは思えんな。


 唐突な愛梨亜のメッセージを訝しんでいると、トントントトトンとリズミカルに階段を下る足音がする。そのまま廊下を歩いて……「キュウ、開けて」と扉が数回ノックされた。

 なんだなんだ? と思いつつも愛梨亜を迎え入れる。


「さっきのメッセージはなんだよ」


「それを説明するためにわざわざ来てやったんだって。大事な話なんだよ。キュウ、ちょっとパソコン貸して」


「え? ヤだよ。なんで?」


「必要だからよ。ケチケチすんなって。それともあれか? 見られたらマズいものでも入ってる? そんなら、十分後にまた来るからそれまでにデータ整理しといて」


「そういうことじゃねえよ!」


 いやそういうこともないとは言えないんだけども! いかがわしいものがあるとそれ以前に、検索履歴とかを見られるのはあまり歓迎することじゃない。


「愛梨亜お前、パソコン持ってないしあんま触ったことないだろ。変な事されて設定変わったり壊れたりしたら嫌だから、操作は俺がするから」


 もっともらしい理由をつけて愛梨亜からマウスを奪い取る。「なるほど。んじゃま、頼むわ」と一応ご納得はいただけたようだ。

 余計なファイルを開かないように気をつけ、念のためブラウザはプライベートモードで開く。


「で、なんて検索すればいいんだ?」


「フォトウェディングで」


「ああー。記念の写真を撮って結婚式の代わりにするっていうアレか」


「そそそ。なんだ知ってたのか。キュウ、バカだから知らないと思ってた」


 バカとは失礼なやつだな。俺は入学以来テストで一桁の順位以外取ったことがない男だぞ。


「で、これがどうしたんだ?」


「察し悪いなあ。ほら、お母さんと徳太さん、結婚式やってないでしょ」


「まあ、確かにな。でも二人とも色々と忙しいから、今のところ式は考えてないって言ってたぞ」


 ハァ? お前マジで言ってんのか? との枕詞に続けて愛梨亜は言う。


「それも理由の一つかもしれないけどさ、二人とも本当は結婚式したいに決まってるじゃん。少なくともお母さんは絶対にドレス着たいはず。だって女子だし! 女はいつでもドレスを着たいんだよ」


 まあ多分、俺たち二人のことも考えての選択なんだろう。多分だけどな。

 だが、これでなぜ愛梨亜が唐突に俺の懐事情に探りを入れてきたのかが分かった。


「なるほど、フォトウェディングをプレゼントしてやろうって話だな」


「うーん惜しいね。キュウ、フォトウェディング、費用とかで調べてみな」


 言われるがままに検索をかける。


「こっ……これは……!」


「費用相場二十万ね。探せば数万円のプランもあるみたいだけど……ねえ?」


 言いたいことは分かる。せっかくのプレゼントだ。最安価のもので手を打つのは、なんか違う気がする。


「と、言うわけでよ。その代わりに……」


 そう言いながら、愛梨亜は俺の肩越しから身を乗り出し始めて……。


「って近っ!」


 何やら妙に柔らかく重みのある感触が肩に届くか届かないかのところで、俺は椅子から転がり落ちた。

 床に倒れ込む俺を、愛梨亜はぽかんとした顔で見下ろしている。


「なに? どしたの」


「い、いや、なんでもない……。それより、何か検索するんだろ? そんならまあ、座れよ。タイピングは分かるな?」


 うーんまあ慣れてないけど、どのキー押せばどうなるかくらいは……と覚束ないながらも愛梨亜はキータッチを進める。


 それにしても危ないところだった。こいつ、最近特に距離感がバグってる時がある気がする。いや、丸山とか他の友達と喋ったりしてる時もあんな距離感だったな。

 だからといってそれを俺に適用するのはやめて欲しい。というか、異性に対しては絶対にやめた方がいい。お互い、色々と危ない。


 気持ちを落ち着けている間に、愛梨亜は目的のページに辿り着いたようだ。

 ほらほらこれ、と指をさすのは。


「ん? これは、最近できたっつーショッピングモールか? 日本最大級のなんちゃらとか。確か隣の県だよな」


「でも、車使えばこっからなら一時間足らずで着くよ。んで、目的はここよ」


 カチリと商業施設内に入っている、とある店のページを開く。

 スタイリッシュなサイトデザイン。細身の字体で製作されたスマートなロゴ。店名は恐らくフランス語っぽいので意味は分からんけど、説明文などを見るにこれは……。


「写真館か?」


「ま、簡単に言うとそーだね。でもここ凄いんだよ。スタジオなんだけど、セットがあったりドレスとかの貸出やメイクなんかもしてくれて、今超話題なんよ」


 サイトを見たところ、この店は大型商業施設の中という立地を生かし、同施設内の服飾系多店舗と提携を結んで衣装の貸し出しなどを行っているようだ。正装、和装、ドレスに浴衣などはもちろんのこと、学校の制服やメイド服など、いわゆる「コスプレ」と呼ばれるような格好も取り揃えているようだ。ニーズをカバーしすぎだろ。


「ここのお店なら、格好はその場で借りられるしメイクもしてもらえる。スタジオもあって、普通にフォトウェディングやるよりお金の面でもハートの面でもハードルはちょっと低い。二人にプレゼントするなら、これっきゃないと思ってさ」


「なるほど……。いい案だと思う。その話、俺も乗った」


「いや、『俺も乗った!』っていうか、乗せるんだけどさ。拒否権は用意してなかった」


 あ、そう……。


 少し肩の力が抜けた。それと同時に浮かんできた疑問をいくつか提示してみる。


「予約必須って書いてあるな。決行はいつ頃で考えてる? 親父、休み取れっかな……」


「あ、そんなら大丈夫。再来週の土日はばっちり休めることになったんだってさ。最近人手が増えたみたいで、少し融通が利くようになったんだって。今まで結構無茶してきたから、休む時は何があっても休むって言ってた。んで、折角だからどこか行こうか? って話してたんだ。お母さんも基本休日出勤はないから問題ナシ!」


 お、それなら都合いいな。なんだかんだで親父、休みの日でも急な呼び出しとかですっ飛んでいくことがあったからな。……ん?


「その話、俺聞いてない気がするけど?」


「まあそうだね。キュウがいないところで話してたから」


 ええ……既に家族内でもハブられはじめている……? 家庭内ヒエラルキー低すぎだろ……。

 俺の表情が曇るのを察知して、愛梨亜は慌てて言った。


「違う違う。別に変な意味はないって。……っつーか、キュウのせいだよどっちかと言うと。夜ご飯食べたらさ、大体キュウが真っ先に自分の部屋に上がるでしょ? だから自然と、キュウ以外の三人で話す機会が増えるわけ」


 あー、うん。それは確かに俺に原因があるな。まあ、それは良いとして……。


「そもそもの話だけどよ、美波さんにもぶっつけサプライズで大丈夫か? 俺にはぶっちゃけよく分からんけどさ、その、女性には色々と準備がいるんじゃねえのか? いきなり『ハイじゃあ今からスタジオで撮影します!』って言って、困らないかな?」


 虚を突かれたような顔で愛梨亜はぽかんと口を開ける。


「驚いた……キュウからそんな意見が出るなんて……。女心なんて一ミリも理解してないヤツだと思ってた……」


 おい、失礼だな。


「や、ごめんごめん。ホントにビビってさ。でも、キュウの言ってることは正解。普通の時ならむしろ迷惑に思う子もいるかもね。普通の時なら」


 やけに「普通」を強調する愛梨亜。そしてカチカチと別タブを開き、検索ワードを打ち込む。

 画面に現れたのは、ヒゲの似合うダンディなイケオジだった。確か昔はバリバリのアイドルで、今は俳優業中心に活動してる人……のはず。


「……この人は、なんの関係が?」


「チッチッチ。それが大アリなんだな。実はお母さん大ファンなのよ。そんでもって、まさに再来週はこの人の誕生日ってわけ」


「……ん? 話が読めないな」


 ここまで言っても分からない? と愛梨亜。


「推しの誕生日は、最高のコンディションで迎えたいに決まってるでしょ」


「えええ……。そんなことあるのか……?」


「んだよ、やっぱり全然分かってねーな。女心のテストがあったら、絶対赤点だぞお前」


 それは否定しない。一般科目に入ってなくて本当に良かった。いやむしろ入ってた方が良かったのか? 今よりはマシになれてたかも。

 ふうやれやれ、呆れたぜと愛梨亜は首を振る。


「ま、そんなわけだから、再来週のお母さんは一年で一番仕上がってるのよ。いつどこでどの角度から撮られても大丈夫」


「お、おう。よく分からないけど、それなら問題なさそうだな。親父はいつ撮られても多分変わらないから問題なしとして、あとは費用だな……。いくらかかるんだ?」


 えーとね、と愛梨亜が料金ページをクリックする。


「うーんなるほど……。さすがにまあまあするな」


「あたしはバイト代貯めてる分があるから大丈夫だけど、キュウは?」


「いや、ぶっちゃけ足りねえな。来週末でいける単発バイト探して、なんとか間に合わせるよ」


 言いつつスマホでバイトを探す。すぐにイベント設営の単発バイトが数件見つかった。この中から一番コスパの良いものを選んで参加しよう。

 愛梨亜は「それならよし」とにっこり微笑んだ。


「じゃ、そういうわけだからよろしく。再来週までにどんな手段使ってでも金作っとけよ」


 お前それ、裏社会の人間のセリフだぞ……。

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