第4話 演技派への道は遠い

「おお、二人とも。どうしたんだ? 妙に遅かったけど」


 戻ってきた俺達を見て、親父が言った。さて、ここからが大事だ。如何にしてこの親二人の不安を取り除きつつ、高校のことをカミングアウトするか。求められるのはナチュラルな演技だ。まあなに、やってやれないことはないと思う。自慢じゃないが、俺は大抵のことであれば人並以上にこなすことができるのだ。

 俺は頭に手をやりつつあっはっはとお気楽そうに笑ってみせる。


「いやそれがさー、さっきそこで話して知ったんだけどさー、俺達、高校同じだったんだよねー、いや一年間通ってたけど、まったく全然気が付かなかったわー」


 これを聞いた隣の伊波。俺だけに聞こえるような囁き声で言った。


「ちょっ、あんた、演技下手すぎ!!」


 そ、そんなにヤバかったか?


 あまりに伊波が焦ったような声色で俺に言うので、なんだか不安になってきた。

 どうだろうかと親父達の方の見やると、二人ともなんとも言えない微妙な表情をしていた。これはこの事実に対しての戸惑いだろうか。それとも俺の大根役者っぷりに対してのものだろうか。


「そ、そうだったのねー。知らなかったわ」


「確かに。そういえば深く聞いたことはなかったな……」


 良かったー。とりあえず前者だったようだ。俺の演技も別にそこまで酷いってわけではないのでは? それとも親父と美波さんが騙されやすすぎ? 心配になってくるな。

 まあそんなことより、ここからが大事なのだ。


「救太郎君は何組なの? 愛梨亜はD組よね」


 んん……えーと……。


「A組ですね」


「ん? お前、確か二年D組じゃなかったか?」 


 俺の稚拙な嘘を即座に否定する親父。さすがの記憶力だ。腐っても外科医。二人に見えないところで、伊波が俺の脇腹を鋭く小突いた。


「あ、ああそうだったそうだった。A組は一年の時だった。最近学年が上がったばっかだから、勘違いしてた」


「じゃあ、二人は同じクラスってことなのか?」


「あ~、そうなのかな。まだクラスメイトの顔とかよく覚えてなくて」


 内心バクバク冷や汗をかきながらも、親父の追及をふわりとかわす。

 すると、伊波がおもむろに口を開いた。


「あたしは知ってたけどね、有明君のこと」


「なっ……オイ……!」


 最初の打ち合わせと違うじゃないかこいつ、どういうつもりだ? まさか裏切り?

 俺が向ける疑念の視線は意に介さず、伊波は続ける。


「でも多分、有明君はあたしのこと知らないんじゃないかな。そもそも他の女子が眼中に入ってないって感じだし」


 ちょっと待て、何を言おうとしてるんだこいつは?

 そんな俺の気持ちとシンクロするように、美波さんも「どういうこと?」と言って言葉の先を促した。


「だって有明君、立岡さんと付き合ってるから」


 ちょっ、こいつ、なんて大嘘ぶっこきやがる! ああホラ、親父と美波さんが……。「あらあら! まあまあ!」みたいな顔になってる!


「そうか……。あの救太郎が……。もうそんな歳になったんだな……」


 グスグスと目頭を押さえながら親父は言う。おい泣くほどのことか?


「若いっていいわねえ……。私にもそんな時代があったわあ。立岡さんっていうのはどんな子なの?」


「ぶっちゃけ超可愛いよ、芸能人並み。女でも付き合いたくなるもんあの可愛さは。あたし的には学校で一番の推しだね」


 うんうんと親父は頷きながら言う。


「そうか……そうか……! それでこそ青春だな……! まあ、彼女のこともあると思うが、勉強も忘れずにしっかりとこなすんだぞ!」


「あ、ああ。分かってる分かってる」


「いつか私にも紹介してね~」


「え? あ、あ~そうですね。まあ、いつかは……できれば……」


 あらあらうふふ、いいわねえ、そうかそうか……救太郎が……と感慨にふける親二人。どうすんだよすっかり出来上がっちまってるぞ……。


 どうにも尻の座りが悪い心地で会話をすること暫しの間。「お、そろそろ時間だ。それじゃー行きますか」と親父の一言で俺たちはリビングを出ることにする。

 この後の予定としては、親父の車で駅前の方に移動して事前に予約していたお店で食事をすることになっている。


 仲睦まじく一足先に家を出た親父達を確認すると、俺は伊波に非難の想いを込めて視線を向ける。


「おい、どうすんだよこれ」


「ごめん、他に誤魔化す言い訳が思いつかなかった。あんたの芝居がマジ下手すぎて」


「そんなに酷かったか?」


「酷いなんてもんじゃなかったよ。ふざけてんのかと思った。作戦を台無しにしようとしてるのかと。殴って止めようとも思った」


「殴らない選択肢を取ってくれてありがたいよ」


 皮肉を込めて言ってやる。


「だってあそこで殴ってたら雰囲気ぶち壊しでしょ? お母さんと徳太さんがいなかったらマジで殴ってたわ。アゴ狙ってた。一撃沈めてたわ」


 そんなことは気にも留めず、伊波にはシュッシュッとボクサーのように空のジャブを数度売ってみせる。うーん中々様になってる。アゴに貰ったら普通にダウンしそうだ。 


「そうかよ、悪かったな。でもまあ助かったよ、お前のお陰で話がまとまった」


「いいよ別に。あんたのためじゃないし、お母さんのためだし。あんた、少しは演技の練習しときなよ? そんなんじゃこの先が思いやられるわ」


 ほっとけ。

 ……そうだ、それともう一つ、伊波に聞きたいことがあったんだった。


「ところで、立岡の名前を出したのはなんで?」


「いや普通に、あたしが学年で一番可愛いと思ってる子だから。咄嗟に名前が出てきた」


 そうか。

 それがどうかしたの? との伊波の問いは「なんでもない」とはぐらかす。


 伊波の見立て通り、立岡は相当な美人だ。俺の美的感覚が狂っていなければ三本の指には確実に入ると思う。まあ男連中からの人気を考えれば、その評価は間違ってはいないはずだ。


 まずいのは、こんな嘘ついたことが学校でばれたら、多分今よりもずっと面倒くさいことになってことだ。女子だけでなく男子からも敵意のこもった視線を向けられることになるかもしれない。まさに四面楚歌って状況だ。それは俺としても望むところではない。というかさすがにそこまではメンタル強くできてない。


 ……でもまあ、大丈夫か。


 この嘘は有明家の中だけのものだ。共有しているのは俺と伊波だけ。だが当然伊波も学校でこんな嘘を吹聴するわけはないだろう。いつか会わせろと言われたものの、高校生のカップルなんて九割五分破局するもんだ(俺の偏見込み)。

 嘘がバレそうになったら適当なタイミングで「実は別れた。恥ずかしいから嘘ついてた」とでも言えばそれで片付く問題だろう。


 ふう、と一息つく。


「まあとりあえず、第一関門は突破ってとこか?」


「まだまだこれからっしょ。あの二人が無事に結婚するまで、あんたも変な気起こさないでよ」


 変な気? ……あー。


「起こすわけねえだろ」


 そう言うと、伊波は少しだけムッとした顔を作った。


「断言されるとなんか腹立つ」


「じゃあ何て言やよかったんだよ」


 苦笑しながら返す。


「善処します。とか、努力します。とか。そんな感じのニュアンスだったらよかったかも」


 なんじゃそら。


「まあ、お前も結構モテそうだもんな。心配すんのは分かるよ」


「は? 何急に」


「でも大丈夫だ。仮にお前が立岡だったとしても大丈夫なんだな、これが」


 そう言うと、伊波は「どういうことよ?」と首を傾げた。


「俺、女苦手だから。だから大丈夫だ」


 伊波はぽかんとした顔で「あっ、そう……」と言った。

 家の外から「おーい二人ともー。早く行くぞー」と親父が呼ぶ声がした。



 

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