第2話 玄関開けたらギャルがいました
「救太郎、話があるんだ」
久しぶりに早く帰宅してきた親父がこう切り出したのは、ちょうどその日の夜のことだった。
「どうしたんだよ親父、改まって」
いつになく歯切れの悪い態度を疑問に思った俺を制すように、親父はソファに座るよう促すと、コーヒーを一口飲んでから神妙な面持ちで切り出す。
「実は再婚しようと思っててな」
「おお、いいじゃんおめでとう」
素直に言う。
そんな態度に意表を突かれたらしい親父は目を丸くした。
「え? それだけ?」
「他に……何か言ったほうがいいか? 一週間くらい時間くれよ、考えてくるから」
「いや別にそういうわけじゃないが……。ほら、アレだ。反対とかしないのか? いい歳して結婚だなんだ恋愛ごっこしてんじゃねえぞ親父とか思わない?」
なんだそりゃ。
苦笑しながら俺は「思わねえよそんなこと」と返す。
有明家は俺と親父、有明徳太の二人暮らし。いわゆる父子家庭というやつだ。
母さんが家を出て行ったのは俺が小学校低学年の頃だった。物心付いてからの両親の離婚には、正直に言うと大いに傷ついた。
だが、医師としても働く多忙な親父が幼心に笑えてしまうくらいの献身を見せてくれたお陰もあり、今ではもう気にしていない……と、思う。少なくともそう思えるくらいにはなった。
父子二人の生活ももう九年目になる。
あれから親父は冗談抜きに俺のために人生を捧げてきたと思う。仕事もアホみたいに忙しいのに、常に俺のことを優先してくれた。もう十分だ。親父にだって、親父の人生ってのがある。いつまでも俺がそこにぶら下がっているわけにもいかない。
「で、相手はどんな人なの」
「お、おう。笑顔が可愛くてな。家庭的というか、包容力にあふれた優しい人だ。歳は俺よりも十歳くらい下なんだけどな」
四十代半ばの自分の父親が顔も見えない女性にゴロゴロと甘えるイメージ映像が思わず脳裏に浮かぶが、俺は意地でそれを振り払う。
「まあ、親父が選んだ相手なら反対はしないよ。良かったな本当に」
「きゅ、救太郎……!」
「おい泣くなよ。さすがに四十半ばのオッサンの涙は見たくねえぞ」
グスンと鼻をすすりながら目頭を押さえ始めた親父を見て慌てて言う。
ただ実のところこの親父は酔っぱらうと大抵泣くので、残念ながら四十半ばのオッサンが流す涙は見慣れてしまっている。大恩ある父親とはいえ、中年男性の流す涙は別に美しくもなんともない。申し訳ないけれど。
「あ、でもな。一つだけ……その、問題というか。ちょっと把握しておいてもらいたいことがあってな……」
また歯切れが悪くなる。なんだ? と思いつつ視線でその先を促した。
「実は……向こうにも子供がいるんだ」
なるほど。まあ子連れ同士の再婚はそれほど珍しいものでもないしな。
「娘らしいんだ」
なるほど。まあ、二分の一の確率だしな。
「救太郎と同い年らしいんだ」
なるほど。まあ、それは……それは……。
……マズいんじゃねえのか?
さて、片親同士の再婚。しかしお互いに子供がいて、息子と娘で、それも同い年というこの状況をどのように処理すべきか。俺は頭を悩ませていた。
尊敬できる父親の結婚。これはもちろん手放しで喜ぶべきことだ。心の底から祝福したいと思う。
しかし、それによって高校二年生の少年少女が一つ屋根の下で暮らすことになる可能性があるということはいささか問題がある気がする。俺自身もそう思うし、親達にとっても同じことだろう。
まず前提として、だからといってこの結婚話を無しにはさせない。これは俺の中での絶対条件だ。親父には幸せになってもらいたい。
この結婚に向けての障害となっているのは俺以外の何物でもない。危険視されているのは俺だ。俺がこの結婚話の鍵を握っている。
要は、自分が相手の娘にとって危険のない存在であることを他の三人に理解してもらう必要がある。若さに任せて青いエネルギーを撒き散らすようなことは決してしない男であると伝えなくてはならない。
だけど、ここに関してはそこまで苦労はしないんじゃないだろうかと俺は少し楽観的に考えている。
別にまあ、俺だって十六歳の男だ。この世に人間が生まれて以来、その繁栄を支えてきた三大欲求というものは多分に持ち合わせている。なんなら今は年齢的にも満ち満ちている時期だ。満ちすぎてたまに溢れそうになる。それを抑えるのが、人間に備わった理性の力というやつだろ?
客観的に見ての話だけど、まず俺は成績がいい。県下でも有数と言われる進学校の中で、学年トップクラスの成績を収めている。別にそれが全てだというつもりは微塵もないけれど、「よく出来た子」をアピールするのには格好の要素となる。
そうするとより重要になってくるのは「一緒に暮らす上で不快感を与えない存在である」ということになるんだけど……。
こっちについては全くもって自信がねえなあ。
正直に言ってしまえば、異性は苦手だ。家族はもちろん、親戚筋でも友人でもまともな女子との交流がなかったせいもあって、どういう風に接すればいいのかが全く分からなくなっている。その結果があの学校での有様だ。このまま無策で事に臨めば、同じような結果を家庭にも持ち込んでしまうだろう。
ひとまずは総動員と行くか。俺の中の愛想ってヤツを……。
俺は意気込む。なぜなら今日は向こうの母娘と初めて会う日だからだ。
「まあ正直救太郎にとては難しい問題だと思う。だからまず一度会って、お前自身がやっていけそうかを考えてほしい。俺のことは本当に気にしなくていいから、お前の感覚で判断してくれ。結婚するったって今時は色んな形があるんだし、どうにでもできるから」
金は持ってるからなと冗談交じりに昨晩親父は俺に言った。だけど、何を言われようが相手がどんな人間だろうが俺の答えは決まっている。あとは相手になんと言わせるか、感じさせるかだ。
大体、この問題の大きさを理解できない親父ではない。重々承知の上だろうし、そんな姿は見せなかったがかなり悩んだはずだ。
そのうえで俺に再婚話を打ち明けたということは、それだけ親父が相手の女性に惚れ込んでいるということだろう。ならだ俺のやるべきことは決まっている。
この結婚、必ず円満な形で成就させてみせる。
さて、そろそろかと、部屋を出てリビングへ向かう。ソファでは親父が少し落ち着かない様子でコーヒーを飲んでいた。
部屋に入ってきた俺を見た親父は言う。
「なんか……気合入ってる?」
そりゃな。と答える代わりにふんと鼻息を鳴らしてソファに腰掛ける。
「そんな怖い顔してたら余計に緊張してくるんじゃないか?」
「うるせ。緊張するのは仕方ないだろ」
親父が苦笑しながら「まあ気楽にな」と言ったタイミングでテーブルの上のスマホが震えた。
「お、来たみたいだ。チャイム鳴らすってさ。出迎えるか」
「よしきた」
二人で廊下に出向き、玄関扉の前で待ち構える。同じタイミングでドアの向こうにも人が立った気配がした。
ピンポーンとチャイムが鳴る。「鍵開いてるよー」と親父が呼びかけると、ガチャリと扉が開かれた。
さあ、第一印象が大事だ。俺は慣れない笑顔を作って精一杯明るく出迎えようと努める。
おじゃましまーすの挨拶とともに、女性が二人、並んで我が家の玄関口に入ってくる。その姿を見た俺のただでさえぎこちなかった笑顔は、きっと石のように固まってしまったことだろう。
「徳太さんこんにちは。救太郎くんだよね? 初めまして。伊波美波です。よろしくね」
「……伊波愛梨亜です」
同じ高校に通う同級生にしてクラスメイトの上教室では後ろの席に座り、先日盛大に怒りを買った伊波愛梨亜その人が、有明家の玄関口に立っていた。
こいつはどうしたものだろうかと、俺はいよいよ途方に暮れてしまった。
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