運命の糸とは
宮川雨
運命の始まり
夢で出会った人に心がひかれるなんて、なんて御伽噺のような話だろうか。
本日無事志望していた大学に入学することができ、嬉しく晴れやかな気持ちでいっぱいのまま最近引っ越してきたアパートに帰宅する。
大学生活と一緒に一人暮らしを始めたハヤトはこれからの自由気ままな一人暮らしライフを満喫するはずだった。
「おかえりなさーい」
家のドアを開けるとそこには長い金髪ストレートヘアに緑色の眼を持った明らかに日本人ではない人が自分を迎え入れた。思考が停止し、持っていたバッグが地面に落ちる。
なんだ、あの綺麗な美女は。俺に外国の知り合いはいないぞ。でもどこかであった気がする。どこだ、どこであった。なんて自分の記憶をたどっているとその女性の方から声をかけられた。
「ねえねえ、そんなところにいないで早く入りなよ」
いやここ俺の家なんだけれど。なんていう暇もなく手を引かれて7畳ほどのへやに連れていかれる。どうにか頭が動くようになった俺は恐る恐る俺の手を引く女性に聞いてみた。
「えっと、すみません。あなたは一体」
「え、もしかして私のこと覚えてないの……?」
悲し気な顔をするその人にひどく罪悪感を覚える。しかし次の言葉でそんな考えは吹っ飛んだ。
「私よ、あなたが前世で傭兵をやっていたころに怪我を治した妖精よ」
「すみません、いますぐ家を出て行ってもらえますか」
そういって家から追い出そうとすると女性は不思議そうな顔をしてこちらを見る。何故不思議そうな顔をする。当然の処置だろうが。
「ええと、信じてくれないの?」
「当たり前です。なんですかその最近よくあるラノベの設定みたいな話。いいから今すぐ出て行ってください、通報ますよ」
「まあまあ、とにかく話を聞いてよ。管轄に話すからさ」
そういってその自称妖精の女性が話した内容はとても信じられるような話ではなかった。
曰く俺は前世でとある国の傭兵をやっており、その時負った怪我を助けたのがこの自称妖精。そこでお礼として結婚を迫ったが傭兵は「今自分は国のために戦っていて君を幸せにはできない。来世で君を幸せにすると誓おう」と約束を交わしたらしい。現世の俺とんだとばっちりじゃねえか。
そこまで聞いて思った。それ傭兵嫌がって適当に来世とかなんとか言って逃げただけじゃねえのって。まあそりゃ怪我治したから結婚してくれなんて言われたらいくらこんな美女でも逃げたくなる気持ちはわかる。ちょっと怖い。
しかし同時に思い当る点もあった。自分が最近夢で見ていたあの美しい森とそこに住んでいた神秘的な存在。あれはまさか前世の記憶というものなのだろうか。
「だから私たちは結ばれる運命にあるのよ」
「はあ、でもすみません。突然そんなことを言われても」
いやいや落ち着け自分。そんなのただの偶然、妖精なんて存在ありえない。とにかく帰ってもらおうとしたその時、金髪で緑色の眼をした美女が黒髪ボブのたれ目お姉さんに変身した。
「やっぱり見た目はこっちの方が好みなの?こういう子のえっちな本たくさん持っているよね」
「はあ!?ちょっとなになになに」
「あ、もしかしてよく一緒に写っているこっちの子の方がいいのかな」
そういって今度は黒髪短髪の男子、俺の親友とも呼べるやつの姿に変わった。なんだ、なんなんだこいつ。というか
「俺とそいつは親友でそういう仲じゃない!やめてくれ、いいからもとに戻ってくれ」
「ええ、まあ君がいうなら」
自称妖精、いやこんな風に姿を変えられるなら本当に妖精か。妖精は元の金髪美女戻った。よかった、そっちの方がまだ落ち着く。というか勝手に俺のグラビアアイドル写真集漁ったな。
「まて、あの親友の姿にもなれたみたいだけれどあんた性別は?」
「妖精に性別の概念なんかないよ。だから人間でいう男性にも女性にもなれるの。今の私の姿はむかーし私の森にいた女性の姿を借りているよ」
性別の概念がなく、おまけにデリカシーもない。なるほど、妖精というものはこんなにも人間と思考も身体の構造も違うらしい。これはいくら美女でも結婚しようとは思えないな。寿命もあっちの方が長そうだし。
「悪いけれど俺は前世なんか知らないし、あんたと結婚する気もない。悪いけれどそのもとにいた森に帰ってくれ」
「駄目だよ、私たちがもう運命の糸で結ばれているんだから」
「運命の糸?」
曰く傭兵の怪我を治したとき、この妖精は狡猾にもひっそり妖精のまじないをかけてたとのこと。そのまじないは来世で結婚するという約束の元良い方向に進むが約束を破られると悪い方向に進むらしい。
「悪い方向って……まさか、死」
「毎日不運な出来事が起こるようになるわ」
「なんだそりゃ!そんなんだったらすぐにその糸切るわ!!」
「いいの?毎日通勤通学に使う電車が遅れて遅刻したり、財布落としたり身分証明書なくしたり。細かいことだけれど積み重なればなかなか大変よ。いいのそんな危険な運命を送っても」
そこまで聞いて俺はゾッとした。せっかく入った大学に毎日のように遅刻して単位を落とし、財布や身分証明書をなくして金がなくなり身一つになる未来が見えたからだ。
「わかった。とりあえずは恋人から始めよう」
さすがにすぐには結婚する決断はできなかったが、糸が切れることを恐れた俺は妖精に妥協案を出す。
「それでいいわよ!」
「そういえばあんたの名前聞いてなかったな。何て名前?」
「妖精に名前なんてないわ。好きに読んで」
「じゃあリリーで」
俺はとっさに好きなラノベヒロインの名前を妖精につけた。適当すぎたかと思ったが本人は嬉しそうだ。
「そうだ、あなたの名前聞いてなかったわね。何て名前?」
「俺は水瀬ハヤト。よろしく」
こうして俺たちの奇妙な交際はスタートしたのだった。
運命の糸とは 宮川雨 @sumire12064
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