ママは閃いた
俺の懸念を他所に、魔族の城はぐんぐん近付いてくる。あちこちトゲトゲでいかにも悪役が住んでますって感じのデザイン。
見た目重視であまり頑丈ではなさそうだ。城主に似てるのかもね、そのへん。
「ここから魔法で壊しちゃえばいいんじゃないの?」
レオンの大技なら木っ端微塵じゃん。
が、エレノアは首を横に振る。
「中に人間の捕虜がいるようですから……」
「あらら。雑な攻撃はできないわけね」
どうしたものかな、と悩んでいると、馬車を取り囲む兵士達がにわかに騒ぎ始めた。興奮の熱が伝わったのか、馬がわななきを上げている。
「――ゆ、勇者御一行! 城内から敵軍が出てきます!」
なんだって? とレオンが窓から顔を出す。
「……まずいね。かなりの規模だ」
人質がいたりする? と俺が尋ねると、
「……いるね。磔にされた人間が掲げられてる。まだ息があるよ。敵は捕虜の使い方を心得てるようだ」
「……最悪のパターンだね」
これ、俺ら全員が手も足も出ずに嬲り殺しにされたりするのか?
……どうする。
盾にされた人質を傷つけずに、敵だけを無力化する方法。そんな夢みたいなプランがあるのだろうか?
とりあえず自分の目で確認しないことには、と窓の外に身を乗り出してみると、
「うわっ」
想像の何倍も酷い光景が広がっていた。
こっちの兵士達が大体三百人らしいが、目測でその十倍近くはいる。皆きっちり武装してるし、ていうかこっちの部隊より豪華な鎧着てるし。おまけにオークとか狼男とかハーピーとか、強そうな亜人ばかり揃っている。
とどめに向こうが騎乗してるのは馬じゃなくて、羽の生えたライオンときた。キマイラってやつかな? あれ尻尾に毒があるんだよな確か……。
「なるほど、お金で雇った精鋭部隊ってわけね」
俺は馬車に引っ込むと、腕を組んで唸り始めた。
敵は亜人……。
特に獣人系が多いエリート軍団……。
おまけに人質を取られていてこちらからは攻撃できない……。
考えろ考えろ。
俺が夢中になって作戦を練っていると、レオンが不安そうな顔で馬車の外に目をやった。彫刻のように整った横顔。エルフの血を引いているせいか、普通の人間より少しだけ尖った耳が目に入る。
「――」
その瞬間、俺の脳裏にあるアイディアが浮かんできた。
敵は獣人だらけの亜人軍団。
だとすると、これが有効なんじゃないだろうか?
「あれしかない……」
俺は買い物カゴを漁りながら、車内の面々に目を向ける。レオンはこの前やったばかりだし、本命はシャロンとエレノアか。
俺にへばりついてきた時に確認したが、あいつらあんまやってないみたいだしな。
大丈夫、やれる。
俺ならいける。
「ここはお母さんに任せてくれないかな」
何か妙案でも? と首を傾げるエレノアに答える。
「奉仕殲滅陣でいこうと思うの」
この窮地を乗り越えるには、これしかいない。
俺は運転手に指示を出して馬車を止めると、レオン達を伴って馬車を出る。
すると髭面の兵士が、怪訝そうな顔で声をかけてきた。確か昨日の宴会でレオンと絡んでたおっさんだな。
「勇者の彼女さん……? これはどういうことですかな」
「彼女じゃなくて母です。私に考えがあるので、一度進軍を止めてくれませんか?」
「……ふむ」
えっ、今母って言った? と聞こえた後、ピタリと味方部隊の足が止まった。
それを確認すると、俺は子供達を連れて歩き始めた。もちろん、敵軍に向かってだ。
「たった四人でどうするつもりだ……?」
なあに、あんたらは黙って見てればいいのさ。
俺は右手をシャロンと繋ぐと、亜人揃いの敵軍団に近付いていく。
やがて敵と会話できる距離にまで迫ると、あちらから声をかけてきた。
「――女。何のつもりだ」
俺を呼び止めたのは、犬耳の獣人だ。体格も風格も段違いで、奴がこの軍勢の大将だと一目でわかった。
「私はエリナ。貴方達と同じく、亜人の血を引くもの。ハーフエルフのエリナ」
「ほう」
ピクリと獣人の耳が動く。
「なるほどなるほど。考えたな、女よ。同じ亜人族のよしみで見逃してくれと、そう言いたいのだな」
俺は黙ってシャロンの手を握る。
意識のある間、常に俺の子宮に帰りたいと駄々をこねるキ◯ガイ少女も、今度ばかりは大人しい。
さすがに三千の敵を目の前にしては、カタカタ震える子鹿と化してしまうようだ。
大丈夫、お母さんがついてるから。
シャロンの髪を一房、そっと手に取る。柔らかくしなやかで、絹のような金髪。
この感触が、俺に力をくれる。
子供を守らねばという、確かな母性をくれる――!
「別に種族を理由に、情けをかけて欲しいなんて思わない。ただ今から、私がすることを見て欲しいだけ」
「なんだと……?」
「こう見えて一児の母だから。子供を喜ばす方法ならいくらでも知ってる。獣人の視力なら、遠くの人達も見れるでしょう? しかと目に焼き付けるがいいわ」
敵軍の兵士達が、ざわざわと騒ぎ出す。
「あの見た目で子持ちだと……?」
「なに、亜人ならよくあることだろう。俺の母親も二十歳くらいにしか見えんぞ」
「えっ。お前の母ちゃんあとで紹介して」
やはり人間とは違い、異様な若作りにも耐性がある。
こいつらにとって、三十路なのに見た目十代のママなんてのは日常だ。
なればこそ、その日常に殺されるがいい。
俺は怯えるシャロンを座らせると、同じく隣にしゃがみ込む。
静かに、まるで天気のいい午後に編み物でもするかのように、膝を折る。
この座り方が重要なのだ。正座を少し崩して、両足を右にずらした女性的なフォーム。
「ほう。お母さんが家で我が子に、膝枕をする時の姿勢だな。女っぽさと生活感が同居した、理想的な体勢だ」
人間の血が混じった分際で中々やる、犬耳の大将は俺を賞賛した。
さすがは大軍の指揮を任されるだけあって、将器がある。
たとえ憎い敵方であろうと、優れた技術には賛辞を惜しまないのだろう。
それは自信の裏返しであり、強さの裏付けがあるがゆえにできる芸当だ。
ここで始末するには惜しい人材である。
だけど、仕留める。
これより始まるは、一方的な惨殺なのだ。
無差別に、一人も残さず――討つ。
「よし」
一声発してから、俺は膝をポンポンと叩く。
シャロンならこれでわかる。脳を使わずに、虫みたいな思考で頭を乗せてくる。
「……はっ! あんなに怖かったはずなのに、体が勝手に……!」
本人も驚いているが、流れるような動きで横になってくれた。
今やシャロンの小さな頭は俺の両膝に乗り、あろうことか顔は亜人軍団の方向に向けられている。
「気でも狂ったか、エリナとやら。戦場のド真ん中で子供をあやす母親が、どこにいる」
ここにいる。
お前達は信じられないかもしれないが、確かな戦意を以ってここにいる。
俺は肩から買い物カゴを下ろすと、おもむろに右手を突っ込む。
中から取り出したのは、ミスリル製の細い匙。
耳かきである。
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