ママは進軍する

 というわけで、すっかり元気を取り戻したレオンをリーダーに、俺達は魔族の城に向かうことになった。


 正面突破である。


 危険なようだが、護衛の数が尋常ではないのでむしろ安全である。

 均衡状態から一転、大勝利を遂げた城塞都市ガリヤの兵は自由な身となり、俺達の身を守る盾となった。


 やられっぱなしだった人間軍の逆転劇。

 士気は高く、兵士達のかけ声と蹄鉄の音が、そこら中に響き渡っている。


 視界いっぱいの軍隊が俺達をぐるっと囲み、一緒になって進軍していると言えばその凄さが伝わるだろう。


 専属の運転手も用意してくれたので、俺達一行は馬車の中で優雅に指示を送りながら休んでいた。

 座席に背中を預け、ぐでーんと足を伸ばす俺。隣では腕に絡みついてくるシャロン。

 向かいの席では、レオンとエレノアが理想の母親像について熱い議論を交わしている。

 

 レオンは一人産んだ時点でそれはもう立派なママといい、エレノアは産めば産むほどより高次元のママになるとして譲らない。


「エレノアさん、それはおかしい。だって母親が次の子供を産むということは、もう一度夫に抱かれるんですよ? 貴方はその現実に耐えられるんですか?」

「そこはあんまり気にならないな。母性が備わっているかどうかが重要なのであって、どの男と何回寝ようが、別に構わない」

「こ、これだから女の人は。ちょっと感覚が違うんだよなぁ」

「母親に処女性を求める方がおかしいと思うが」

「求めてるのは処女性じゃなくて貞淑さだよ……正直世の中のお母さん達は、息子が産まれたら、息子以外の男は全員殺して欲しい」

「世のママ達が皆それをやったら、レオン君も死ぬだろう」

「その時は喜んでこの身を捧げるよ! 理想のママのためなら!」


 いや捧げるなよ。

 レオンのやつ久々に父親と再開して、しかも早々に別れなきゃならなかったんで、気が立ってるんだろうな。

 いつにも増して発言が苛烈だ。

 まさか反抗期に突入したわけじゃないよね? とオロオロしながら見守っていると、シャロンが声を上げた。


「運転手さん! もうちょっと揺れを抑えて貰えませんかしらー!」


 ずっとコトコト揺れてるし馬車酔いしたのかな、と俺はシャロンの背中をさすってやる。


「エリナママは今、わたくしを妊娠してるんですの! 振動で切迫流産したらどうするつもりなんです!?」


 へえーそうか。

 今ここで俺に体を擦り寄せているシャロンは、実は俺の腹の中で胎児やってるのか。

 意味がわからん。


 物理法則とか常識とか、もうどうでもいいんだろうな。

 俺が努めて穏やかな顔になるよう意識しながらシャロンに目を向けると、「これはわたくしを孕んでる顔……!」と涙を流して喜んでいた。


 おう、喜んでくれてこちらとしても嬉しいぞ。

 馬車内の会話を何一つ理解できないまま、俺達は敵地へと向かう。

 

「そういえばさ、今から討伐する魔族について皆は何か知ってる?」


 俺の言葉に、レオンとシャロンは「知らない」と首を横に振る。


「エレノアは何か言いたそうだね」

「はあ。私の知っている範囲でよければ答えますが」

「教えて」

「今回の魔族はインキュバスと聞いている」

「インキュバス……男の淫魔か。ってことは美形で女たらしなんだね。うわぁ女性陣は気を付けなきゃ」


 俺の体も女だから、変な誘惑に引っかかる可能性もあるしな。中身がオッサンなのに男にたぶらかされるって最悪だろ……向こうも辛いんじゃないのそれ。


「じゃあ戦闘はレオンに任せた方がいいのかな?」

「いえ、その心配はないでしょう」

「なんで?」

「話によると、その魔族は『スキル大全』という本の印税で城を建てたらしいのだが、その書物は途中から実母への恋愛感情を書いた官能小説と化しており、あまりの淫らさからベストセラーになったとかなんとか」

「えっ、気持ち悪」


 実母への恋愛感情ってなんだよそれ。人として終わり過ぎでは?

 俺がしかめ面をしていると、レオンも真っ青な顔をしていた。まあ普通はその反応になるよなあ。確かにレオンも限界ギリギリのマザコンだけど、母親を異性として意識するような変態ではないみたいだし……。ねーレオン? なんで目を逸らすの?


「とまあ、この魔族は母親にしか興味がないようなので、おそらく私達に色目を使ってくることはないと思われる」

「誘惑してこない淫魔なんてただのモヤシじゃん。楽勝っぽいね」

「その代わり莫大な資金力を生かして強力な部下を揃えていると聞きます」

「なるほど。こっちも大軍を率いているから、集団戦になりそうだね」

「おそらくは」

「エレノアは元々騎士団に所属してたんだから、こういうのは慣れてるんじゃないの?」

「何度か経験がありますね」


 おお、心強い!

 

「じゃあ指揮もできたりする?」

「無理ですね」

「え」


 にべもない返事。なんでさ。


「私は騎士であって指揮官ではない」

「そこをなんとか」

「それに、私は大規模な戦になると母性を感じる女性の盾になることで頭がいっぱいになって、戦略だの法律だのは頭から吹き飛ぶという癖があります」


 癖……?

 病気って言うんじゃないのそれ?


「じゃあ細かい作戦は周りの兵士さんにお任せした方がいいのかな、もう」

「でも彼ら二日酔いですよ」

「……」

「おまけにこの部隊は先日、隊長が討ち取られているようだ」


 あれ?

 指揮系統が崩壊したまま進軍してね俺ら?

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