ママは手がかりを見つける
翌朝になっても、俺は沈んだ気分のままだった。というより絶不調だった。
それなのに塔内の兵士達のテンションは爆上げで、
「新勇者も来たことだし、このまま近所の魔族の城を攻略しねえ?」
なんて話が出始めていた。
肝試しみたいなノリですごいこと言うなこいつら。ちなみに彼らがメイン戦力としてあてにしている新勇者レオン様は、顔の下半分を包帯で包んだまま鬱状態に陥っていた。なんで朝からこんな落ち込んでるんだろうなこの息子……。
息子?
……ああ、なんとなく想像ついたわ。
俺は男子の生態には詳しいのだ。たぶんレオン、昨日は綺麗なお姉さん達に密着されながら酒飲んでたし……、ほら、ねえ。
おそらく朝起きたら……夢精しちゃってたんだろうな。
息子の息子が大暴走ってわけだ。
うん、なんか、それならしょうがないよね……。
十五歳だもんな、まだ。
こういう時は女親の顔を見るの気まずいだろうし、俺はなるべくレオンと目を合わせないようにして朝食を用意してやった。そんな俺の様子を見て何を思ったか、
「僕はもう終わりだ。母さんに嫌われた」
大袈裟なやつだな。
パンツ汚したくらいで我が子を嫌いになったりしないってば。そりゃちょっと洗濯がめんどくさいなーと思うけど、どっちかというと男より女の方が下着は汚れがちなので、むしろお前のパンツが一番洗うの楽だぞ。俺やシャロンやエレノアのはどんだけ……ってあんまこの件は踏み込まない方がいい気がしてきた。
俺の下着ももうすぐ大惨事になるしな……。
女の体ってやっぱ長旅に向いてないよな。
それなのに塔内の空気は進軍一色に染まり始めていて、もはや断れない空気が生まれていた。あーどうしよう。俺エリナを探したいのに。
はあ、と深いため息を一つ。
「あのさ」
「ん?」
急にレオンが涙目で話しかけてきた。
やめろ、その顔は母親に効く。授乳したくなっちゃうだろ。
「僕ってやっぱ、要らない子なのかな」
朝からヘラり過ぎだろ……。
「いやそんなことないよ?」
「だって母さんは! 昨日の夜からずっと僕を避けてる!」
「その方がレオンも気が楽なんじゃないの?」
「なら教えてよ! 母さんは一体何を考えてるの……!?」
「正直に言っていいの?」
「いい」
「レオンの下着について考えてた」
「えっ」
それはなんで……? とレオンが本気で困惑している。
でも母親ってそんなもんじゃね? 主婦の頭の中って洗濯物と食事の献立でいっぱいなんだぞ普通は。それ以外の時間は我が子の無事を祈ったり、姑の死を願ったり、まあそんなもんだろう。
「お母さんはいつも、レオンのことしか考えてないよ?」
息子より大事なものなんてないんだよ? と目を合わせて言う。
「……ごめん母さん、僕が間違ってた」
うん、わかったならそれでいい。さっさとご飯食べちゃいなよ。
俺が促すと、レオンはものの数分で食事を平らげ、兵士達に声をかけに行った。
「魔族の城を攻略したい? なら僕もついていきますよ。――別にアレを一人で落としてしまっても構わないんですよね?」
すげーイキりっぷりだなおい。
思春期の万能感って侮れないなあと微笑ましく思いながらシチューを口に運ぶ。ちなみに今朝のメニューは糞硬い安物パンとシチューである。兵士達からお裾分けしてもらった新鮮な牛乳を使っているのだが、シャロンとエレノアは「エリナママの母乳は最高ですわね」「コクが違うな」などと舌鼓を打っている。ついでに頭部もどこかに打ってる気がする。
「言っとくけどこのシチュー、材料は私の母乳じゃないから。ちゃんと牛乳使ってるんで」
「は?」
嘘でしょ……と震えるマザコン娘達に冷ややかな目を向けていると、レオンが戻って来た。
「母さん、これ」
「ん?」
なにやら深刻な顔で差し出してきたので、カピカピになったパンツを「洗って」と言ってくるのかと思ったが……これは……手紙?
レオンの手には、一枚の紙きれが乗っていた。
そこに書かれていた文章は、
『城にて待つ。 サムソン』
俺達親子の顔色が変わった。
「……! どこで見つけたの!」
「さっき兵士のお姉さ……おじさんから受け取ったんだ。父さんは昨日、いなくなる寸前にこれを近くの兵士に渡してたみたいで」
あいつの置手紙。城にて待つという文面。
それが意味するところは。
「ここから先は僕の推測なんだけど、父さんは戦況が有利になるのを見て、もう自分が協力する必要はないと判断したんじゃないかな。だから先に魔族の城に向かって、正式に僕と母さんの結婚を認める準備をしてるんだと思う」
「うん……」
物思いに耽っていたせいで後半はよく聞き取れなかったが、俺も似たような意見だ。
エリナは今、魔族の城にいる。
どうやら兵隊さん達に手を貸す理由ができちまったようだ。
「行こうレオン。城に」
「うん」
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