ママは見失う

「さて」


 女将軍が光の粒子となって消えていくのを見届けると、俺は周囲を見回した。

 戦闘によって中断されたサムソン――中身はエリナ――との会話を再開しようと思ったのだ。

 けれどそこにいるはずの姿が見当たらない。


「……あなた?」


 俺は必至になって視線を動かし、へばりつくレオンを跳ねのけて塔内を走り回る。

 エリナ?

 一体どこへ行ったんだ? 悪い冗談はよしてくれよ、なあ。


「嘘でしょ……」


 せっかく会えたというのに、エリナは意味深な会話だけを残して消えていた。


 ――今の私は生きてるとも言えないし、死んでいるとも言えない。サムソンなのかエリナなのかすら、ううん、ダゴンなのかすら定かじゃない。

 ――ダゴンの能力は、精神を入れ替えるものだと思ってた。でも違う。あなた……あいつの能力は、


 ……これ、どういうことなんだろな。

 考えれば考えるほど俺の思考は袋小路に迷い込み、抜け出せなくなってしまった。あとこうやって深刻なトーンでモノローグを垂れ流している間も、ばっちり敵の残党が襲いかかってきてるんだけど、そこはレオンとシャロンとエレノア、あと塔の兵士の皆さんが処理してくれた。なんかすいません。

 大変お世話になりました、と買い物カゴから野菜を取り出して配り歩く完璧な主婦ムーブを決めつつ、俺は走り出す。


 なぜか魔法を使えるようになったとはいえ、エリナの肉体は衰えたおっさんなのだ。

 そう遠くへは行っていないはず、と塔の周辺を探し回ったが、ついにあいつは見つからなかった。


「なんで……」




 やがて日は沈み、すっかり捜索を諦めた俺はとぼとぼとした足取りで塔内へ引き返した。

 するとやけに賑やかな声が聞こえてきた。


「ワハハハハ! もっと飲めよ坊主!」

「えーレオン君って彼女いないんだぁ。てっきりあのエプロンの子がそうだと思ったのにぃ」

「あの人は僕の妻です」

「ワハハハハ! そんなわけないだろ、坊主とあの子、顔立ちがそっくりじゃねえか! どうせ姉ちゃんだろ!」

「妻です」


 どうやら飲めや歌えやのお祭り騒ぎが始まっているようだ。

 新勇者のレオンを取り囲んで、祝勝会を繰り広げている真っ最中ってところか。

 あ、よく見ると男の兵士だけじゃなくて女の兵士も結構いるのな。そしてその全員がレオンの近くに集まってるときた。なんか頬にキスまでされてるし。マザコンがバレるまではすげーモテるからなこいつ。


 うーん……お姉さんに囲まれるのはいいけど、お酒飲まされたりしてないよね?

 一応未成年なんだし、ちゃんと断っときなさいよ?

 不安になって遠巻きに眺めていると、俺の視線に気付いたのかレオンと目が合った。


「か、母さん!? 違うんだ、この女の人達は酔っぱらってて……」


 その瞬間、俺の目からぽろりと涙が零れ落ちた。

 だってレオンってば、目元がエリナと瓜二つなんだもの。俺が一生懸命探し回って、そして見つけられなかった配偶者の面影をそこに見出してしまい、思わず切なくなってしまったのだ。


 エリナ……どこ行っちゃったんだよお前。 


 夫婦愛が俺の涙を誘ったのもあるだろうが、そろそろこの体は周期的にアレの日なので、情緒不安定になってるのもある。というかそれが理由の九割な気がする。

 俺は目元を手の甲で拭うと、その場から走り去った。

 レオンを直視できなかった。エリナを思い出して、あまりにも寂しくなってしまうからだ。


「母さん!」


 人気のない木陰で休んでいると、死にそうな声のレオンが駆け寄ってきた。


「……何? あっちでお姉さん達と飲んできなよ」

「怒ってるね。それ絶対怒ってる言い方だよね。違うんだってば、僕は嫌なのにあの人達がやたらちやほやしてきたんだってば。僕は母さん一筋だよ」


 嫌がってるのに女兵士の群れがちやほやしてきたって?

 いいなあ、こいつは青春まっさかりで。俺なんてもう、エリナ以外の相手なんて見つかりそうもないのに。きっとレオンはこれから、かわいい彼女作ったりするんだろうな……。

 そんな羨望を込めて言葉を紡ぐ。


「レオンはいいよね。色んな女の子と遊べて」

「嫌味かい母さん。ねえ絶対怒ってるよね?」

「別に怒ってないけど」


 マジで何言ってんの? と首を傾げる。

 俺、ほんとにお前に対しては一切怒ってないんだけど。

 ところがレオンの体は、どういうわけか小刻みに震えているのだ。何その痙攣? ションベンでもしたいのか? やっぱさっきのお姉さん達に酒飲まされてトイレ近くなってるんじゃないの? 俺はそんな親心から質問をぶつける。


「あの女の人達に何かされた?」

「何もされてない。何も」

「ほんとかなぁ」


 俺はレオンに一歩近付くと、口の前ですんすんと匂いを嗅いだ。酒の香りがしないか確かめてみたのだ。


「あれ? 女の子の匂いがするよ?」

「――え?」

「女ものの香水かな、これは」

「……あ、あの、僕、違くて、その、確かに無理やり頬にキスされちゃったけど、ごめん、すぐ頬の皮膚剥がすね。汚いよねこんなの」

「レオンは何を慌ててるの?」


 さっきから言動が支離滅裂だけど、お前マジで飲んでないだろうな? 

 親に隠れてこっそり飲酒して、その匂いをごまかすために香水臭い女兵士とくっついてたとかだったりするのか?


「お母さんに謝らなきゃいけないことがあるんじゃないの?」

「……あっ、あっ」


 息子の非行疑惑にジト目で抗議していると、耐え切れなくなったレオンは寄声を発しながら逃げ出していった。


「あああああああああああああああああ!」


 しばらくすると、困惑した様子のシャロンが俺の元に近付いてきた。


「さきほどレオンさんが突然頬を魔法で焼き始めたので、慌てて回復魔法で治療したのですが……原因に心当たりはありますの?」

「ないよ?」

「そうですか……母さんのために消毒しなきゃ、とうわごとのように繰り返していたので、てっきりエリナママとのやり取りに原因があるのかと思ったのですが……」

「たぶんレオンは酔っぱらってるんだと思う」

「まあ」


 それなら仕方ないですわね、とシャロンは頷く。俺も頷く。

 そうして夜は更けていき、謎を残したまま日付が変わる。

 エリナは一体、どこへ行ってしまったんだろう……。

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