ママは妹と再会する

 中年の、女の声。

 妹にして先代勇者、デリアのお出ましである。

 

「やっぱそうだ。いいなーハーフエルフって。昔と全然変わんないのね」


 デリアは俺の顔をまじまじと眺めながら、目を細めている。

 笑うと目尻に深い皺があった。

 黒髪黒目の、小綺麗なおばさん。


 生意気そうな女の子が、そのまま年を取ったような雰囲気だ。

 年の割には若く見えるけど、それでも人間族で四十歳となると、老いは隠せなくなってくる。


「積もる話もあるし? ちょっと二人でいい?」


 デリアは親指をくいくいと動かして、人気のない一角を指している。

 積もる話を、二人きりね。というより二人きりじゃないと不味い話がしたいんだろ。

 俺は了解すると、へばりつくシャロンを背中から降ろした。


「お母さんちょっとこの人とお話あるから」


 レオン達に断りを入れ、デリアの横に並ぶ。

 見た目こそ女二人だが、中身は兄と妹。

 久しぶりの兄妹水入らずだが、会話はない。


 かつて兄をパーティーから追い出した妹と、いつの間にか女になっていた兄。

 これでどうやって楽しい話をしろって感じだしな。気まずいったらありゃしない。


 デリアはかつかつと足音を立て、無言で前進していく。女にしては長身なので、歩幅も大きい。

 おまけに大変な早歩きなので、平均身長なエリナの体ではついていくのがやっとだった。


「ね。兄貴」

「ん」


 そろそろ周りに人も見えなくなってきたので、よい頃合いだと思ったのだろう。

 デリアは昔と変わらない呼び方――そう、俺が男だった時と同じ呼び方で話しかけてきた。


「まだレオン君に、その体の中身が父親だって教えてないの?」

「当たり前でしょ」


 デリアは十五年前、俺やエリナと一緒にダゴンと戦った。

 奴の断末魔の一撃で、俺達夫婦の体が入れ替わるところも目撃している。

 つまり俺の素性を隠す必要がない、数少ない理解者なわけだ。


 ……っと、これはちょっと違うな。

 素性を隠す必要はないけど、理解はしてくれてないし。


「早く言えばいいのに。あたしだったら何でも話すけど」

「独身のあんたに何がわかるわけ? 親心から来る配慮なんだけどなーこれ」


 アレックスと死別して以降、デリアに男の影はない。

 あの俺をパーティーから追い出しやがった、鼻につく賢者アレックスな、ちなみに。


「……さっさと正体明かした方いいんじゃないの。兄貴ってありえないくらい鈍感だし」

「そんなことないよ?」

「家族の前で平気で着替えたり、風呂上がりに半裸でウロウロしてたでしょよく」

「何の問題があるのそれ?」

「……レオン君はちゃんと育ってる?」

「超いい子だけど」


 俺は別に、子育てについてのアドバイスが欲しくてここに来たわけじゃない。

 デリアに伝えなければならないことがあるからだ。


「人の家庭事情について心配する前に、自分の将来設計をまずなんとかしたら? デリア、勇者解任なったからね。もう代替わりして、うちのレオンが新勇者になってるんだから」


 デリアは黙って視線を上に向ける。


「別に。……勇者業なんてきついだけで損ばっかだし、未練ないからいいけど。ふうーん? 次はレオン君なんだ? あの子そんなに強いの?」

「剣術も魔法もばっちりだよ。デリアが十五歳だった時の三倍は強いんじゃないかな!」

「あっそ。親譲りかしらね。両親のどっちに似ても万能戦士だろうし」

 

 やけに素直に持ち上げてくるな、と妙な感覚を覚えつつも、つい憎まれ口を叩いてしまう。


「お世辞はいいってば。レオンはエリナ似だよ、顔も中身も。魔法が得意なのはあの人譲りかな。……あ、あと甘えん坊なのもあっちに似てるかも……」


 エリナはたまに、俺をパパって呼んできたしな。父と娘のシチュエーションでデートしたら、そりゃあもう発狂しそうな勢いで喜んでたっけ。

 エリナは母子家庭の出身で、父親の顔も知らずに育ったせいか、とてつもなく父性に飢えていたのだ。

 おっさんの俺と結婚したのも、それが大きいのかなと思う。それと筋肉フェチか。

 俺はあいつの好みそのものだったんだな。


 今となっては懐かしい、甘い思い出である。

 二人きりの時はよく、俺を父親に見立ててじゃれついてきたもんだ。

 シチュエーションも凝ってて、エリナの中では毎回きちんと設定が練られていた。


『パパごめんなしゃいぃ、エリナはお父さんを好きになっちゃう悪い娘ですっ、父の日にママからパパを寝取っちゃうド畜生ですっ、お詫びにパパの子供を産むから許してくだひゃいっ、男の子にしましゅっ、パパの跡継ぎになる立派な息子を産みますっ。だから離婚してっ! ママと来年離婚してっ! 離婚届と出生届、おんなじ日に提出しようねっ! ふああああぁぁぁ! パパらいしゅきいいぃぃぃぃー!』


 と泣きじゃくりながら俺を押し倒し、宣言通り男児を妊娠した凄い女である。


 産んだのは俺だけど。

 

 まあ、ダゴンと戦う前日に、こんなやり取りをしてレオンを作ったわけである。

 製造過程からしておかしい息子なので、時々情緒不安定になるのかもしれない。


「兄の夫婦生活なんて聞きたくないし、それ特殊過ぎて夫婦生活って言っていいのかわかんないし。……ってか何? 兄貴って魔法得意だったんじゃないの?」

「は?」


 そりゃエリナの体になってからはバンバン使えるようになったが? 

 と返す。

 

「あたしと一緒に冒険してた頃はさ、実力隠してたんでしょ? あたしを立てようとしてたのか知らないけど。やろうと思えば、色んな魔法使えたんだよね?」

「まさか。私が男だった時は、物理専門だよ。サムソンの体には魔力なんてないもん。ステータス鑑定の結果ならデリアも知ってるでしょ? サムソンの肉体は、魔力がゼロ。ゼロなんだよ」


 だからエリナは俺と入れ替わってからは、一切の魔法が使えなくなった。

 その代わり分厚い胸板が手に入ったから魔法とかもうどうでもいい、と幸せそうだったが。


「妙な話ね」


 デリアは眉間にしわを寄せる。

 何もせずとも眉間に縦ジワが刻まれているので、日常的にこういう表情をしてきたのだろう。


「聞いてるかもしれないけど、兄貴の奥さん来てるよ。もちろん見た目は男時代の兄貴なんだけど。……あの筋肉親父を奥さんって呼ぶの、すんごい変な気分」

「それを確かめに来たのも目的の一つだね」


 デリアは深い疲労を感じさせる声で言った。ため息混じりだった。


「エリナさんってば、兄貴の体で魔法使いまくってる。片っ端から魔王軍をふっ飛ばしてんの。こっちとしては戦力になるから、大助かりなんだけど」


 遠くで、兵士達の怒号が聞こえる。

 またどこかで戦闘が始まったようだ。


「エリナはどんな魔法を使ってるの?」

「高位の水魔法と闇魔法。ねえこれって」

「ええ」


 ダゴンの得意としていた魔法だ。


「今動いてる兄貴の体、中身はエリナさんとダゴン、どっちなんだろうね」

「……もしもあの人の体が操られてたりするなら……その時は私が止めなきゃいけないんだと思う。それがママの務めだよ」

「そういえばずっと気になってたんだけど」

 

 デリアは憐れむような目を俺に向けてくる。


「兄貴、もう私と二人きりの時でもママ口調で喋るようになってるのね。兄貴の正体を知ってる身内なんだから、母親の演技する必要ないのに」

「え? そうだった?」

「ひょっとしてもう内面までママになってるんじゃないの?」


 おいやめろよ、ちょっと自覚あるんだから。

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