ママは女騎士を狙う
宿に帰ると、俺はさっそく調理場に向かった。
宿泊客が供用で使える台所があるのだ。
各自が持ち込んだ食材を、自由に煮たり焼いたりできる。
その分、宿が食事を提供してくれることはない。セルフサービスってやつだ。
本来なら無骨な冒険者が、酒のツマミでも作るのを想定して用意されたのだろう。
しかし今や、エプロン姿の俺が野菜の皮むきをし、背後からシャロンが抱きついてくるせいで実家のような安心感が醸し出されていた。
完全に料理中のママと、甘える娘の構図だ。
「何作るんです?」
「クリームスープだよ」
家庭の味である。
匂いにつられてか、他の宿泊客も様子を見に来る。
そうして数分ほど見学した後、「なんでこんな如何にもお母さんな人がここに」と首を傾げて戻っていく。
筋肉モリモリで顔が髭や刀傷にまみれてるような、そういう男しか利用しない宿なのだ。
宿側もそれを自覚しているので、防犯対策は手厚い。
見張りとして数名の大男を雇ってるし、店主は人殺しみたいな顔した元傭兵だ。
客が悪さしたら最後、五体満足では帰れまい。
このような事情から、逆に他のどこよりも安全なスポットと化しているのが実情である。
サムソンの姿で勇者パーティーにいた頃、妹と喧嘩した夜はよくここに一人で泊まったものだ。
馴染みの宿と言っていい。
子連れでやって来るのは前代未聞だろうが、子供達にとっても居心地のよい環境と考えると、他を選ぶ理由はない。
トントンと軽快に音を立てて、人参を刻む。
刃物を使い始めたので、気を使ってシャロンが背中から離れた。
それくらいの判断力は残っているようだ。
まあ隙あらば俺のお腹に帰りたいとぐずることと、大の羊水好きである点を除けば、比較的まともな子ではあるしな。
でもその二つを除いたらもうシャロンじゃなくね?
シャロン成分の大半はそれで、残った抜け殻をまともな子と呼んでいいのか?
答えは出ない。
出してはいけない。
怖くて出せねえよ。
つかこんなこと、どうでもいいし。
俺が本当に聞きたいのはあれだ。外で出会った女騎士さんについてだ。
「ねえシャロンー?」
なんですの? とシャロンは弾んだ声を出す。
どうやら機嫌はよろしいようだ。
「王都生まれ王都育ちのシャロンに、聞きたいことがあるんだけど」
「卵巣生まれ子宮育ちなのですが。そこを間違われると困るのですよ」
間違ってるのお前だよな? 人として間違ってるよな?
別にいいけど。一々指摘してたらきりないし。
「さっきエレノアって騎士さんと会ったんだよね。黒髪の女騎士。シャロンなら詳しいんじゃない?」
「ええ、存じてますが。背の高い方ですよね? それなりに名の通った冒険者です。あの騎士さんがどうかしまして?」
「いや……それがね」
俺はチンピラに絡まれ、エレノアに助太刀された一部始終を説明する。
「かなり強そうだったし、ちょうどうちのパーティーに足りないタンク職だから、勧誘しようとも思ったんだけど。無理そうかも。お母さん嫌われちゃってるみたいだし」
いきなり喧嘩を売られて軽くイラッときたけど、息子のためを思えばどうってことはない。
ステータスはずば抜けてたから、レオンを守る盾としてぜひとも欲しい人材なのだが。
惜しいことに母親を嫌悪してるタイプのマザコン持ちとなると、俺の存在そのものが鬱陶しいだろうしな。
やっぱ無理か。
それをシャロンに言ってみたところ、なぜか黙り込んでしまった。
急にどしたの?
まさかお母さんどいてその女騎士殺せないとか言い出さないだろうな?
「……しゃ、シャロン? 別にお母さん怒ってないからね? あんな小娘に何言われたってへーきへーき」
「いえ。……それは本当に、嫌われているのでしょうか」
「え?」
「ステータス鑑定の結果、90レベルのマザコン持ちだったんですよね?」
「うん。シャロンは101だよね。凄いよね」
「レオンさんも昨日また王宮で測定したら、100に上がってたそうですよ。……脱線しましたね。そうですね、今日はエリナママに、マザコンの精神状態を教えて差し上げましょう」
聞きたくないな、それ。
「好きと嫌いは裏返しなのです。コインの表と裏の関係にあります。世界で一番好きな人だからこそ、世界で一番嫌いな人になりうるのですよ。どうでもいい存在だったら、無視を決め込むはずでしょう?」
好きの反対は嫌いではなく無関心とも言うしな。わからなくもない。
「わたくしもお母様と喧嘩してしまった日は、お母様がこの世で一番嫌いな人になっていましたから。いつも頭の中がお母さんでいっぱいだからこそ、愛が裏返って憎しみになるのです」
「……じゃあエレノアは、本当はお母さんが大好きってこと?」
「大好きになりたいんじゃないでしょうか。でもそれを許せない。だからこそきつく当たる」
そういうのを天邪鬼とか、ツンなんとかって言うんだっけ?
めんどくさそうだな。妹もそんな感じのキャラだったし。
「エレノアさんは、それなりのお家の生まれですし。きっとあの人のお母様は、おしとやかな淑女として育てたかったのでしょう。幼い頃は、少女趣味なドレスを着せられていたそうですし。なのに大きくなったら、騎士なんか目指して。男勝りで。どうもそれが母娘の確執の原因らしいですの」
自分の中の理想の娘像を押し付ける母親と、それに反発する娘か。
よくある家庭内のトラブルではある。
「脈ありかな? 誘ったらパーティー入ると思う?」
「どうでしょうねぇ。どっちかというと、実のお母様に愛憎入り混じった感情を抱いてるんでしょうし。でも、ううーん。エリナママにそんな因縁をつけてきたなら、あるいは……」
シャロンがうーんうーんと唸り始めていると、軽快に階段を降りてくる音が聞こえてきた。
なんとなくだが、こういう足音は若い子が立てる気がする。
今この宿で休んでいるもう一人の子供となると、
「なんか美味そうな匂いするね。これシチュー?」
レオンだった。
さすがは食欲旺盛な十代男子。
飯に吸い寄せられるところは、犬コロみたいで愛嬌がある。
可愛いな。
いくら親子とはいえ、中身が男の俺が息子に可愛い可愛い言ってると、妖しいかもしれない。
が、変な意味合いはまったくない。
うんと年下の弟がいる兄貴なら、こういうのわかるんじゃないかな?
もしくは目をかけてやってる男の後輩とか。
ははっこいつめ。今日は俺が奢ってやるよ! とか言いたくなるじゃん?
年少者や目下の人間全般に向ける、爽やかな感情なのだ。
だから今めっちゃレオンに母乳与えたくなってるけど、これは正常な感覚なんだよ。
わかるだろ? わっかんねーかなあ。
ああいいよもう。お前らだって性転換して出産すれば共感できるだろうさ。
そんなのありえねーけど。
っていうか俺誰に言い訳してんだろ。
頭を振って、寛大な親の心でレオンに話を振る。
「レオンはさ。……年上の女の人って、恋人としてありだと思う?」
エレノアがまだ仲間にはるとは決まってないけど、とりあえず本人の意思確認ね。
こいつまだ十五だし、人口からいけば年上の女の方がずっと多いはずだろ?
あの女騎士に限らず、適当に女冒険者を用意したら大体は年上なわけじゃん。
ほらお前もいい年なんだし彼女が欲しいだろー。
とせっかく俺がお姉さんと出会いをセッティングしてやっても、年下専門だと意味ないもんな。
シャロンに若干気があったみたいだし。
どうなのそのへん? と俺は探りを入れてみる。
レオンの返答は、
「大好きだよ。もちろん大好きだ。急にどうしたの母さん」
「そっかー。んふふー。なんでもなーい」
思わず嬉しくなる。鼻歌も出るってもんだ。
レオンは年上も大丈夫……っと。
こりゃあ綺麗な騎士さんを捕まえてやらんとなあ、とすっかり舞い上がっている俺だった。
お前が異性に興味を持つような年代に育って嬉しいよ。
あの鼻たれ坊主がなあ。
「なんで……なんでそんな嬉しそうなの。母さん……?」
「てっきりお母さん、レオンは年下の子が好きなのかなって思ってたからさ」
「ありえないよ。僕、年下の女の子って皆ドブネズミに見えるんだけど」
それは目と心、どっちの病気なんだ?
俺も三十を過ぎたあたりから、若い女の子が皆同じ顔に見える症状が出始めたけどよ。
これとはまたちょっと違うような気がする。もっと深刻なんじゃないか。
「急にどうしたの……? 僕にこんなこと聞いて、母さんは何がしたいの」
「えー? だってさあ、レオンが年上でも大丈夫なら、チャンスあるじゃない」
そこいらの女騎士とくっつけて、孫の顔を見せて貰うチャンスがな。
「お母さん頑張るから」
「……」
「諦めないよ!」
「……ぅ……ぁ……」
「絶対レオンを幸せにして見せるから」
鍋がクパクパと煮立ち始めたので、火を止める。
それとほぼ同じタイミングで、レオンが「母さんって人は! ああああああああ!」と絶叫しながら二階に駆け上がっていった。
耳元では水精ウンディーネが、「あ、今息子さんのマザコンスキルがレベル102に上がったわ」と囁く。
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