ママは選り好みする

 俺は悩んでいた。


『君も勇者パーティーに加入して、一緒に魔王を倒そう! アットホームな職場です』


 そんな求人を出してみたはいいものの、中々求めている人材が集まらないのだ。

 しかもなんか、名乗り出てきた連中には変な傾向があるし。

 まずは書類審査がいいだろうと思い、ステータス鑑定の結果を紙に書いて提出して貰ったのだが。

 


【名 前】アルフレッド

【年 齢】27

【性 別】男

【クラス】騎士

【体 力】250

【魔 力】0

【筋 力】200

【耐 久】350

【敏 捷】100

【魔 攻】80

【魔 防】70

【スキル】多段ガード マザコンLV40



【名 前】レオナルド

【年 齢】33

【性 別】男

【クラス】パラディン

【体 力】300

【魔 力】120

【筋 力】180

【耐 久】200

【敏 捷】90

【魔 攻】150

【魔 防】160

【スキル】状態異常耐性 マザコンLV62


 

 大体似たようなのが続く。

 どいつもこいつも、男ばっかなのだ。

 女冒険者はレオンの演説に引いたのか、あるいは俺の評判を気にしてか、一人も寄ってこないのである。

 あげく応募してきた男達ときたら、漏れなく変なスキルついてるし。


 マザコンってなんなんだ?


 レオンやシャロンにもついてたよなこれ。しかも高レベルなやつ。

 バッドステータスじゃなきゃいいけど……。


 気になった俺は、王都の図書館にこもってひたすら「スキル大全」をめくった。

 分厚い辞典だ。俺がこんなものを読むなんてらしくないが、背に腹は代えられない。

 目次とにらめっこし、やっとの思いでマザコンの項目を発見。

 それで判明した詳細なスキル効果が、これだ。



【マザコン】


『後天的に習得可能なスキル。母親への強い愛情、執着を指す。

 純粋な好意や尊敬がほとんどだが、場合によっては恋愛感情、まれに胎内回帰願望を抱く者もいる。

 母親への異常な関心全般が含まれるため、激しく憎悪しているケースもまたマザコンの一種である。

 実母だけでなく義母、姉、妻、時には妹や幼馴染などもマザコンの対象となる。

 母性を感じさせる相手かどうかが重要なのであり、血縁者である必要も、年長者である必要もない。

 スキル性能としては、母と認めた存在が側にいる間、ステータスが変動する。 

 母を慕っていればプラス修正、嫌悪していればマイナス修正となることが多い。

 マザコンスキルの保有者は常に軽度の混乱状態に陥っているため、他の精神系状態異常に耐性を持つ。

 デメリットとして婚期の遅れ、母親とみなした女性が亡くなると廃人と化す、などの症状が挙げられる。

 ただ著者の経験から述べさせて貰うと、全ての人間は多かれ少なかれマザコンの素因を持っており、なんら恥じる必要はない。

 著者も母を愛している。種族がサキュバスなおかげで、いつまでも若く妖艶なママ。

 ママ、ママ、ママ。

 どうして僕は貴方のお腹から産まれてしまったのだろう。血の繋がりさえなければ結婚できたのに。

 僕は間違ってるんだろうか? 間違ってるのだろう。皆がそう言う。

 でもよく考えたら、実母じゃない女に恋愛感情を抱くなんて、変態のすることだよね。

 だってへその緒は、ママと息子を結ぶエンゲージリングなのだから。

 母子というのは、産まれる前から婚約関係にあるのだ。それを破棄するなんて許されない。

 ママ。大好きだよママ……ママ⁉

 僕はもう駄目だこの文章が今まさにママに見つかって死ぬしか……ママ? 

 ママが頬を赤らめてる⁉ ママ嬉しいの!? 僕も嬉しいよ、両想いだったんだね!

 ママァ! ぼく今日から夫息子になりゅ! ぼくは実子で旦那さん! 

 僕がママと添い遂げるんだ一生守ってあげるんだ、ママ、マンマァァァァ!!!』



 悪寒を感じたので、辞典を閉じる。

 背表紙を見ると、

『危険思想が記述されているため禁書指定に処す。外部への持ち出しを一切禁ずる』

 と書いてあった。

 

「嘘でしょ……」


 レオンもこのスキルを持っている。

 それが意味するところは。


 レオンは、母親を憎んでいる方のマザコンな可能性もある。

 今までの言動は、溢れんばかりの憎悪を隠すための、巧妙なカモフラージュだったのかもしれない。


 そんなのは……そんなのは考えたくない。

 まさか俺に恋愛感情なんて抱いてるわけがないし、胎内回帰願望タイプはどう考えてもシャロンの方だし。

 ただの尊敬タイプのマザコンだったらよいのだが。

 

 一体どうすれば息子の尊敬を得られるんだ?

 一緒に風呂入って髪でも洗ってやればいいのか? 

 俺もうわかんねえよエリナ。こんな時、お前ならどうしたんだ?


 頭を抱えて図書館を出ると、ぽつぽつと水滴が落ちてきた。

 夏の夕暮れ時に、気まぐれに地面を湿らす雨。

 濡れるのは好きではない。まだ男の体をしていた頃、頭皮に悪いと聞いたことがあるからだ。

 生乾きのまま髪を放置すると、禿げると聞いた。

 

 以来、天気が崩れると、急いで雨宿りする習慣が体に染み付いている。

 既にエリナの肉体になってから十五年が経つというのに、この癖は中々抜けない。

 ビショビショになったら寒いし。

 筋肉暖房と謳われたサムソンの体と違い、エリナの体は冷え性気味なのである。


 ここは図書館に戻って雨が引くのを待ちたいところだが、そろそろ夕飯の支度をせねばなるまい。

 俺は生まれたばかりの水たまりを踏みしめながら、宿に向かって走る。

 レオンとシャロンが、お腹を空かせて待っているはずだ。

 お母さん今日も張り切ってご飯作るからな。


 ちなみに外食という選択肢は、はなからない。

 レオンは今がまさに身長の伸び盛りなもんで、よく食うし。外で食ったら無意味に出費がかさむ。

 さらにシャロンはここ数日、俺が作った料理以外を口にすると下痢になるのだ。

 なんでお腹下すの。おかしいでしょ。

 医者に見せたら、精神的な理由ではないかと言われた。

 

「エリナママへの愛ゆえに、ママが触れてない食物を体が拒否するようになったのでしてよ」


 とシャロン本人は誇らしげだった。

 誇りの概念が他人とは違うらしかった。怖かった。でもえっへん、な顔は可愛かった。

 可愛くなかったらとうに通報している。


 これもマザコンスキルのもたらす症状なのだろうか?

 レオンのやつはこんな娘とくっつかないで正解だよな、と安堵する。


「マザコンスキルのもたらす……」


 その瞬間、俺の頭に閃きが走った。

 足を止める。前髪から滴り落ちる雫を、さっと手で拭きとる。

 頭の中で今はまだ虚ろな霧なままのアイディアを、捕まえる作業に入るのだ。

 走っていては気が散る。


 俺が思いついたこと。雷鳴の如き発想。

 一瞬の閃きを、具体的な言語に変換する。


 そう。

 それだ。

 マザコンスキルの有効活用だ。


 これを保有している人間は、母親ないし母性を感じさせる存在に、強く執着する。

 だから広場での俺やレオンの惨状……もとい親子愛につられて、マザコンスキル持ちがうようよ集まってきたのだ。


 ならば。


 マザコン持ちの女騎士を探し出せば、何かと都合のいい仲間が手に入るのではないか?

 そいつがレオンと二人で前衛をこなしてくれれば、戦力としては申し分がない。

 その上レオンと共闘しているうちに交際を始めたりして、孫の顔を見せてくれるかもしれない。

 しかも俺やレオンを気味悪がらないときてる。

 むしろシャロンのように懐いてくれるはずだ。いやシャロンみたいなのはもう要らないな、もうちょっと健常者寄りなのをだな。

 

 だが、そう簡単にマザコン持ちの女騎士など見つかるだろうか?

 そもそもそんな人材がいたら、とうに応募してきているのではないか?


「うむむ」


 恥ずかしくて名乗り出てこれなかったとか。

 そもそも自分の母親にべったりで、俺なんかに興味持たないんじゃね? とか。

 あるいはそんな女騎士どこにもいねーよとか。


 様々な推論が脳裏をよぎり、俺の苦悩は深みを増していく。

 最悪、男の騎士や戦士でも妥協しちゃうか? という考えも湧いてくる。

 その場合レオンじゃなくて、シャロンとくっつく方向に誘導してやればいいんだろうか。


 俺がずぶ濡れになりながら物思いに耽っていると、前方からガラの悪そうな若者達が歩いてくるのが見えた。

 俺ら馬鹿でーす、地元の悪そうな奴は大体友達でーす、な外観。

 入れ墨とか入ってるし。舌出してるし。ギャハハと笑いながら、肩を組んで騒いでいる。

 いかにもなチンピラだ。


 デリアが魔王討伐でちっとも結果を出せなかったので、絶望感から治安が悪化しているとは聞いていた。

 その見本ともいえる人種がまさに目の前をうろついてるのだ。


 目を合わせないようにして、すれ違うのを待つ。

 男時代なら喧嘩に発展しかねない相手だが、今の俺だと嫌な絡み方をされかねない。


「おっほお! 水も滴るいい女」

「お姉さん透け透けじゃーん。彼氏欲しくて見せつけてんの?」


 ゲラゲラゲラ、と品のない笑い声がたむろする。

 無視だ無視。子供達の飯作ってやんなきゃなんないし。

 雨も激しくなってきたし。


 俺が顔を下げて駆け出すと、道を塞ぐようにチンピラどもが回り込んできた。

 どこ行くの? 俺らと遊ばない? 気持ちいいー遊びをね? ぎゃははははは。

 

 お前ら……そういう言動をな、世間は死亡フラグと呼ぶんだぞ。

 

 またその辺の精霊でも手懐けてぶっ飛ばしちまうか、と右手を上げた。

 雨が降っているせいか、火精サラマンダーの姿は見当たらない。

 代わりに水色の肌をした、半透明の少女達がちらほらと視界に入る。

 手のひらサイズの身長で、まさに妖精さんだ。


 水精……ウンディーネってやつか?


 チンピラどもが俺を包囲し始める。間に合うか。

 水精に語りかける。――見ての通り困ってるんで、力を貸してくれる?

 

 妖精少女の返事は、か細く可憐な声だった。

 吐息がたくさん混じった、内緒話みたいなウィスパーボイス。

 とても残念だけれど、雨音と悲鳴に邪魔されて、上手く聞き取ることができなかった。

 聞く必要もなかった。


 俺を取り囲んでいだ男達が、一斉に倒れたからだ。


「……もうやってくれたの?」


 水精達にたずねる。全員が首を横に振る。


『まだママになって貰ってない』

『ママじゃないから助けたりしない』

『子宮子宮子宮子宮子宮』


 契約が結ばれていないため、そっけない態度だ。

 一匹だけシャロンと波長が合いそうなのが混じってるけど、絶対これ構っちゃいけない個体だって経験から知っているので、相手してやらない。

 

 はて。


 水精達でないと、誰がこのアホガキどもに手を下したんだ?

 首を右に向けるが、人影はない。左へ向けても、やはり誰もいない。


 ……天罰でも下ったのか?


 神に感謝を捧げようとした瞬間、背後から肩を叩かれた。


「お怪我は」


 若い女の声だった。低めで中性的で、芯の通った声質。

 声に少しかすれた音が混じっている。ハスキーと言えなくもない。

 日常的に大きな声を出している人間の声だ。

 歌手? 役者? 軍人? ――冒険者?

 そんな職業を思い浮かべながら、ゆっくりと振り向く。


「貴方もよくない。若い婦人がそのような格好で出歩いては、いらぬ厄介を招きます。ゆめ油断なさらぬよう」


 俺の顔を心配そうに覗き込む、妙齢の女性。

 美人だ。背が高く、真っ黒な髪を肩のところで切り揃えている。

 左目の下に泣きぼくろがあり、それが場違いに艶っぽい。

 なぜ場違いなのかというと、女性の服装が、白銀の甲冑だからだ。

 鎧と色気。

 まるで戦場に香水を持ち込むかのような、そんなミスマッチを感じる。

 

「……貴方、もしや」


 顔が近い。

 若い女特有のいい匂いがしたので、ふいにドキリとしてしまう。

 いかんいかん。俺既婚者だし。俺にはエリナがいるし。

 シャロンはガキんちょだからじゃれつかれても平気だけど、このくらいの年齢の女の人に接近するとドキマギするな。


 そんなくだらないことを考えていると、女騎士さんは急に表情を固くした。

 眉間にしわを寄せ、いかにも不愉快そうな表情。おいおい、俺が何をした?

 あんたに何も悪さしてないだろ? 心当たりなんてないぞ。


「貴方、広間で変なことを叫んでた人ですね」


 心当たりを今まさに宣告された。

 はい、それは俺です。

 公衆の面前で息子への過剰な愛を吐いた、迷惑な母親が俺です。

 すいませんマジすいません。


 俺が心の中で謝っていると、美貌の女騎士は吐き捨てるように言った。


「私は貴方が嫌いです」


 ……なんで。

 別に子離れできてないだけで、こいつに迷惑かけてないだろ。


「知っていますか。貴方と息子さんのような関係を、共依存と言います。貴方は子供を腐らせる、悪い母親だ。暴力と同じくらい、甘やかし過ぎも悪影響を与えるのだと知るべきだ」


 黒い髪を濡らしながら、女騎士は俺を睨みつける。

 しゃらりと、話しながら剣を鞘に収めていた。

 やっぱりさっきのチンピラ集団は、この女が処理したんだ。


 それも、見えない速さで。

 元戦士で、ハーフエルフの視力を持った俺でも追えない速度でだ。

 しまいには俺の背後に回り込んで肩を叩いてきたのだから、尋常な足運びではない。


 相当の腕利き。

 だけど、俺を嫌悪している。


「私は貴方のような、母親であることを押し付けてくるような者は好かない。過剰に女女したあの言動といい、虫唾が恥じる」

「初対面でそこまで言うんだ?」

「さっさと立ち去るがいい。勇者の母親だかなんだか知らないが、好かぬものは好かぬ。だが目の前で手折られそうな花は、助ける。騎士の務めゆえな。……さっさと行きなさい」


 なんでこんなに絡んでくるんだよこの女。

 気分が悪いので、俺は言われた通りに離れてやる。

 こっちだってこんなヒステリー騎士の相手はごめんだ。どうせ彼氏に振られておかしくなってんだろ。


 ……いや。

 この騎士がおかしいのは、それが理由か?


 母親であることを押し付けてくるような者は好かない。

 

 その発言から、俺はさきほど読んだ辞典の内容を思い出していた。

 ――母親への異常な関心全般が含まれるため、激しく憎悪しているケースもまたマザコンの一種である。

 

 空中を漂う水精に声をかける。貴方達、ステータス鑑定はできる?


『ママになってくれるならやってあげる』

『雨が降ってるから、なんでもできる。水があると、力が増す。なんでも視える。鑑定だって透視だってできる』

『この形状……産んだのは男児か。十五年ほど前ね。ママ歴十五年、及第点か。ん……!? こ、この広さは、Sランク子宮⁉ 馬鹿な……三つ子ですら安産に持ち込むという、あの……!?』


 こいつらが透視も鑑定も得意なのはよーくわかった。

 一人さっそく俺の子宮を透視してる危ないのがいるしな。

 精々頼らせて貰うからな。


 わかったママになったげる、と俺は意識して口角を上げる。


 水精達はぱあっと顔を輝かせ、ママのためならと羽を羽ばたかせる。

 少女が飛んだ後には長い水の尾が残り、それは四角いベールを作り出す。

 

『誰を鑑定すればいいの?』


 あそこで鎧をガチャガチャさせてる怖そうなお姉ちゃんだよ、と女騎士の背中を指す。

 妖精が頷くと、ベールの中にきらきらと光る文字列が浮かんでくる。


【名 前】エレノア

【年 齢】19

【性 別】女

【クラス】聖騎士

【体 力】400

【魔 力】200

【筋 力】300

【耐 久】700

【敏 捷】700

【魔 攻】200

【魔 防】700

【スキル】一角獣の加護 マザコンLV90


 珍しく俺の勘が当たった。

 予想通り、あの女騎士さんもマザコン持ちだ。

 ただし、母親を憎んでいる方の。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る