ママが教えたげる
亡き母の形見である、漆黒の短刀。それをシャロンに渡してやると、花のような笑顔を見せた。
やっぱこうでないとな。子供にはいつも笑っていて欲しいと思う。
光の消えた目で羊水羊水ねだってくるなんて、ありえないと思う。
それやるから大人しくしとけよ。な?
俺は神官さん達をぞろぞろと引き連れて、霊廟を後にする。
ところどころ屋根に穴が開いていたのでわかってはいたが、とうに日は昇っている。
すっかり徹夜してしまったようだ。
こりゃ王都に戻る頃には昼になってるだろうな、と覚悟しながら馬車に乗り込む。
おおっと忘れるところだった、レオンは俺やシャロンと同じ馬車にして貰うよう断っておかないとな。
帰りも神官のお姉さん達に弄り回されたら、生きた心地しないだろあいつも。
「こっちおいで」
我が子に手招きをする。ちゃんといい子でお留守番してたか?
「おかえり、母さん」
「ただいま」
息子と無事、再開の挨拶を果たす。なんか今無性に安心してるぞ俺は。
短剣を眺めてはニマニマと頬を緩めっぱなしのシャロンを座席の奥に詰め込むと、真ん中に俺が座る。
そして手前にはレオン。
子供達に挟まれる形だ。
外から見えないようにして欲しいからな。今から着替えるし。
どうも俺の服は、バールの光弾で背中が破けてしまったようなのである。
シャロン達が治癒魔法をかけてくれたので、目立った外傷はないはず。
だがスースーする。極めてスースーする。
夏場なので寒くはないけれど、みっともないことこの上ない。
それになにより、
「胸当てがズレてカパカパする……」
ま、まあ、背中の紐が切れてるしね、とレオンは気不味そうに言う。
買ったその日のうちに台無しにするとは、俺もやんちゃだよな。
襟元から腕を突っ込み、えいやと胸当てを引きずり出す。なぜかレオンが「これだから母さんは……」と凄い顔で睨みつけてくる。どうした? 高い下着をいきなり台無しにしやがって、と呆れてるんだろうか?
俺は息子の反応に若干の申し訳なさを感じながらも胸当てを買い物カゴにしまい込む。
三着買っといてよかったよほんと。俺はストックを引っ張り出すと、封を切る。
あとは着けるだけ……という段階になって気付く。
俺、これ一人で着けらんないよ。
一応店員にやり方教わったけど、もう頭の中から消えてるし。
「シャロン、シャロン」
この田舎女に胸当ての着け方を教えておくれ、と肩を揺する。
俺をママの中のママ、グレートマザー(意味不明だがそう呼ばれた)と認めたはずの少女は、凍るような目つきで言った。
「……わたくしの体型で……胸当てを着ける機会があったとお思いで……? お母様ですら必要なかった家系なんでしてよ? 上はキャミソールだけですが何か? だから下だけは拘ったものを穿いておりますが?」
つまり知らないんだな。ああうん今のは俺が悪かったよ。
なら俺はこれからどうすりゃいいんだよ。
「あーレオン、今すぐ神官さんを呼んできてくれないかな」
恥を忍んで教わるか、と思ったところで馬車が動き出す。タイミング悪いよなほんと。
いいやもうめんどくさい。
今からわざわざ馬車止めさせて、着替えの手伝いさせるなんてさすがに申し訳ないし。
俺は胸当ての件は諦めると、ぐーんと伸びをし、それから腕を組む。
考えごとのお時間だ。
バールは俺を見て、ダゴン様と言いかけた。
あと混じってるとも言ってたっけ。
これが意味するものはなんだろう?
どうせならもっと情報を引き出してから殺すべきだったんだろうけど、女神官の群れに変態呼ばわりされるバールがあまりにも哀れすぎて、すぐにトドメ刺しちゃったんだよな……失敗だよなこれ。
うーん。
とりあえず今揃ってる材料から考察すると……。
俺の中にダゴンの気配が残ってる的な感じなんだろうか? それって死んだはずのサムソンの体が動き回ってるのと何か関係あるのかな。
でも別に、俺の体内に変なものが入ってる感じしないけどな。この体のどこをほじくり回しても出て来るのは母性だけだ。
「あー……」
駄目だ、一人で考えてもらちが明かないや。
俺はレオンに顔を向け、「相談があるんだけど」と話しかけてみる。
「ダンジョンの奥にいたボスが、気になる発言してたんだよね」
「……」
「父さんにも関わることでさ……レオン? なんでそっぽ向いてんの」
「ごめん。今ちょっと窓の外から目を離せない」
そんなに面白いもん見えんのか?
俺の目には、ひたすら寂しい荒野が高速で流れていくだけに見えるが。
「母さん煮詰まってるから、知恵を貸してよ。ねえ。なんか怒ってる?」
「そうじゃなくて……そうじゃなくて……」
レオンの耳は赤い。なんだこいつ。
「母さん、自分が今どんな格好してるかわかる?」
「ええ?」
「僕は恥ずかしいんだよ。これでわかるでしょ。これ以上息子に変なこと言わせないで欲しい」
どういう意味だよ。
言われて俺は、己の服装に意識を向ける。
背中が破けていて、胸当てを外していて、腕を組んでいる俺。
両胸が、むにゅっと腕に乗っかているのが見える。エプロンの内側から、ぱつぱつと布を押し出している。
この巨大な膨らみに隠れて、視線を下げても腹から下は見えない。
下半身も汚れてるんだろうか?
しかし、それがなんだっていうんだ。
この格好が……息子にとって恥ずかしい?
どういう意味だ?
しばしの沈黙。
熟考。
そして答えを出す。
ははあ、そういう事情か。
レオンのやつ、シャロンを意識してるのか!
そっかあ。こいつも年頃の男の子だもんな。
同年代の可愛い女の子が同じ馬車に乗ってるのに、母ちゃんが下着外して、破けた服なんか着てたら恥ずかしいか。
みっともないわな。
それはすまなかった。
気になる女の子の前だもんな。
ちょっとばかし配慮が足りなかったようだ。
悪いことしちまったなあ、と途端にしゅんとなる俺である。
息子の恋路を邪魔するわけにはいかないよな。
ガキの頃はゴツい少年で全然モテなかった俺と違って、レオンは普通にモテそうだし。
押せばシャロンも落ちるんじゃね?
いいじゃん初彼女。応援するよ。
車輪の音が鳴り響く中、俺は息子の恋路に興味津々なお母さんモードになっていた。
「ごめんねー気付かなくって。お母さん馬鹿だったね」
「い、いいよ別に。そのポーズ止めてくれるだけでいいから」
「ポーズ? いや今からちゃんとこれ脱ぐけど。こうして欲しいんでしょ?」
「……は? ……え……?」
このみっともないボロ布と化した服を脱いで、ちゃんとしたのに着替えりゃいいんだろ?
それならレオンも恥をかかずに済むもんな。
「着替えならいくつか持ってきてるもん。凄いでしょ? 年取るとどんどん移動中の荷物が増えるっていうけど、こういう事態に備えるようになるからだろうね。年の功ってやつだ」
俺が買い物カゴをゴソゴソやってると、レオンに腕を掴まれる。
「ん、何」
「着替えるのは王都に着いてからにして。誰も見てないところで」
母親の着替えをシャロンに見られるのも嫌なのか。
人に見られて恥をかくような体型だと思わないんだけどな。
さすがに十五の少年からしたら、色々ほころびが出てきてるのか?
そうか……エリナの体も老けてきたか。
母ちゃんやめろよ、変なもんシャロンに見せるんじゃねーよって感じなんだろうな。
ちょっと悲しくなってきたぞ。
俺は今おそらく、相当に沈んだ表情をしているのだろう。
レオンが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、その、どうしても着替えたいなら別にいいんだけど。母さんだって女の人なんだから、服の汚れは気になるだろうし」
「うん……配慮のない母親でごめんね……悪いお母さんだよね……。今すぐこの縦セーターに着替えるから、それでいいよね」
「駄目でしょ。それだけは絶対に許されない。何を考えてるの? さらに戦闘力を増してどうするの?」
「他にいいのないし。戦闘力?」
だってお前、母ちゃんのみっともない体をシャロンに見られたくないんだろ?
だから持ってきた服で、一番肌が隠れるの着てやろうってんじゃないか。
恥ずかしいもんは布で覆うに限るだろ。
お前しかし、やたら注文が多いな今日は。遅れてやってきた反抗期か?
そのうち人前で母親に話しかけられるのも嫌になるんだろうか。
それされたらめちゃくちゃ傷つく自信あるぞ。
エリナにも両親も先立たれてるし、妹とは疎遠だし。
もう俺にとって家族と言えるのはお前だけなんだからな。
息子に嫌われたくないなあ。
どうすればいいんだ?
これが普通の父親と息子なら、もっと簡単だったかもしれない。
でも俺、見た目母ちゃんだもんな。やり辛くてしょうがない。
レオンはシャロンを異性として意識してる。これはまず間違いないのだ。ずっと顔赤いし。
あいつが今この馬車の中で見てて照れるようなものなんて、シャロン以外に考えられん。
なんとか息子の恋を成就させてやりたいのだが、どうしたものか。
男親にだったら「親父は母さんを口説く時どうやったの? 最近気になる子がいてさ」なんて聞けたのかもしれない。
でも女親相手だと……そういう話題自体かんべんしてってなるかもな。
だが、それでいいのか?
俺は母親と父親、両方の役を一人でこなすと決めたじゃないか。
愛する息子にまで、非モテ人生を歩んで欲しくはない。俺は四十手前まで女知らなかったからな。
あれは寂しいぞ。
実は俺の適職って戦士じゃなくて僧侶なんじゃね? とか思い詰めてたもん。
妹には「もっと積極的になって朴念仁を直せばたくさんチャンスはあったはず」って説教されたっけな。
俺は静かに息を吐く。
今は「父」の役目をこなすべき時。俺がやらなきゃいけない仕事。
大丈夫さ、気さくにいこう。
その方がレオンだって相談しやすいはずだ。
「レーオンっ!」
がばりとレオンの首を肩で抱き、耳元に口を寄せる。
男同士が、猥談をする時のような雰囲気でやったつもりだ。
もちろんシャロンに聞かれないようにとの配慮である。
俺は気の利く親父だろ?
「母さん……!? なんか色々当たって……弾力が……」
「レオンさ、今気になってる女の子いるでしょ」
「え? ……別に僕、そういうの興味ないし」
「いいってば遠慮しなくて。お母さん全部わかってるから」
自分から女の子にアプローチするのって勇気要るわな。
俺だってエリナに声かける時は酒の力借りたし。
だからさ、
「お母さんが、教えてあげよっか……?」
「何を?」
「女の子の扱い」
「そ、それはどういう……」
声を殺して、耳の穴に息を吹き込むくらいに近付いて囁く。
「女の子が、どういうことされると嬉しいのか。どうやって気を引けばいいのか。教えたげる」
エリナの場合は、酔った勢いで腹筋を見せつけたら「抱いて」って言ってきたんだよな。
他の女子にもこれが効くかどうか知らんけど、覚えて悪くない方法だろう。
シャロンにも筋肉フェチ属性があるといいのだが。
「……か、母さんは……僕に何を教えようとしてるの……?」
「レオンって腹筋割れてる?」
「そりゃ、あの父さんの子供なんだし、それなりには」
「そっか。……お母さんそれ、興味あるんだ」
六つ割れなら間違いなく女を落とせる。
だが四つじゃ駄目だ。足りない。
最近こいつ恥ずかしがって、あんま俺に体見せないようになったしな。
着替えもこそこそ済ませるし。
昼間はシャロンと話してる時に「僕が一緒に風呂入ろうって言ったらどうする?」とか聞いてきたけど、実際にそれやろうとしたらお前が一番嫌がるだろ。
わかってんだからな思春期坊主め。
「母さんは、僕の体が見たいの……?」
うん、と肯定する。
「教えて欲しくない? 女の子の扱い」
レオンは小さく頷いた。
よし、決まりだな。
やっと父親の義務が果たせそうで一安心した俺は、レオンから身を離す。
それと同時に、膝の上にシャロンの頭が乗っかってくる。
どうやら寝てしまったようだ。育ち盛りが徹夜したらこうなるか。
すやすやと寝息を立てるシャロンの髪を撫でる。
なんだか俺もぼーっとしてきたので、一眠りすることにした。
その後、目を覚ますと俺達は王都に到着していた。
ダンジョン攻略の旨を伝えると、レオンの新勇者襲名式に合わせて、戦果もそこで発表したいと王様から連絡が来た。
考えたもんだ。
新しい勇者がさっそく手柄を立ててきたぞ、と宣伝すれば国民受けもいいしな。
俺は息子が順調に出世しそうなため、上機嫌で宿を取った。
当たり前だが、レオンとは同室だ。親子だし。何の問題もないわな。
なぜかガチガチに緊張した様子のレオンに、俺は優しく話しかける。
「それじゃ女の子の扱い、教えてあげるね」
まさに純情少年といった感じで、茹でダコのようになっているレオンに俺は指導する。
女を落としたけりゃ、腹筋を見せびらかすのが一番だと語る。
「母さんと父さんのなれそめは腹筋なの。とにかく男の人のバキバキに割れた腹を見せれば、女の人は落ちるものなの。ヘソ毛と胸毛が繋がってるのも大事。母さんは父さんのそういうとこも好きだったからね(これはエリナの発言だ)。でもレオンは無駄毛ないからなー。大丈夫かなー」
俺がこんこんと説いてやると、レオンは泣き始め、ついには走って宿を飛び出してしまった。
泣くほど感激してくれて、親父としても嬉しい。
しかも我慢できなくなって、即実行に移すべく外に出るとは。
超肉食系だぜ。やるなあいつ。
今頃シャロンはレオンに腹を見せつけられてんのかなー、などと思いながら、その日は一日縫い物をして過ごした。
翌日、シャロンにそれとなく探りを入れてみた。
入れてみたが、相変わらず俺を見て「羊水浴場で半身浴したい」だとか、わけのわからない言動を繰り返すだけだった。
特にレオンとの仲は進展していないようだ。
レオンって一人の男の子としてどう思う? 恋愛対象としてあり?
と聞いてみても、「あの人は子宮ついてないですよ」とにべもない返事。
まあシャロンにも好みってもんがあるしな。
いやこれは好みでいいのか、果たしてこの子はきちんと恋愛とかできるんだろうか。
シャロンってそもそも好きな男の子いたことあるの? と聞けば、
「恋愛って最終的には、子供を作るためにする行為じゃないですか。なんで赤ちゃんのわたくしが赤ちゃんを作らなければならないんですか? エリナママもわたくしに早く大人になれと言うんですか? や、やだああああああー! わたくしが赤ちゃんなのにいいいいいー! やだああああああー!」
いきなり発狂した。
落ち着かせるためには、ガラガラを使わざるを得なかった。
「えへへっ。ママだーい好き。優しいし、お顔も臨月の子宮みたいに綺麗ですし。最高のママですの」
などと可愛い子ぶられても、今はもう恐怖の方が上回っている。
臨月の子宮を褒め言葉だと認識してるのが、まず恐ろしい。
どうやら息子の片思いは、失恋に終わったようだ。
この子恋愛はおろか通常の社会生活だって怪しいだろ。
気の毒にな、レオンのやつ。
これは俺がどうにかして、あいつに新しい出会いを見つけてやらないとだ。
次に加えるパーティーメンバーは、レオンよりちょっと年上の、妙齢のお姉さんなんかがよいのではないか。
それならシャロンみたいに、内面が幼すぎて恋愛不可能ということもないだろうし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます