ママはダンジョンを焼き払う

 これだけの数のサラマンダーに執着……もとい忠誠を抱かれたならば、とてつもない熱量の火炎魔法を撃てるはずだ。


「……どうなっちゃうんだろ」


 意図せず漏れた独り言に、エリナさん? とシャロンが不思議そうな顔をする。


「先ほどから誰と喋ってらっしゃるんです? あ、もしや詠唱ですか」


 さすがにレオンさんほどの火力は出ないでしょうが、どんなものか見たくありますね。

 と子供らしい好奇心を見せたシャロンに、笑顔で応じる。


 俺は霊廟内の一角に向け、手のひらをかざす。

 途端に周囲が囃し立ててくる。レオン君のお母さんが何かやるみたいよー、失敗しても笑わないようにー。

 まるで宴席のかくし芸でも見物するような表情で、神官達が俺の一挙一動を見守っている。


 誰も期待してくれないってのは寂しいもんだな。慣れっこだけどさ。

 一抹の寂しさを覚えながらも、口ずさむ。


精霊火炎エレメント・ファイア


 自然と頭に浮かんだ言葉だった。火精達が俺に教えてくれたのかもしれない。

 呪文は火打ち石であり、火花は精霊。

 空気中をたゆたっているマナが、猛烈な勢いで加熱される。


 この瞬間、霊廟内の至る所から集まってきた火精達は、俺の忠実な猟犬となった。

 

 ドムンッ! と発射音を立てて、巨大な炎の龍が掌から飛び出る。それが七体。

 これらは全て、無数のサラマンダーが密集して形作ったものだ。

 紅蓮の炎は接触した全ての物体を融解させ、誰の目にも確かな終わりをもたらす。

 既に終わっているはずの身で現世にすがりつく不死者達に、今度こそ本当の終わりをだ。


「……何かやるにしても、やり過ぎでしょ」


 カラン、と誰かの杖が落ちる音がした。


「え、これレオン君のお母さんがやってるの?」

「エプロン姿でとんでもない火炎魔法使うと、揚げ物料理に失敗した人みたいに見える……でも凄い、やたらと凄い」

「あそこで蒸発してるのってリッチじゃ? 確か上位神官三人がかりで討伐するモンスターって聞いたような」

「や、やっぱり魔女だったんだ。超強力なアンチエイジング魔法を知ってるんだわ」


 炎の龍は廊下の隅々まで這いずり、のたうち回る。灼熱の舌で不死者どもを舐め取り、噛み砕き、焼き尽くす。

 やがて廟内の至る所が、赤々と燃え始めた。

 目に映る全てが、真っ赤に照らされている。あたかも太陽が落ちてきたかのように。


 ゾンビが、グールが、リッチが、スケルトンが、壁面が、天井が、床が。

 何もかもがぱちぱちと音を立てて崩れ、爆ぜる。

 焼かれて溶けて、消えてゆく。


『ママァー!? 見てゆー!?』


 火精は意思を持つ炎だ。狙いすましたかのように、魔物と霊廟だけを燃焼させていった。

 いかなる道理かは知らないが、俺達には一切の熱さを感じさせないのだ。

 ただただ機械的に、不死者とダンジョンのみに破壊をもたらしている。


 燃え殻となった柱は倒壊し、壁は溶け落ち、屋根は吹き飛んだ。

 難攻不落と呼ばれたナジール要塞は、今やその大半を焼失していた。


「私達いらなくない?」


 神官の一人が、呆然と口を開けて言った。

 見ればぺたりと座り込んでいる。


「……えっと……私達の日頃の行いがいいから起きた、神様の御慈悲……?」

「でもレオン君のお母さんから出てたよ」


 もういいな。

 俺は火精にご苦労様と伝えると、神官達に指示を発する。


「じゃ、次は霊廟内の消し炭を一つ一つ浄化してく作業だね。これは貴方達の仕事でしょ」


 なるべくそっけなく、こんなん慣れっこですし? みたいな口調で告げる。

 内心ドキドキしてるけど。俺自身が一番びっくりしてるけど。


 なんだよこの威力。

 魔力方面ステータス2000超えの肉体で、精霊の力まで借りたらこんな風になっちまうのか。

 天災じゃないかこんなの。


 迂闊に全力は出せないなぁ、と思いながらシャロンに目をやる。

 強さは理解させられたと思う、けど。

 逆にやり過ぎて引いたかな? パーティーに加入してくれるといいのだが。

 

 シャロンは俺の手を握ったまま、小刻みに震えている。

 動揺なのか恐怖なのか、判断がつかない。


「シャロン?」

「……こんなに……しかも……火炎魔法……お母様と同じ……」

「シャロンのお母さんもこんな感じだったの?」

「……まさか。エリナさんの方が上ですよ。遥かに」


 だよな。こんなお化け女がそう何人もいてたまるかよ。

 俺が胸を撫で下ろすと、シャロンは上目使いで言った。


「……エリナさんは、強くて、死なないんですのね?」

「見ての通り」

「私を、パーティーに、入れたいんですよね」

「うん」


 長い金色の睫毛に縁取られた、ぱっちりと大きな碧眼。それが、濡れながら俺を見据えている。


「本当のお母様と思って、いいのですか……?」

「いいよ。その方が私も嬉しいし」


 シャロンはそっと抱きついてきた。俺の腹のあたりに顔をうずめて、小さくえずいている。


「シャロン……今まで寂しかったね。これからは」

「ママぁ! わたくしもう、ママの羊水しか飲みたくない! 他の液体で水分摂りたくない!」

「――」


 こじれ過ぎでは?

 俺が感じたのは母性ではなく、悪寒だった。


 後日知ったことだが、シャロンのステータスはこれである。


【名 前】シャロン

【年 齢】13

【性 別】女

【クラス】神官

【体 力】90

【魔 力】270

【筋 力】60

【耐 久】70

【敏 捷】85

【魔 攻】330

【魔 防】350

【スキル】詠唱短縮 マザコンLV101

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