ママは火精を手懐ける

 そんなシャロンの様子に感じ入るものがあったのか、周囲の神官達は進行方向を防ぐのを止めてくれた。

 どうやら俺がダンジョンに入ること自体は、受け入れるようだ。

 

「息子さんは強いみたいですけど、お母さんはあんまり無理しないでくださいね」


 だが全く戦力としては信頼されていない。

 シャロンだけは少し認識が違うようだが。


「エリナさんからは妙な自信を感じます。隠し玉があるんでしょう?」

「まあね」


 でも危ないと思ったらすぐ逃げてください、と俺の手を強く握ってくる。

 汗ばんだ、白くて小さな手。緊張しているのが伝わってくる。

 大丈夫。お母さんってのはな、子供が見ている前なら強さ十割増しなんだよ。

 

 見てなって。華麗にシャロンの親の仇を始末してやるからさ。

 俺は心配症の神官達にがっちりとガードされたまま、霊廟の中に足を踏み入れた。


「思ったより臭わないですね」

「ほんとだ」


 アンデットの溜まり場ともなれば、相当の悪臭がこもっているだろうと覚悟していた。

 しかしレオンの大技によって大半が加熱消毒され、焦げ臭さの方が強くなっている。


 ブスブスと白い煙を上げて転がる、無数の黒い肉塊。

 きっとこれらは、さっきまで元気に動き回っていたであろう不死者達だ。

 今は無害化されていても、放置は許されない。


 アンデッドは肉体を破壊し尽くしても、霊魂だけで行動するケースがあるのだ。

 そうなった悪霊が、レイスやスペクターやゴーストと呼ばれるもの。

 もう休んでいいのに、自分が死んだことにさえ気付かず人に害をなす、死霊。

 定年を迎えてもなお、出勤時刻になると意味もなく家を出る父親のような、そんな虚しさがある。

 そしてこの例えは言ってて自分にブスブスと刺さる。


 なので誰かが、迷えるアンデッドの魂を鎮めてやらねばならない。

 その誰かというのが即ち神官である。


「神の名の下に」


 シャロンは一声上げると、杖を掲げる。

 まばゆい光が杖の先から広がり、手当たり次第に肉片の群れを浄化していく。

 腐肉にこびりついた魂を昇天させ、二度と蘇らないようにしているのだ。


 この作業ができるのは神官だけなので、パーティーに一人は欲しいクラスといえる。


 火力に長けたクラスが範囲攻撃でアンデッドの群れを無力化し、神官が浄化する。

 これがお決まりのコンビーネーション。


「行こうか」


 その火力に長けたクラス――精霊術師である俺は、この極端に神官に偏った集団のメインアタッカーなわけだ。

 切り込み隊長をやってあげないと、ひ弱な神官さん達が槍や杖で慣れない格闘戦をし始めることになる。

 ちょっとそれは見たくないよな。若い女の子が怪我するかもしれないんだぜ。

 早いとこやっちまわないと。


 俺は目を凝らし、精霊を探す作業に入る。


 魔術師が魔法を使う原理は、自分の中に溜め込んだ魔力を消費する、言わば貯金の切り崩しだ。


 対する精霊術師は、空気中に漂うマナを集めたり、周辺の精霊の力を借りるなどして魔法を放つ。

 よそから金を借りて資金繰りに回すような感じだ。

 

 さっきから比喩が妙に切ないのは、中身がおっさんゆえの悲哀である。

 ついにじみ出てしまっても、寛容な心で許して欲しい。

 

 元の話に戻ろう。


 俺は王宮に来るまで、エリナのクラスを魔術師と思い込んでいた。

 なので、体内の魔力を使って魔法を撃っていたのだ。

 どうりで大した威力が出なかったわけだ。


 この肉体は精霊術師。そう意識すると、なるほどと気付かされるものがある。

 たまーに視界に入ってた、半透明の不純物についてだ。


 これ、空中を漂う精霊だわ。


 俺てっきり飛蚊症と思ってたんだけど、よく見ると生物っぽいフォルムしてるもん。

 何でも老化現象と解釈するのはおっさんの悪い癖だよな、うん。

 ハーフエルフの眼球がそう簡単に劣化するはずないのだ。

 

 さてその精霊だが、なんとも言えない奇妙な形をしている。

 うっすらと赤みがかった、トカゲ。またはイモリのような外観。

 これは……サラマンダーってやつかな。

 ぬめっとしてるけど愛嬌がなくもない。目もつぶらだし。育てたい。持ち帰りたい。


 そんな俺の心情が伝わったのか、数匹の精霊がすいーっとこちらに寄ってきた。


『我らは火精サラマンダー』

『女。我らに何を望む』

『ほう。汝、混ざっているな。……人とエルフの子か。人は欲望に弱く、エルフは知恵を持たぬ。双方の悪所のみを受け継いでおらねばよいのだがな』


 ゆるい外見に反して、声は重低音だ。

 口調も風格があり、いかにも気位の高そうな精霊達である。

 こいつらを説き伏せ、力を借りるのが精霊術師の仕事だ。

 正直どうやって説得すればいいのか見当もつかない。誠意だけで懐いてくれる存在なのだろうか。


 俺は精霊達に小声で語りかけ、対話を試みる。


 ――今私と手を繋いでる少女は、母親をここで殺された。ひょっとして貴方達は現場も見てたんじゃないの。ちょっとでも責任感じてるなら力を貸して。


『滑稽な』

『生と死は単なる循環に過ぎぬ。殺されたものは土に還るだけ。それを悲劇のように語るな』

『帰るがいい、混ざりものの子よ。不死者とて無闇に焼かれていいものではない』


 ――ちっちゃな女の子が復讐だけを目的に生きようとしてる。なんとも思わないの。手を貸しなさい。


『愚かな……』

『情に訴えるなど無意味である。我らは火の意思。自然の顕現。汝らとは心の在り様が異なる』

『所詮は混ざりものの子か。人の浅はかさとエルフの頑なさ、どちらも併せ持っておる』


 ――混ざりものの子混ざりものの子ってうるさいな。もう子なんて言われるような歳じゃないし。今年で三十三歳だから私。


『さ、三十三!?』

『ありえぬ……十六~十七かと』

『エルフは長命と聞くが……二十歳ほどの外見に成長した後、加齢が止まるはずでは? なぜ十代で成長が止まったのだ。だがよくやった』


 ――で、力を貸してくれるの? くれないの? 私はこの子のお母さんになってあげたいんだけど!


『うーん協力したいのはやまやまなのだが、もう一声』

『三十過ぎはちょっとな。いや……でも合法と考えると……』

『独身三十代のハーフエルフなんて地雷だろ。俺は詳しいんだ。エルフ専門店なら何度も通ったからな』


 ――私、既婚者ですし。今年で十五になる息子もいますし。地雷じゃないですし。


『……母親だと……その外見で……? そんな……あの顔で、授乳を……?』

『俺許せねえよ、なんで卵生のサラマンダーで産まれてきたんだよ、俺だって卵なんかじゃなく、こういう綺麗な母ちゃんの子宮から出てきたかったよ』

『母親っていいものなんだろうな……あんなに若ければなおさらな。ロリママ……』

 

 ――いいよっ! そんなにお母さんが欲しければなったげる! みんなうちの子にしてあげる! おいで!


『……こ、この感覚は……? 我はあの娘に母性を感じている……!? 我より何百歳も若輩の半エルフに……? これは……この扉を開けた先にあるのは……! ママァー! ぼくママの卵巣にかえゆ! 寄り道しないでかえゆ!』

『オギャア!』

『バブー!』


 無数の火精が、幼児退行しながら俺の手元に集まってくる。

 サラマンダーってのはレオンみたいな奴しかいないのか?

 何でもいいけどよ。俺の力になるってんなら手段は選ばないさ。


 来いよサラマンダー、精神年齢なんか捨ててかかって来い!

 お母さんが全て引き受けてやる!


『ママー! ぼくなにすればいいのー!』

『焼く焼く! なんでも焼くからなでなでして!』

『ままぁ……年下のままぁ……いい匂いがすゆ……経産婦のいい匂いがすゆよう……』


 この霊廟内にいる全てのアンデッドを焼き払い、無力化せよ。

 あらゆる脅威を灰燼と化せ。あと下腹部の匂いを嗅ぐのをやめろ。

 俺の指令に、火精達は身を震わせて応える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る