ママは怒る

 それからも俺達は、馬車の中で賑やかな一時を過ごした。

 慣れてしまえば中々楽しい人達だ。

 もっと話したいな、この神官さん達死なせたくないな、と思い始めたところで馬車が止まる。


 どうやら目的の場所に着いたらしい。

 一人の犠牲者も出さないようにしないとな、と気合を入れながら馬車を降りる。

 既に日は沈み、月が煌々と輝いていた。

 およそ不吉なものならなんでも活気を増す時間帯だ。


 足元に目をやれば、月光に照らされて影が長く伸びている。 

 影のてっぺんは門を貫き、俺より先にダンジョン内に侵入している。

 

 あれが、ナジール霊廟の正門。


 かつては美しかっただろう白亜の門を、醜悪な茨が覆い尽くしている。

 茨の表面には何か得体の知れない肉片がこびりつき、ピクピクと蠢いていた。

 冒涜的な景観だった。


「ではわたくしが開けますね」


 とシャロンが名乗りを上げる。


 このダンジョンの入り口は厳重に封印を施されている。

 最低でも一人は神官がいないと、入れない仕組みになっているのだ。

 

 それもそうだろう。

 ナジール霊廟は、王都周辺では最も危険なダンジョンと悪名高いのだから。


 やれ邪教の祭る神々が現れる、方向感覚が狂う、髪が抜けるなど、物騒な噂の耐えない場所であった。

 特に最後の、髪が抜けるが恐ろし過ぎた。

 男時代、三十代前半から生え際が後退し始めていた俺は、断固として攻略を拒否したほどである。

 

 とはいえそれらは、あくまで根拠のない噂話。

 実態はこのダンジョンで死んだ生命体は全てアンデッド化するという、言わば不死者の製造所なのだった。

 もちろんこれはこれで、危険な現象である。


 なぜなら探索に失敗した冒険者の死体もまた、アンデッドとなり果てるのだから。


 強力なアンデッドが出現する。討伐を試みた冒険者が殺される。

 冒険者の死体は、より危険なアンデッドとして蘇る。生前の能力を活かした、厄介な不死者として。

 そしてまた、別の冒険者が殺される。


 この繰り返しで、ナジール霊廟は攻略難度が上がり続けていた。


 いつか誰かが、処理しなくてはならない。けれど誰もやりたくない。というよりやれない。

 そうやって放置されてきた難関ダンジョンだ。


 だが今宵、この霊廟の不敗神話は終わりを告げる。

 俺達が力を合わせれば、


「サムソン・カリバアァァァァァァー!!」


 ……おいレオン。

 今いいところだったろ。

 俺が一生懸命ここがどんなに厄介な場所か解説してただろ。


 なのになんでいきなり大技放ってんだようちの息子は。

 しかも俺の名前付きの技で。

 ふざけんなよ、お前の剣から出た光線で霊廟の三分の一が蒸発したじゃないか。

 神官さん達ってば腰抜かしてんぞ。


「早く終わらせたいんだ。僕はもう帰りたいんだ。馬車の中で好きな女の子のタイプを無理やり聞き出そうとしてくるお姉さん達とは、もういたくないんだ。早く母さんと一緒にどっかで休みたい。もういやだ。もう……」


 どうもレオンは精神的に来てるらしかった。

 よほど馬車の中で可愛がられたようだ。

 そうか……それは思春期男子としては辛かったな。


 ところで俺も質問していいかな。


「レオンって好きな女の子のタイプとかあるの? お母さんにも教えて?」

「……」

「気になるじゃん。教えてよ」

「……」


 だらだらと汗を流して黙り込むレオンの周りに、わらわらと神官っ娘達が寄ってくる。


「うわすご……何この火力。でも協調性ないよねー。我慢できなかったの? こういうのってデートの姿勢にも現れるんだよ? 気をつけようね」

「あっ、お母さーん! レオン君の好みですか? なんか髪がふわっふわで柔らかくて、グラマーで、年上の人がいいみたいですよっ。人種は純粋な人間族じゃなくても構わないそうですー」

「わかった! レオン君ったら女の子の前で格好いいとこ見せたかったんでしょ? それで早駆け? 男の子だなーこういうとこは」


 もう見てらんねえな……。

 レオンはぶるぶる震えたまま、二発目のサムソンカリバーを撃とうとしている。

 何でもいいから声かけて、落ち着かせてやった方がいいわな。

 燃料切れになっちまうぞこれじゃ。


「はーい一旦中止。それって結構、消耗激しいんじゃないの? 駄目でしょ中に入ってないのに撃っちゃ」

「母さん……」

「あとどれくらい魔力残ってるの?」

「あっ。そういえばこれ撃ったら、二日は魔力が空になるんだった」

 

 おい。


「ご、ごめん母さん。僕今日はもう戦力にならない」


 やっと現状認識が追いついてきたのか、レオンは泣きそうな顔になっている。

 普通の父親だったら、ぶっ飛ばしているところかもしれない。いや確実に殴るだろう。

 ここはガツンと言っといた方がいいな。俺だって切れたら雷親父と化すんだぜ?


 冒険者にとってペース配分は必須技能だ。

 どんなに才能があろうと、これができない奴から先に死んでいく。


 お前自分が何したのかわかってるのか? 得意気に派手な技決めて気持ちよかっただろ。

 でもな、その快楽は一瞬だけのものなんだよ。

 この場にいる全員の生存率を考えたら、常に余力は残しとけ。

 そうやって弱って落ち込んだ顔をしたら、許して貰えると思ってんだろお前?

 

 もちろん許しちゃうんだけど。

 当たり前でしょ。


 はうっ、弱ってる息子可愛いなあ。

 雨に打たれた子犬みたいだよこの野郎め。

 そんな庇護欲をくすぐる目しやがって。


 ごめんね、きついこと言っちゃってごめんね、初めてのダンジョンだもんね。

 なんにもわかんなくて当然だよね。三分の一を消滅させてもしょうがないよね。

 レオンなんにも悪くないからね。お母さんだけは何があっても味方だからね。


 残りのアンデッドは、お母さんが抹殺してきてあげるから。

 あんたは馬車の中で休んでなさいね、ね。

 帰ったらおいしいクリームシチュー作ったげる。


 よし、と胸を張って霊廟の入り口に向かう。

 何か大切なもの、父性とか父権とか権威とか呼ばれるものがどこかへ吹っ飛んだ感覚はあったが、ここはあえて無視である。


 ガキの頃、かさぶたを掻いてたらゴリッとした感触の後、予想外に大量の血が出てきたことがあった。

 あの時の気分に近い。

 なんだこりゃ、かさぶたになる前より酷い傷を自分で作っちまったぞ。

 ま、いいか。俺のせいじゃないし。見なかったふりだし。服で隠しちゃえば無かったも当然。

 そのうち治るって。ははは。

 今めっちゃ痛いし赤いのボタボタ垂れてるけど気付いてねーし。俺ケガしてねーし。


 そんな馬鹿な真似をしているうちに傷口は悪化し、じゅくじゅくになったところを母親に見つかり、こっぴどく叱られた記憶がある。


 俺はさきほども、己の父性を爪でバリバリ掻きむしって、地面に落としてしまったに違いない。

 だがその事実と直面するのは怖すぎるので、見ないふりなのだ。

 三つ子の魂百までなのだ。

 子供の頃から行動パターンが変わっていない。皆そんなもんだろ?


 俺がすっとぼけた様子で門をくぐると、左右から神官さんに挟まれた。

 それはもうものすごい速さで先回りされて、進行を塞がれる。

 何が何でも俺をダンジョンに入れまいとしているように見える。


「何やってるんですかお母様!?」


 貴方は単なる付き添いでしょう!? と鬼の剣幕で怒鳴られる。


「死ぬ気ですか! 何考えてるんですか!」

「そもそも何でエプロン姿なんですか!? 食事当番なんですか!? 防御力ゼロでしょうそれ!」

「神に仕える身として、無謀な自殺行為を見過ごすわけにはいきません」


 あれほどチャラついた話題で盛り上がっていた神官さん達が、今は深刻なトーンで俺の身を気遣っている。

 やはり悪い人達ではない。

 でも誤解している。大いに誤解している。


「あの。私たぶん、息子より強いんで」


 神官三人組の口からは、「はあ」「ふう」「ああ」と三者三様のため息が漏れた。

 

「はいはい母は強し。でも家庭内の立場の強さと、冒険中の強さは別ですから」

 

 魔法も使えるんですけど? 言ってみるが、効果はない。


「どうせお料理用の火種を魔法で出せるとか、そういうのでしょう」

「うーんまあハーフエルフだし、普通の人間よりは使えるんじゃない?」

「ええ……? でも、どう見てもキッチンから抜け出してきましたって格好してるんだよ?」


 全く相手にして貰えない。

 いいんだけどさ別に。


 何言われようが俺は入るからな。お前らこそ足引っ張るなよな。

 神官の壁を振り払って、俺はずんずんと足を進める。

 すると小走りで駆け寄ってきたシャロンが、手を握ってきた。

 

「いいですね? 絶対にわたくしの側から離れないように。もう誰かの母親が死ぬのを見るのはごめんですから」

 

 わたくしが貴方を守ります。言い放つシャロンの目は、まるで子猫を守る母猫のようである。

 子猫そのものな外見してる癖に。

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