ママは女の子に囲まれる
亡き妻の顔を思い浮かべながら、シャロンの瞳を覗き込む。
これで誠意が伝わなければ、他に手はない。手打ちってやつだ。その時は潔く諦める。
「色々な選択肢……」
シャロンの翡翠色の瞳はかすかに湿り気を帯び、揺れていた。
表情は険しい。口元に手を当て、迷うようなそぶりを見せている。
けれど、最後には首を縦に振ってくれた。
「わかりました。……そうまで言うなら、わたくしも霊廟についていきます」
でも、死んだら許しませんからね。そう言って笑う小さなシスターさんは、まるで聖母像のように神々しかった。
俺なんかを心配して、見せた微笑み。女の子は、誰かを想っている時の顔が一番綺麗だ。
これよりシャロンは、臨時パーティーメンバー。
早く正式加入させるためにも、実力を見せつけてやらないとな。
そうと決まれば話は早い。善は急げって言うだろう?
俺は早馬を手配し、ナジール霊廟まで飛ばして貰うことにした。
が、シャロンは待ったをかける。どうもなにかと準備があるので、しばし待ってくれとのこと。
女の子だし色々あるんだろうな。着替えとか。トイレとか。
そうしてレオンと並び、ランジェリーショップ前で待つこと数時間。
数時間だ。数分じゃないぜ。俺の方が二回もトイレ行くはめになったんだが。
こんなこっ恥ずかしい店の前にいたくないのに、ここを待ち合わせ場所に指定されちゃったし。
ほんと拷問だよ。レオンなんてもう目から光消えてるぞ。
見上げれば太陽はとうに傾き始め、日中から夕方に時刻が切り替わりつつある。
「これ逃げられたんじゃない?」
息子の冷たい声が突き刺さる。いや、まあな。俺もそうなんじゃないかと思ってたとこだ。
齢十三でも女は女か。あんなに心が通じ合ったようなふりしといて、この仕打ちだよ。
演技力はんぱないよな。
「いいやもう。夜になったらモンスターって元気なるし。行かなくて正解だし」
泣いてねえし。鼻声なってるけど。
俺がどっかで宿でも取るか、と口にしかけたところで、「お待たせいたしましたわ」と弾むような声が響く。
「シャロン!」
来てくれるって信じてたよ、一瞬たりとも疑わなかったよ、と汚れた大人の方便丸出しで振り返る。
するとそこには、輝く笑顔で杖を握るシャロンと――
「――誰? この人達」
なんか、武装した女神官さんがいっぱいいる。
シャロンを中心に、ずらりと並ぶ法衣の集団。
二十人、もっといるか。三十人近いのか?
しかも全員若くて美人で、ふんわりといい匂いまで漂ってくる。
ランジェリーショップ内で嗅いだのと似たような香りだぞこれ。
「なっ」
レオンがぴしりと硬直するのが見えた。思春期の少年なら当たり前の反応だが。
「こちらはわたくしの先輩方です。頼み込んで集まってもらいましたの。田舎から出てきたおのぼりさんを、地元で死なせたら恥ですから」
これだけ戦力があれば、絶対に勝てますわね! と笑って見せるシャロン。
思ってたよりいい子みたいだけど、思ってた以上に男心わかってねえな。
貞操を守るのが義務の神官さんだから、しょうがないんだろうが。まだ幼いし。
けど、ねえ。
困るんだよなこういうの。
この人らとダンジョン入ったら、レオンは使い物にならないんじゃね?
いきなり女子トイレに放り込まれたような感覚だもん。
俺だって照れくさいのに、辺境育ちの十代男子が普段のスペックを発揮できると思うか?
ほらなんか、動き変になってるじゃん。
神官さん達もやめてあげてくれ。レオン見て可愛いとか言うなって。余計変になるから。
まあ俺の息子は確かに可愛いんだけど。未成年の男の中ではこいつが一番可愛いっていつも思ってるよ。
俺の子供だし。俺が産んだし。俺の母乳で育ったおかげで顔がよくなったんじゃないかな。
うんうんと俺が一人で頷いていると、いつの間にか神官女子達がレオンを取り囲んでいた。
「残念ねー。戒律さえなければ相手してあげたのにねー。あ、なんか赤くなってない?」
「どうしてこんなお店の前で待ってたのかなぁ? 女の人の下着に興味あるの?」
「何歳? シャロンのこと好きなの?」
さすがに見てられないので、レオンを庇うようにして割り込む。
「そ、そのへんで勘弁してやってください。息子はまだ女の子に免疫ないですし……」
俺の言葉に、神官達はぐりんと首を動かして反応する。
「息子!?」
「義母!?」
「若くない!?」
「美魔女!?」
あ、これ今度は俺が質問攻めに遭う流れなのか。
露骨にほっとするレオンと対象的に、俺はまた耳を見せながら説明せねばならないのだった。
* * *
予定外の大所帯となったが、俺達は馬車を飛ばしてナジール霊廟に向かっていた。
この人数だと、ちょっとした軍隊の遠征に近い。
よくシャロンの言葉でここまでの数の神官を動かせたもんだ。
食事まで出してくれたしな。
おかげで腹も戦力も充実して、それは凄いありがたいんだけどさ。
ちょっとこれやり辛いよな。
今もほら。
「はー。じゃあ毎日ご自宅で採れた野菜を食べてるんですね」
「うん。キャベツとか人参とかね」
「いつも何時頃に寝てるんですか?」
「日が沈んだらすぐ寝るよ……農家だし。……あの貴方達、もっとダンジョン探索に関わる打ち合わせとかしない?」
駄目です、と言い切られる。
怖え。目が笑ってないよ目が。
俺は馬車に乗り込んでからずっと、同乗した神官達に生活習慣を聞き出されていた。
いくらなんでも若作り過ぎるので、アンチエイジングの秘訣を教えろと詰め寄られたのである。
私ハーフエルフですから、もあんまり効果がない。
エルフの基準からしても童顔過ぎでは? 半分人間なら半分は私達の参考になるはずでは?
などとわけのわからない理屈で言いくるめられ、こうしてあらゆる情報を聞き出されている。
「息子さんも可哀想にねー。これじゃお家の中に同年代の女の子がいるようなもんじゃん。うわぁ色々我慢してそー」
「それって男の子からすると楽しいんじゃないの? あたしはよくわかんないけど」
「どうかしら。生殺しでは……」
ほんとこの人達、好き勝手言うよな。
どこの世界に母親を見て変な気分になる息子がいるんだよ。
あいつは俺が愛情を込めて正しく成長させたんだから、そんな歪みを抱えるはずがないんだって。
おかげでちょっとばかし度を越したお母さんっ子になっちゃったけど、母子家庭の息子って皆そんなもんだろ。
亡くなった父親の分まで、自分が母さんを守ってやらないと……って具合に気合が空回りしてるんじゃないかな。
という俺の意見は、全て否定された。
「無防備過ぎる……」
「お母さん貴方ね、ご自分のルックスをもっと自覚した方がいいですよ。正直女の私でも変な気分なってきますもん。人間離れしてるっていうか、ほんとに五割ほどは人間じゃないんだし」
「なんかこう、エロいよね。神官が言っていいセリフじゃないけど、汚したくなる雰囲気あるし。おまけに未亡人」
うんエロいと頷き合う神官女子に、神聖さは欠片もない。
お前らなんなんだよほんとに。
ため息をつきながら、左隣に目を向けてみる。
俺の横にはシャロンが座っていて、身内の恥から目をそらすように窓の外を眺めていた。
お前さんがこの愉快なお嬢さん方を呼んだんだろ。なんの責任も感じないのかい。
ねえ、と声をかける。
「いつもこのお姉さん達の相手してるの?」
「ええ、まあ」
「シャロンってこの人達から、普段どういう扱いされてるの?」
そうですねえ、と小柄な神官は答える。
「玩具と妹と抱きまくらを混ぜたような、そんな扱いを受けています」
深い苦悩が伺える口ぶりだった。
同類だった。仲間だった。
俺は急速にシャロンにシンパシーを感じると、そっと肩に手を置く。
もう大丈夫だよシャロン。安心していいからね。
うちのパーティーに入ったら、玩具と娘と抱きまくらを混ぜたポジションにしてあげるからね。
急に寒気が……と、己を体を抱くような仕草を見せるシャロン。
その小動物的な動作に、強烈な疼きを覚える俺であった。疼きの正体は、養育本能と呼ばれるものである。
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