ママが世界で一番好き

「あの」


 シャロンはレオンの方を向くと、少しためらうような様子を見せてから言った。


「本当のお母様がこんなに若々しいって、どんな気分なんですか」


 唐突に話を振られたレオンだったが、その甘いマスクは一切動じることがない。

 女の子と話し慣れているのではなく、母親の話題だとテンションが上がるせいだろう。

 こいつ俺の話なら、人が変わったように早口になるからな。

 お、僕の一番得意な話題来たね、それ言っちゃう? って気分なはずだ今。


「最高だよ。決まってるだろ」

「言い切りましたね」


 レオンは髪をかき上げながら、まくし立てる。


「母親の包容力と、姉の美しさを兼ね備えている。言うことがない。自慢の母さんだ」

「そんなに……そんなにですか」

「ふっ。事情をよく知らない奴らは、二人でいると彼女と間違えたりするからね。僕は母さんと外出するのが楽しくて仕方ないよ。これで油断しがちな服装さえ改めてくれたら、何の不満もないんだけど」


 さすがに人前でここまでヨイショされると、いくら元おっさんの俺でも恥ずかしいわ。

 俺が年甲斐もなく照れていると、シャロンはさらに質問をぶつける。

 ちょっと変な方向だったが。


「で、では、あれですか。友達がいる前でお母様が忘れ物を届けに来て、『おいおい随分可愛い彼女だな。それとも姉ちゃんか?』とからかわれて、『あれは母さんだよ』と嫌そうに答えるのも、経験済みなのですか?」

「そのイベントなら、既に三回起きたな」

「かっはっ!? ……そんな……異常な若作りの童顔ママじゃないと体験できない、あれを? 嫌がって見せながらも内心優越感いっぱいな、全世界のママラブ勢が憧れる、あのシチュエーションを、三度も……!?」

「当然だろう? これを体験するためにわざと忘れ物してたからね」


 シャロンの体はブルブルと震えていた。

 俺もシャロンの変わりように同じように震えていた。あとレオンの狂気にも震えていた。

 この神官娘おかしくない? うちの子はもっとおかしくない?


「お、お風呂はさすがにもう、別々ですよね? 男児と母親ですものね。そうですよね?」

「そこはさすがにね。節度っていうものがある」

「ですよね」


 シャロンが安堵の表情を見せると、レオンは目をきらりと光らせて言った。

 何か知らんが目つきに愉悦の色を感じる。


「ま、十三歳まで一緒に入ってたけどね」

「じゅっ、十三!? 十三歳っていったら……もう色々覚えてる年齢でしょう!? いいんですか!? それはいいのですか!? あのうら若いお母様は、嫌がらなかったのですか!?」

「嫌がるだって? いいさ、見せてあげるよ。……ねえ母さん! もし僕が一緒に入浴したいって言ったら、どうする?」


 レオンのやつ、なんで突然こっちに話振ってきたんだろな。

 よくわからんが関わりたくない雰囲気だし、簡潔に答えるぞ。


「別にいいけど。なんなら今晩、背中流してあげるよ」


 俺が言うのとほぼ同時に、シャロンが膝から崩れ落ちた。

 糸の切れた人形のようだった。

 

 レオンはゆっくりと動かなくなったシャロンに歩み寄ると、しゃがみ込む。

 目線を同じ高さにしたのだ。


「君は僕と同じだ、シャロン。そうだね?」


 白い歯を見せ、王子様の如きスマイルを浮かべるレオン。

 そのイケメン勇者としか言いようのない顔で、シャロンの両肩を掴む。

 目と鼻の先にまで迫って、まるで口説き落とすかのような構図だ。

 事情を知らない見物人の女の子達が、きゃーきゃーと囃し立てる。


「……貴方と、同じ……」

「そう。君も僕も、重度のお母さんっ子だ。それも病気の域に達してる、ね。同族にはわかる。特有の臭いがあるんだ」

「……わたくしは、そんな」

「だったら何故ここまで僕と話が噛み合うんだい!? ママが大好きなんだろう!?」 

「う、うぐっ!」

「二十四時間若くて綺麗なママに優しくされたいって考えてなきゃ、僕とは話が合わないんだよ! 僕の友人は全員、頭のおかしいお母さんっ子だった! 真人間なら僕と数フレーズ会話しただけで、異常性に気付いて逃げて行くんだ!」


 わたくしは。わたくしは。言いながら、シャロンは額に大粒の汗を浮かべている。

 それとレオンのガワだけ見て黄色い声を上げていた女の子達が、「やべえよあいつ」と呟いて散って行った。

 お前こんなんだから彼女できないんじゃないの?

 

 孫の顔見れるのかな俺。


「わ、わたくしは……わたくしが、このわたくしが、お母さんっ子なはずありませんわ。それはありえないことです」

「へえ? ここまで来てとぼけるのかい?」

「だって、だってわたくしのお母様は……。お母様は……」

「君のママも童顔で美人なんだろう!? 言うんだ、言って楽になるんだシャロン!」

「違うのです……!」


 シャロンは叫んだ。


「わたくしのお母様は、もう、亡くなっているのです!」


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