ママの恥ずかしいこと

 そんなに凄いの? と俺のステータスを覗いてきたレオンは、数字を見るなり真顔になった。

 そしてその表情のまま、拍手をし始めた。

 パチパチを通り越して、スパァンスパァンという音が響き渡る。


 とてつもない轟音である。


 あいつの身体能力で全力の拍手をすると、こうなっちゃうのか。

 せっかくの筋力値750を、無駄使いするんじゃありません。お母さんそんな子に育てた覚えないからね。

 お前の腕力は世のため人のため、それと俺の肩揉みのためにあるんだからね。

 ちゃんと正しいことに使いなさい。


「さすが母さんだ。凄いよ。僕より強いんじゃないかな。息子として誇らしいよ。世界一可愛いよ」


 レオンは手を叩いたまま、賞賛の言葉をこれでもかと並べ立ててくる。

 まーたレオンの「さすが母さん」が始まったか、と俺は気にしないふりで受け流す。

 気にしてるけど。今耳まで熱くなってるけど。


 些細なことでめっちゃ褒めてくるからなこいつは。


 人前でやられるのは照れるんだが、今回ばかりは持ち上げられてもしょうがない結果だし。

 大人しく受け入れておく。ほんと恥ずかしいんだけどな。

 

「よもやこれほどとは……とんだ掘り出し物が眠っていたものだ」


 王は顎髭を撫でながら、驚いた様子を見せる。


「時期さえ噛み合っていれば、母君が勇者に選ばれていたかもしれぬな」


 言われて、頭の中で計算をしてみる。

 エリナが十五歳だった時、えーと勇者デリアは二十二歳か。


 なるほどな。

 他にもっと素質の高い子供がいたとしても、現行の勇者が現役で戦えてるうちは交代させないからな。

 二十代前半ならデリアは全盛期だったし。

 

 それでエリナはあんなド田舎に埋もれてたわけだ。

 

 妻の体が才能に溢れてて鼻が高い。そう感じつつも、同時にしょんぼりとする俺だった。

 だってほら、わかるだろ。今までの認識が崩れてしまったんだからさ。

 つまりなんだ。俺が思うにだな、


 レオンが強いのって、ほぼエリナの血のおかげでは?


 俺の遺伝、あんま役に立ってなくね。それどころか足引っ張ってたりしないだろうな。

 我が子の家系図に、凡人の血を混ぜちゃったとしたら申し訳ない。どうするんだよこれ。

 軽く泣きそうだぞ今。


「こんなに夫婦で能力格差が……レオンは顔も母親似だしなぁ……サムソン要素も少しは貢献してるといいけど」


 俺がぷるぷる震えていると、レオンがそっと肩に手を置いてきた。


「母さんが今考えてること、わかるよ」

「レオン?」

「確かに母さんは、天才なのかもしれない。でも、父さんだって強かった。僕は村一番の力自慢なんだよ。これは父さんから受け継いだ才能だ。……僕は父さんにも感謝してる」

「レオン……」

「だからさ、僕は必殺技に全部、父さんの名前を付けてるんだ。見ててよ、国中に父さんの名前を嫌になるくらい知らしめてやるから」

「それはやめて」


 こいつ基本的には常識人なんだけど、親が絡む事案だと簡単に壊れるよな。


「ていうか何? 怖くて聞きたくないけど、聞かないのはもっと怖い。父さんの名前付きの技ってどういうこと? 今教えて、すぐ教えて」

 

 レオンは指を折りながら技名をつぶやく。

 疾空連殺サムソン剣、サムソンブレード、サムソンカリバー、サムソンスラッシュ……。


「や、やめろ……やめて……」

「疾空連殺サムソン剣はドラゴンも叩き落とせたし、サムソンカリバーはビームで地形が変わるよ」

「あっ! ちょっと前に地震起きて地面割れる騒ぎあったけど、さてはレオンの仕業でしょ⁉」

「急にデーモンの群れが攻め込んで来たから、追い払ったんだよあれは」


 レオンはきらきらとした目で夢を語る。

 僕のサムソンカリバーでバンバン魔物を退治して、そこら中に巨大な溝を作るんだ。

 ゆくゆくは雨水が貯まって新たな河となって、サムソン河って名前が地図に刻まれるんだ。

 

 どうすりゃいいんだ?

 こういう時、母親の正しい対処法ってどれだ?


 すいません、うちの息子が剣技で地面を薙ぎ払って地図を書き替えるつもりなんですけど、どうすれば新しくできた河川に父親の名前をつけるのを防げますか?

 

 駄目だ。こんなお悩み相談、聞いたことがない。

 相談された側も困惑するだけだ。


 おたくの息子さんは土木技師にでもしてはどうでしょうか。

 というよりそれは本当に息子なのでしょうか。

 そのへんの怪力サイクロイプスを息子と思い込んでませんか。

 あるいは貴方の言う息子とは想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか。 


 ってな感じに精神状態を疑われて終わりだ。


「父さんはもっと讃えられていい人だよ。僕が世間にわからせる」


 しかも、なあ。

 親父を、即ち俺を尊敬し過ぎるあまりの行動なのがな。

 怒るに怒れないというか。

 レオンの中で戦士サムソンは、一体どれほどの英雄になってるのやら。亡父ゆえに美化しちゃうのか?

 俺そんなにお前の中で格好よくなってんのか?

 

 可愛いなあもう!


 発作的に息子に背後から抱きつき、頬ずりを始めてしまう。

 ほぼ自動操縦だった。俺の意思ではなかった。

 見かねた王様が、「仲睦まじいのはよいが場所をわきまえよ」と釘を差してくる。


 いかん。我を忘れてた。

 俺ってば偉い人の前でなんて振る舞いを。

 背中を冷たい汗が流れる。だが顔は未だレオンの頬に擦り付けたままである。

 

 しょうがないだろ。不可抗力なんだよ。体が勝手に動くんだよ。

 息子、小さい子供、小動物なんかを見てきゅーんとすると、自動的に飛びついちゃうのだ、エリナの体は。


 老いを知らぬママの肉体は、常に溢れる母性を押さえ込んでいる。本能なのだ。止まらないのだ。

 この衝動は男の体だった時でいえば、そうだな。

 ぶら下がってる紐を見ると理由もなく「シュッシュッ!」とパンチの練習をしたくなる、あの衝動に近い。


 逆らい難い肉体の命令なのである。


 だから俺悪くないし。俺のせいじゃないし。

 脳内でたっぷりと言い訳を繰り返しながら、大慌てでレオンから体を離す。

 何故か固まって動かなくなってる我が子を気をつけの姿勢に調整し、王様のいる方向に向き直らせる。


「バブみの光が見える……余もハーフエルフの腹から産まれておればな……」

「陛下?」

「気にするな。ところで一つ聞くが」


 言動に謎の多い国王は、怪訝そうに目を細めながら言った。


「サムソンは死んだのか?」


 この口ぶりからすると、さっきのレオンの墓云々の発言で初めて知ったのだろう。

 無理もない。辺境の片隅で、五月に亡くなったばかりなのだ。

 情報がまだ王都に伝わっていなくても、おかしくはない。


「ええ。病でした。夫は眠るように息を引き取りました」

「それはいつだ。二~三日前なのか」

「いえ、二ヶ月近く前になります。……夏を迎えるのは、叶いませんでした」


 王様は怪訝そうに首を傾げながら、なにやら唸っている。


「奇妙だな。実を言えばさきほどレオンが話した時から、ずっと気にはなっていた。親と結婚などというインパクトに全部持ってかれて聞きそびれていたのだが、改めて質問しよう。……サムソンは本当に、夏が来る前に死んだのだな?」

「お、親と結婚? レオンはさっき陛下に、何を注文したんですが? 私それすっごい気になります。ちゃんと聞き取れてなくて」

「その話はもうよい。二人のやり取りを見て大体わかった、全部そなたが悪い。この見た目のママに毎日ベタベタされたら、気が狂うのも無理はない。それより今は、サムソンの件についてだが」

「私がっ!? 私が何か息子に悪影響を与えてるんですか!?」


 王様は手を叩くと、「あの嘆願書を」と文官に声をかけた。

 俺の話なんか聞いちゃいない。

 お坊ちゃま育ちにはありがちだが、マイペースに話を進めるお方である。


「ほんの一週間前の出来事だ。サムソンが、ふらりとこの宮殿にやってきた。なにせ勇者の親族だ。余は喜んでここに通した」

「は……?」

「そなたの夫だ。来たのだ」


 瞬間。

 俺の中で、ぴたりと時間が止まる。

 この人は何を言ってるんだろう。


 サムソンが、一週間前にやってきた?


 その頃にはもう、墓の下で眠ってるはずのサムソンが?

 いくら国の最高権力者といえど、言っていい冗談と悪い冗談があるのではないか?


「サムソンは、『次の勇者は我が子レオンこそが相応しい』と何度も提案してきた。あまりに熱心なのでな。ものは試しにと、鑑定士どもに水晶玉を覗かせてみた。宮殿の中から、遠視でレオンの素質を測ったのだ。……結果は知っての通り、文句なしであった。ゆえに使いの者を走らせ、ここに招くと決めた」


 俺は手足が冷たくなっていく感覚を味わいながら、次の言葉を待った。


「そなたは申したな。夫は夏になる前に死んだと。では余に進言したあのサムソンは、何者なのだ?」


 一人の文官が、丸めた羊皮紙を抱えて王の横に駆け寄ってくる。

 震える手でそれを受け取った陛下は、俺達の前に開いて見せた。


 文字が、並んでいる。


 何度となく見てきた、懐かしい形の文字だ。俺は、この文章を書いた人間を知っている。

 この傾き、この筆圧、躍るような筆記体、間違いない。


『我が子レオンを勇者に推す。もし任命された暁には、国王陛下の名の下にあらゆる助力を願いたく思います。 サムソン』


 流麗で、女性的な達筆。

 エリナの筆跡だった。


 背筋が凍る。

 二ヶ月前に死んだはずの人間が、ほんの一週間前に提出した嘆願書。

 それは存在してよいものなのだろうか?

 

 エリナ、俺はまたお前に会えるのか?

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