ママは強かった

 俺達の乗った馬車は、あたかも時間を飛ばしたかのような速さで王都に到着していた。

 実際、俺の主観では時間飛んでるし。

 ペリシアの村からは馬で数日ほどの距離なのだが、観光気分で浮かれていたらあっという間だった。

 なんかウトウトしてたら、朝になってたし王都の中にいたのだ。

 

 赤の他人と一緒だったら、こうはなるまい。

 親子水入らずの旅ってのは快適である。やっぱ旅の連れが息子だと楽でいいや。

 あまりにリラックスしたせいか、俺は途中から馬車の中で眠っていたそうだ。

 レオンの肩にもたれかかっていたらしい。


「生きた心地がしなかった」


 とはレオン談。ちと大げさ過ぎやしないか。

 これくらい大目に見て欲しいぞ。俺の体なんて軽いもんだろ。


 重さの問題じゃない? じゃあなんだよ、匂いか。

 エリナの体はいい匂いだと思うんだけどな。汗臭かったのか? 


 そんなくだらないやり取りをしているうちに、俺達の前に王宮からの迎えがやって来た。

 役人風の男に、護衛の騎士数名。皆が揃って若き勇者候補レオン……じゃなくてこっちを見てる。

 なんでだよ。


「かっ、かわいい」

「だがなんで、エプロン姿で買い物カゴ持ってるような少女が勇者と一緒に」

「道に迷った若奥さんでしょうか……」


 もしや勇者殿の恋人ですかな、と役人にたずねられると、レオンは「はい」と即答した。

 おい。なに変なボケかましてるんだ。

 俺はレオンの脇腹を肘でつつきながら、


「この子の母です」


 と高らかに告げる。

 が、反応はかんばしくない。


「……いくらなんでも若過ぎやしませんかね」

「犯罪だ。一体何歳の時に産んだんだ」

「勇者の父君は戦士サムソン氏だったはずだが、まさか幼児性愛者だったとは」


 元俺にとんでもない疑惑がかけられ始めたので、大慌てで髪をかき上げる。

 役人達に耳を見せつけ、必死のアピール。


「ほらこれ! ちょっと尖ってるでしょ⁉ 私ハーフエルフ、あんまり年取らない! 理解した!?」


 実年齢は三十三ですから!

 往来のド真ん中で叫び、サムソンの名誉を守る。

 女としてはありえない、あまりにも堂々としたアラサー宣言だった。

 代わりにエリナの名誉が損なわれた気がしないでもない。

 

「さ、三十三歳? その外見でですか。いやはや、エルフの血とは恐ろしいものですな。……む。なら勇者殿を産んだのは十八の時ですか。……サムソン氏の年齢を考えると、四十手前の男が十代の娘を孕ませたことに……」


 どのみち犯罪では?

 などと失礼極まりない意見をぶつけられる。

 お前らの顔、覚えたからな。


 俺とレオンは礼儀知らずの男どもに案内されながら、王宮へと向かう。

 俺は既に知ってる道のりだけどね。


 サムソン時代には、冒険の拠点にしたこともある都なのだ。新鮮さは全くない。

 逆に田舎育ちのレオンは何を見ても珍しいようで、「凄いな、母さんより可愛い子が一人もいない。やっぱ母さんは女神だ」としきりに頷いていた。


 お前あんまそういうこと人前で言わない方がいいぞ。


「この勇者は大丈夫なんでしょうか」

「あんな母親がいたら、おかしくなるのも当然では」

「着替えや入浴も見放題なんだろうか。うちの母ちゃんと取り替えたい」


 ほら役人達が不審がってるじゃないか。

 どうも息子がすみません、普段はいい子なんですけど。ぺこぺこ頭を下げてごまかす。

 俺今ちゃんと母親やってるよな、心底そう思う。次は農作物のお裾分けなんかもした方いいんだろうか?

 世間の思い描く普通の母ちゃんっぽい行動をシミュレートしていると、前を行く男達の足が止まった。


 見上げると、豪華な宮殿が視界に入る。

 何もかも記憶通りだ。

 相変わらず金ピカで、これが金と権力の詰め合わせですみたいな外観。

 我らが人間国の首都に天高くそびえ立つ、王宮である。

 

 どうやら目的地に到着したようだ。会話しながらだとあっという間だ。


 門の前まで向かうと、衛兵に名前と目的を伝えて敷地内に入る。

 それからはスムーズに手続きが進行し、俺とレオンは謁見の間へと連れて行かれた。

 ものの数分でだ。

 前に来た時はだらだら待たされたのに……。方針転換したのか?


「あ」

 

 それもそうか、と気付く。

 俺が昔、妹をここに連れてきたのは二十五年も前だ。

 さすがに王様も代替わりしてるはずである。

 新しい王様は先代と違い、せっかちなのだろう。

 

 俺は失礼のないようにと気をつけながら、早足で王の前へと進む。王の好みに合わせての速度だ。

 赤いカーペットの上を、すたすたと歩く。


 王の顔が、はっきりと見える距離にまで近付いた。

 端正な顔立ちに、少々ケチをつける大きめのワシ鼻。

 やっぱり昔見た王子様だ。王位を継いたんだ。

 顔に刻まれた無数の皺が、年月の経過を感じさせる。

 

「ようこそ参られた。勇者と……知らない綺麗なお嬢さん」


 王はまず俺達に、ねぎらいの言葉をかけてきた。

 それから隣に立っている文官と思わしき者に、小声で何かを聞くようなそぶりを見せた。

「あの娘は誰かね」と聞こえてくる。


 やがて何事かを教わった王は目をかっと見開き、「うらやま……けしからん」と悔しそうにつぶやいた。

 

「親子連れの勇者など前代未聞だが、先代は兄妹の組み合わせであったな。これもまた運命か」


 王はどうやら、俺とレオンの関係をさっき聞いたようだ。


「そなたら母子がここに参られたのは、宿命であろう。さて、さっそく本題に入るが」


 ほんとにせっかちなんだな、と俺は内心おかしくなる。

 レオンはというと、俺の顔をずっと見ていた。

 お前何やってんだよ。偉い人の前だぞ。


「レオン殿。新しい勇者になってくれるな」

「実は迷っています」


 ごめん何言ってんの。俺はレオンの方を振り向く。

 目上の人の前ではヘコヘコしろって、あれほど口を酸っぱくして教えたでしょうが。

 おっさんの体に染み付いたせちがらい処世術を、たっぷり指導してやったのに。

 なんてことを。

 

 ここはお土産を渡すタイミングだろ、社会人的に考えて。

 もっと権力者には媚びなさいってば!

 俺がミスリル買い物カゴをゴソゴソと漁っていると、僕には身分なんて関係ないねと言いたげな顔でレオンは続ける。


「僕は魔王を倒すことに、正直あまり関心がありません。僕と母に降りかかってきた火の粉を振り払えれば、それで十分なのです」

「すいません陛下! ほんっとすいません! あのこれ、うちの畑で採れた人参です。信じられないくらい甘くて太いので、どうか今後とも……」


 やばい。胃に穴開きそう。

 上下関係、年功序列、長幼の序。おっさんほど社会秩序にうるさい生き物もおるまい。

 ていうかデリアのバカが先代の王様にタメ口で話しかけた時も、俺同じことした覚えあるな。


「ですが僕の力がこの国の存続に関わるというなら、条件付きで協力したいと思っています」

「陛下ー! 申し訳ありません! カボチャとレタスも付けます! ですからどうか、どうかうちの子を許してやってください! 出世コースから外さないでやってください!」

 

 ちょっと母さんは黙ってて、と手で制される。

 お前なんなんだよ最近。反抗期のスケールでか過ぎないか。

 思春期をこじらせて国の代表に歯向かうとか、俺でもやんなかったぞ。

 俺が十五の頃は黒いマント着て必殺剣の名前考えるくらいで、可愛いもんだったわ。


「条件、か。勇者候補よ、何を望む?」

「父サムソンの汚名を払拭して頂きたく思います。父がパーティーから臆病風に吹かれて逃げ出したという、心無い与太話を口にする者がまれにおります。父はあくまで穏便に、仲間達と話し合って離脱したのです。陛下ならば真相を民衆に広めるなど簡単なはずです」

「ふむ」

「また父は勇者と共に戦った冒険者の一人でありながら、あまりにもつましい墓の下に眠っております。もう少し立派なものを用意してやりたいのです。陛下の財力ならば簡単でしょう。あと実の親と結婚できるように法律を改正して貰えれば、僕は勇者になろうと思います」


 レオン、お前。

 俺はほろりと涙を流していた。

 すまん、父さん勘違いしてた。

 今まさにゲンコツ作ってブン殴る寸前だったけど、お前は常に親父のことを考えてくれてたんだな。

 

 ほんと誰に似てこんな人格者に育ったんだろ。今ゲンコツ握ってる人にだったりして。

 だよな、そうだよな。

 そんな風に俺が舞い上がっていると、王様がこほんと咳払いをした。


「よかろう。子が親を想うのは当然のことだ、善処しよう。すぐにでも……ん? 何か一つ、頭のおかしい要求が混じってなかったか?」

「気のせいでしょう」


 ちなみに謁見の間での発言は、全て周囲にいる文官の手で記録されている。

 さらさらと音を立てて走る羽ペンによって、言い逃れできない物証になっている真っ最中だ。

 

「まあよい。とりあえず勇者レオンの願いは聞き届けた」

 

 王様は気を取り直して話を続ける。

 俺もなんかレオンがあまりに早口で喋るから上手く聞き取れなかったけど、一瞬狂気を感じたような気がする。


「これより鑑定の儀を行う。よいな?」


 レオンは無言で頷いた。

 デリアの時を思い出すな、このやり取り。

 あいつのお化けステータスが公開されて、腰を抜かしたっけな。

 

 成人男性の平均値が100程度だってのに、デリアはオール250~300でまとまっていたのだ。

 これで歴代最弱勇者ってんだから恐ろしいものである。

 なんでも普通の勇者は400前後らしい。


「あれを持って来い」


 王様が指を鳴らすと、左右から巨大な鏡や錫杖を持った巫女さん達が現れた。

 これらの道具を用いて、人の強さを視るのだ。

 古代の帝国が残したアーティファクトらしいが、詳しい原理はよくわかっていない。


 ただ一つはっきりしてるのは、レオンがとんでもない人材だったってこと。



【名 前】レオン

【年 齢】15

【性 別】男

【クラス】勇者

【体 力】900

【魔 力】500

【筋 力】750

【耐 久】700

【敏 捷】600

【魔 攻】500

【魔 防】500

【スキル】雷鳴の加護 マザコンLV99



 城内が、ざわつく。俺もそのざわつきの一部だ。

 そりゃそうだ。こりゃ騒ぐって。

 俺の知る限り、ここまでの能力値を誇る人間は初めてだ。おそらく他の全員もそうだろう。


 歴代最強勇者。


 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 スキル名がちょっと気になるけどな。マザコンって何だ? 俺の知らん造語だ。

 後天的に習得したスキルはレベルがついてるもんだけど、99レベルになるまで鍛え上げた技能ってなんかこいつにあったか……? 

 剣術か?


 俺が不思議がっていると、王様に声をかけられる。


「ついでに母君も鑑定を受けてはどうかな」

「私ですか?」

「余も多少は魔術の心得があるゆえ。そなたからは高い魔力を感じる」


 確かにエリナは魔法が得意だったけど、ステータス鑑定は受けたことがないと言ってたはずだ。

 この際きちんと計測してみるのも悪くないかもしれない。

 

 俺はさきほどまでレオンが覗き込んでいた鏡の前に立ち、真正面から己の姿を見据える。

 そこには俺の恋したハーフエルフの戦闘力が、嘘偽りなく映し出されている。

 鏡の中にはいつでも死んだ妻の顔があるだなんて、俺も奇妙な人生送ってるよな。自分でも笑っちまう。


 これじゃいつまでもエリナのこと、忘れられないじゃないか。



【名 前】エリナ

【年 齢】33

【性 別】女

【クラス】精霊術師

【体 力】110

【魔 力】2400

【筋 力】70

【耐 久】70

【敏 捷】90

【魔 攻】2000

【魔 防】2000

【スキル】五属性魔法 精霊召喚 アレンジレシピLV3 お裁縫LV6 



 で、だ。

 しんみりしたところで、鑑定結果についてだけれど。

 エリナって普通の魔術師じゃなくて精霊術師だったんだな。初めて知ったぞ俺。

 結婚十五年目にして明かされる妻の真実。

 他にもあれほど頑張ってきた料理のレベルが大して上がってないとか、色々気になるけど。


 一つだけ言わせて欲しい。

 これは突っ込まざるを得ないと思う。


「お母さん強過ぎじゃない?」

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