ママの涙は必殺兵器
勇者?
懐かしい単語に、思わず聞き返す。
何? どゆこと? お前が勇者に選ばれそうだって?
いやいやレオン。
勇者ってのはそんな、村の出し物で主役に選ばれそうなんだけど……みたいなテンションでなれるもんじゃないぞ。
お互いあの時は大変だったな。お前が王子役、俺がお姫様役で劇やらされてさ。
でも何で最後までキスシーン拒否したかね? 泣いて抵抗したよな。
そんなにお母さんの唇は気持ち悪いかい。
俺は別によかったのに。息子相手だし気にならんよ。親子ならノーカンノーカン。
おっとめっちゃ脱線したな。
とにかくだ、勇者は国から正式に選ばれるものだ。
魔王が存命中に先代の勇者が死亡、あるいは老齢により衰えた場合、新たな勇者が選別される。
王宮の預言者やら鑑定士やらが走り回って、国内で最も戦闘力の高い十五歳を探し出し、任命するのだ。
だからまさか、レオンが勇者なはずが……。
そこまで考えたところで、はっとなる。
そうだ、こいつは腕が立つのだった。それもかなり。
俺が本気で剣士ごっこ仕込んだら、大概の技は習得しちゃったし。
エリナが教えた魔法は大体なんでも覚えたし。
うちの子は天才に違いない、なんてどんな親でも一度は思うもんだ。俺だってそうだ。ていうか今でも思ってる。
だけど……だけどよ。正直ここまで凄いとは想像してなかった。
いつの間にか最強の十五歳になってただなんて、誰に予想できる?
まあよく考えてみれば、血統的には勇者の兄とハーフエルフの間に産まれた子供だし。強くて当然なのか。
なんたって俺の血を引いてるんだもんな。なっ。
ここ重要だよな、うん。
レオンは両親のいいとこ取りをしたような能力なのだ。
大変な力持ちでありながら、魔力もそれなりにある。
高位の雷撃魔法や、全体回復魔法だって撃てるのだ。
おやや? こいつめっちゃ勇者っぽくね?
歴代勇者そっくりな、コテコテの勇者ステータスじゃねこれ?
「昨日さ、王宮から使いが来たんだ。……すぐにでも勇者として迎え入れたいって」
「そっ……かぁ」
ふいに胸の奥からこみ上げてくる、懐かしさ。
俺は何十年も前に、妹が勇者として選ばれた日のことを思い出していた。
強烈な既視感にみまわれる。俺はまた、勇者を送り出すんだな。
予定より少し早い子離れを覚悟しながら、最愛の息子に問う。
「……レオンはさ、どうしたい?」
「行きたくない」
「だよね。寂しくなるけど、お母さんはここで畑と墓を守って……え? え? 嫌なの? 勇者やなの?」
「断固として拒否したいんだ。それで困ってる」
「……何でって聞いていいかな」
てっきり農家なんか辞めて勇者なりたい、と若者らしい相談をしてくるんだとばかり。
また勘が外れてしまったようだ。
なお俺の勘はよく外れる。おっさんだからな。女の勘が働かないのさ。
「だって勇者なんて、ろくなもんじゃないよ。デリア叔母さん見てればわかる」
「あー……」
「あの人は父さんを捨てたんだ。力不足だから要らないって、パーティーから追い出したんでしょ。実の兄をだよ。……魔王を倒すための旅だか知らないけど、それで家族の情すらなくなってしまうなら、僕は勇者なんかなりたくない」
「んまー! すっかりいい子に育っちゃって!」
だろ? 俺可哀想だろ? たまらずレオンを抱き寄せる。
「ちょっ」
顔を胸に抱き、おーよしよしと頭を撫で回してやる。なんかこうしてると授乳期間を思い出すな。
「当たってる! 当たってるって! 顔に!」
俺の方は上機嫌でお母さんモードに入ってるのだが、レオンはというと暴れていた。
なんとも形容し難い、面白い声を発してもがいている。
が、「柔らかい……甘い匂いまで……ぐっ」とうめいてからは無抵抗になった。
しょうがないよな。息子ってのは母親に弱いもんだ。
レオンの真っ黒なツンツン髪を弄りながら思う。なら母親である俺の口から説得すれば、こいつは勇者になるんだろうか、と。
俺は――
俺は。
本音を言えば、ここでずっとレオンと暮らしたい。
農家だから男手があると助かるし、人並みに寂しいとも感じる。
けれど同時に、魔王討伐の件が気になってもいる。
デリアは今じゃすっかり史上最弱の勇者扱いで、ろくに戦果も出せないまま四十代を迎えてしまったのだ。
人類の希望はハズレだった。もうおしまいだ。ヒャッハー略奪だー。こんな感じで治安も悪くなり始めていると聞く。
もしもレオンに、世界を救う力があるとすれば。それは、万人のために用いるべきではないだろうか。
独り占めは、よくない。
お前は俺の腹から出てきた子供だけど、俺の所有物なんかじゃない。
「……行っておいでよ」
母さん? とレオンは顔を上げる。そうやって不安げな顔をすると、エリナにそっくりだった。
「もしレオンが立派な勇者になって魔王を倒したら、天国のお父さんも喜ぶと思う。……父の汚名をそそぐ、またとない機会なんだよ。我が子が勇者になる以上の名誉なんて、ないんだから」
「母さんはどうするの。僕がいなくなって、力仕事とかどうするんだよ」
「……私は、一人でも、大丈夫だから」
わ、やっべ。視界がにじんできたし声がひっくり返った。
女の体ってのはどうも感情が昂ぶりやすくて困る。
男だった時は「ふうん」で済ます出来事で、やたらと泣いたり笑ったりしてしまうことがあるのだ。
なのでモノローグは冷めてるのに顔はぽろぽろ涙を流してるみたいな、奇妙な状態に陥ってしまう。
「……お母さん一人でもやれるから」
なんなんだよこれ。
男の体は下半身が暴走しがちだけど、女は首から上が制御不能なんだな。
だから化粧塗りたくって固めて、勝手に動かないようにするんだろうか。割と失礼なことを考えてるな今。
参った、申し訳なくてレオンの顔を直視できないぞ。
母ちゃんに泣かれるって、どんな息子でも致命傷なイベントだろ?
「無理だ。こんな母さん置いてけない。魔王なんてどうだっていいんだ。僕は家族を守れればそれでいい」
ほらな。
大失敗だよ。涙で息子の気を引く面倒な母親そのものじゃないか。
どうすりゃいいのさ?
ちら、とレオンの表情を伺ってみる。
案の定、「母さんのためなら全世界を敵に回したって構わない」的な顔をしている。
「母さんのためなら全宇宙を敵に回したって構わない」
想像より一段階上の発言きたよ……。
お前その顔とセリフは将来の彼女のために取っておけよな。
ちょっとお母さん子に育て過ぎたかなぁ。
なんかこう、俺もレオンも世の中も幸せになる、円満な解決策はないのもか。
あるはずだ。絶対にあるはずだ。
俺はかつて勇者デリアを導いた戦士だったのだ。今度の勇者だって正しい道に進ませて見せるさ。
今度だって。
今度?
そう、それだ。
なんだ、簡単な話じゃないか。どうして思いつかなかったんだろう。
俺が孤独を感じずに済み、レオンを勇者にさせられる手段。
「ね、お母さんもついてこっか! これならレオンも安心でしょ!」
単純なことだ。もっかい勇者パーティーに入ればいいのだ。
最初の仲間として、レオンの冒険を支えればいい。
「それは……母さんがいたら心強いかもしれないけど……」
「でしょ? お母さん魔法使えるもん。ミスリル装備も一通り持ってるし」
「母さんのミスリル装備って確か……」
「任せときなって。私はダゴンだって倒した主婦だよ?」
「農家の奥さんが畑に出たイノシシ追い払ったみたいなノリで、凄いこと言うよね」
でも母親連れの勇者ってどうなんだろう、とレオンは悩み始めた。
ちなみに一連の会話はずっと俺の胸に抱かれたままで行われている。
お前こんなに母ちゃん大好きなのに離れられるのか? 無理だろ? 俺の方も無理っぽいぞ。
やっぱお前から離れたくない。無理! エリナと瓜二つなんだもんお前。
親子の情ってのはしつこいんだな。
「そうと決まれば善は急げだね、うん。勇者の襲名って王都でやるんだっけ。村長に言って馬車出してもらお」
「やけに詳しいね?」
勇者を城に連れてくのは二回目だからな、そりゃ。
姿形こそ変わってしまったが、これはチャンスなのかもしれない。
俺は冒険者生活を、やり直す。今度は脳筋戦士じゃなくて、ハーフエルフの魔術師としてパーティーに貢献するのだ。
見てるかエリナ。お前の残してくれた息子と肉体が、世界を救おうとしてるぞ。
俺、頑張るよ。
俺がエリナとして活躍すれば、お前の名誉になるんだ。この名に恥じない戦いをするからな。
約束するよ。
そのためにも、まずは装備品である。
台所に無造作に転がってる、強力無比なミスリルグッズが俺を呼んでいる。
「ミスリルおたまとミスリル包丁は持ってかないとね。んー……ミスリルエプロンも着た方いいか」
張り切って家に入ろうとすると、小声でレオンがぼやく。
「……大概の武器より強いからいいんだけどさ。ミスリル製の調理道具を装備した冒険者って、王都で悪目立ちしないかな」
細かいこと気にすんなよ。
ダゴン倒した時なんて、クワだぜ?
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