第9話 沙汰




 時刻は日付を更新して少し経った夜中。

 学校正門前へ向かうため田村麻呂を先頭に歩みを進めていたが、道中に会話らしい会話はなかった。


「おや?」


 田村麻呂は正門前に近づくと何かに気がついたように呟いた。


「坂上長官」


 田村麻呂が反応した方向から、今度はこちらを呼び返す声が聞こえ、鈴鹿もそちらの方を向く。

 果たして、そこにいたのはスーツの上からでもわかるような形のはっきりとした肢体を持つ女性であり、長く闇のように深い黒色の髪を高めのポニーテールで括っていた。

 ただ、その見た目の情報だけで言えば、古き良き大和撫子を体現した女性なのだが、左の腰にいていた日本刀が、その印象にはやや隠し味が強すぎた。


「急にいなくなって、一体何をしていたんですか?」

「少し、外せない私用があってね」

「今の聞きましたか、船坂。公務中に私用を優先ですよ?」


 刀をいた女性が船坂に対して抗議の目を向けながら不満を漏らす。


「オイ、樋口ィ……俺はお前の先輩だぞ? 呼び捨てすんなァ! さんか先輩をつけろ! それに、あれだろ。長官のことだから何か深い理由があったんだろ」


「うわぁ。出ましたよ、船坂の長官全肯定。本当に気持ち悪いですよ? だから先輩呼びしたくないんですが」

「アァ!?」


 すっかり慣れ親しんだような会話の応酬。まるでそれが日常だと言わんばかりに展開される2人の世界に、鈴鹿も田村麻呂もただ聞くことしかできなかった。


「なんですかあの2人、めっちゃくちゃ仲良いですね」

「お互いに信用があるんだろう。まあ、ずっとあの調子だと困るんだけどね」

「そうですね…………でも、信用に足る人が側にいるのは、正直羨ましいです」

「……君にもいなかったわけではないだろう?」


 少しの沈黙の後、見るともなく夜空を見ていた鈴鹿に田村麻呂がそう聞き返すと、鈴鹿は徐に声の方を向いた。


 「はい。でも、今は……」鈴鹿が言いかけたところで田村麻呂は言葉を続けた。


「仮に……仮に、今はその人たちがいなくても、君に与えてくれたものや気持ちがなくなったわけじゃない。むしろ君が今ここにいることこそ、その人たちが確かに君の中に存在する証左なんだと、ボクは思う。今の君を構成するのはその人たちだ」


 田村麻呂の言葉は鈴鹿の中に綺麗に落ちた。今まで鈴鹿にとって重要だったのは誰かと共にいること、それ自体であった。

 しかしそれは、はたから見て独りではないということに価値を置いていただけに過ぎないのかも知れないと鈴鹿は思う。


「それに、君にもまたそんな存在ができるはずさ」

「そう……ですかね」


 「そうさ」そう満足気に田村麻呂は言うと、未だに会話を展開していた2人に対して2度手を叩くことで注目を集める。


「2人とも。仲良いのはわかったから、そろそろ出よう」

「「良くないッス/です!!」」



 昨夜から明けた翌日。東京都。某所。

 【幕府】と呼ばれる対夷を目的とする機関は、意外にも都心のビル一棟とその地下を主な活動拠点としていた。


「【幕府】なんて言うからどんなところかと思いましたが、こんな都心のど真ん中なんですね」

「そうですね。23区外に建てて結界で認識を阻害するのも手だとは思いますが、あえて都心に建てることでステルスになってるんです」


 幕府内部を歩きながら、鈴鹿がその所在地について呆気に取られていると、樋口が詳細を説明し始める。


「なるほど……木を隠すなら森の中と言うことですね」

「その通りです!」

「お前らァ。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行くぞ」



 –––––『【評定】緊急招集・議事録』–––––

 昨日未明、坂上田村麻呂は高校にて発生した鬼型の夷と会敵し、これを征伐した後、種別を【怪夷】と断定。その等級が【第一夷階】であることを、幕府の上層会議である【評定】において発表。

 尚、本件に付随して現場で保護された少年––––––––––「清水鈴鹿」が特殊な体質であるとして、その処遇について審議が重ねられた。

––––––––以上の件について、【幕府】長官・征夷大将軍 坂上田村麻呂及び【奥羽探題】、【六波羅探題】、【鎮西探題】長官、【中央情報局・八咫烏】局長の名において以下のように取り決め、各政令指定都市の【守護】を含めた下位の夷伐者には通達しないこととする––––––––––

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