第5話 声と名前
一体いつからだろうか。
僕はいつから孤独になり、それを受け入れたのだろうか。
物心がつく前に僕には所謂家族というものがいなかった。どうやら、大きな事故か何かで亡くなったらしいとは聞いているが、自分にはその頃の記憶は全くなかったため、悲しさなどはなかったと思う。
結局、紆余曲折あって一番近しい親族である祖父のもとに預けられることになったのだが、彼は心底僕のことを嫌っていたようだった。
まるで気味の悪いものを遠ざけるように扱われ、存在しないもの同然になった頃、人生で二つの転機が訪れた。
「お前は今年で幾つになる?」
久しぶりにする祖父との会話はとても日常的なものだった。
「10です」
「そうか……もうある程度のことは1人でできるな?」
幼いながらに彼が言わんとしていることを理解することができたが、僕はただ無言で頷くことしかできなかった。
「……近く、私はここを出る。この家はお前が好きに使え」
「…………」
「ある程度のことは私が呼んだ者に任せるつもりだ。金の心配はするな」
僕にとっての転機は非常にあっさりしたものだった。どうせ、お互いに存在を認知していないのだから、それが物理的にいなくなるだけだ。
そう自分に言い聞かせ、納得し独りになった。味のしない食事、モノクロテレビみたいな日常。もはや生きているのか死んでいるのか分からない日々だったが、そのことに特に何も感じなかった。
なぜなら、それが僕にとっての普通だったから。
そんな日常がしばらく続いたある日、僕の人生に再びの転機が訪れる。
ある人物との出会い。その人は家族のいない僕の本当の家族になってくれた。
出会いは突然だったし、その人の生い立ちはまるで知らなかったけど、僕にとっては心底どうでも良いことだった。
ただ、その人といるだけで僕はかろうじて生きていられた。
その人が、自分ですら忘れかけていた誰にも呼ばれるはずがなかったこの名前を呼ぶ度に、僕はこの世界に繋ぎ止められていることを思い出すことができた。
忘れるはずがない。間違えるはずがない。
軽快に、朗らかに僕の名前を呼ぶ彼女の声を。
「……すずかっ!!」
「ル、イ……?」
鈴鹿の名前を呼ぶその声は、多量の失血によって朦朧としていた意識を首の皮一枚でこの世界に繋げた。
呼ぶや否や。
ルイは、鈴鹿の元に瞬きをする間もない速度で間合いを詰めると、化野愛花の懐に潜り込み、鳩尾の辺りに一撃を入れる。
「カハッ!!(?! 何が起こったか分からなかった……! この子……とんでもなく早いっ!?)」
ルイは追撃の左ハイキックを繰り出すが、すんでのところで愛花は右腕でこれを防ぎ、その勢いで攻撃をいなすと、即座にルイと距離を取った。
「はあ……酷いなあ。友達と学校で遊んでただけなのに、まさかいきなり殴られるなんてさ」
愛花は先ほどのことから一転何もなかったかのようにケロッとして、戯けてみせる。
「いやあ、なに。夜遊びする学生がいたもんだから、補導しようかと思ったんだ」
「はは! 見た感じ、私より全然若そうだけど、そっちこそ早く寝んねしなくて大丈夫?(多分夷伐者だよね……面倒臭いなあ……)」
「人を見た目で判断するなと教わっていないのか? あと生憎だが、現在の私は少し中途半端な状態なだけだ(すずかの腕を容易く切断した爪……そうか……こいつ私の……)」
お互いを探り入れるような会話の応酬。しかしながら、鈴鹿を取り込むことに王手を掛けているため余裕の表情を浮かべる愛花とは反対に、ルイは鈴鹿救命という急務から、その焦りが表情に表れていた。
「あっ、そうです……かっ!!」
愛花は異様に伸びた禍々しい爪をルイに向けて振り上げると、その方向一帯に不可視の斬撃が繰り出される。
攻撃が繰り出された場所にあった机や椅子などが大きな音を立てて崩れ去る。
「はっ!?(また消えた。けど、この狭い教室だ。多分今回も……)」
愛花が思考を逡巡させているその刹那、ルイは再び愛花の懐まで間合いを詰めていた。
しかし。
「そう来ると思った!」と言う愛花と同時に、今度は懐に立つルイの下方向から剣山のようなものが出現し、それはルイを直撃した。
「ルイ!!!」
朦朧とする意識の中で見たその光景に、鈴鹿は思わず叫ぶ。
「はあ。終わった終わっ…………!!」
次の瞬間、ルイを仕留めたはずの愛花はどういうわけか、窓ガラスを突き破り、その身を全て外に投げ出されていた。
「は……?」
「残念。この箱きょうしつの内側は私の意思か外からの意思が作用しない限り結果が収束しない」
説明しながら、ルイは右手を拳銃の形にし、窓を突き破って空中に放り出された愛花に向ける。
「【
そう唱えた瞬間。愛花の腹部に巨大な風穴が開き、爆発と共に轟音が発生した。愛花はその勢いによって、遥か後方へ吹き飛ばされる。
「しばらく月でも仰いで寝てろ」
落下していく愛花を横目に、ルイはそう吐き捨てた。
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