第3話 日常の裂け目
いつもと変わらない学校の教室の片隅。1週間続く快晴と日本の夏特有の湿気は蒸し暑さを強調している。ちょうど外が一番暑くなる昼休みの教室はクーラーによって完璧な避暑地となっていた。
「いや〜暑いねえ」
「本当にね、ところで何を買ってきたの?」
弁当を持参して自分の机で食べていた鈴鹿の元に購買で昼食を買ってきた愛花が主人を失った隣の席に座る。
それぞれが食堂や購買などに分かれて昼食をとっているためか室内の人の数はまばらだった。
「ただのサンドイッチだよ、お弁当いいなあ。今度私にも作ってよ!」
「いいよ、ついでに作るだけだから手間でもないし」
「やったね!」
愛花は嬉しそうに微笑むと、手に持っていたサンドイッチを口へと運んだ。
「全然関係ない話なんだけど」鈴鹿はそう切り出すと、愛花は「なにー?」とサンドイッチを頬張ったせいでいまいち上手く発音できていない返答をする。
「昨日言ってた学校に出る変な生き物とかってどんな話なの?」
「ほう……興味がおありですかな?」
鈴鹿が尋ねると、愛花は一瞬目を丸くすると待ってましたと言わんばかりに、咥えていたサンドイッチを置いて話し始める。
別にこの時の鈴鹿は自分が見えているということを明かそうと思って話を振ったのではなかった。単にルイが調査する対象の一つだと思い、ある程度の話が聞ければ調査の一助になると思っていただけだった。
「最近ではねえ、その学校に出るっていう変な生き物以外に、不審者まで出るって噂なんだよ」
「不審者……?」
鈴鹿は都市伝説じみた話ではない現実的な話が急に出てきたことで眉間に皺を寄せて、愛花に問い直した。
「そう、不審者。どうやら巷では変な生き物と関係した人物なんじゃないかとか言われてるんだよね」
「へえ、どんな関係が……?」
「うーん、例えば調査を行う秘密組織の一員とか!」
「なんだか急に作り話っぽくなってきたな……」
「いや、興味津々に聞いてきたのはそっちやろがい!」
まさか。と鈴鹿は思う。
ルイが学校に調査に行くと言っていたのは昨日のことであり、それ以前にルイがそんなことをしていたのはおそらく数回程度で、そもそも他人からは認識されていないはずである。
いつも通りのくだらない会話の応酬と談笑。その最中に含まれるいつもとは少し違う話題。鈴鹿にとって化野愛花もまた、友人という大切な存在であると自覚する。
しばらくの雑談のあと、鈴鹿は話題に上がっていた対象の一つであろう昨日の幽霊が気になり、校庭を見ようと窓の外に視線を向ける。
しかし。
校庭を見ようとした鈴鹿は見るともなく、旧校舎に目を奪われた。
自分たちがいる校舎とちょうどL字に建てられた旧校舎は窓の外の校庭を見ようとすると自然と視線が誘導される位置にあるのだが、そこにはまるで、下手な合成写真を見たときのような違和感があった。
「……袴を着た……女性?」
思わず、状態ありのままが鈴鹿の口をつく。
そのあまりに学校と似つかわしくない風貌。白く長い髪に大正浪漫を彷彿とさせる袴姿の組み合わせは、場所も相まってその異様性を引き立たせていた。
どう考えても学校では滅多に見ない様相だろう。
「誰かと……話している……?」
遠目からで、袴姿の女性との会話相手は見ることができない。
鈴鹿が視線を送り続けていると、女性は徐にこちらの方を見返す。
いや、正確には鈴鹿や隣の愛花を見ているわけではなく、そのどちらでもない場所。つまり視線が空を切っている感じだ。
瞬間、鈴鹿の目の前がまるで突然夜を迎えた世界のように急激に暗転し、未だかつてない違和感と吐き気に見舞われた。
「う……!あぁ……!」
「ん?どうしたの? 清水くん何か言った?」
「ああ、何でもないよ……!」
不意に訊かれた質問によって、切れかけた意識をなんとか繋ぎ、未だ覚束ない頭で愛花に対して鈴鹿は曖昧に返答すると、彼女は「そっか!」と何事もなかったかのように昼食を再開する。
鈴鹿は視線を旧校舎に戻す。
しかし、そこには先ほどの女性はおらず、鈴鹿の違和感は加速していく。そして、鈴鹿はその状況に対しただ唖然とすることのみが、可能な限りの反応と意識であった。
「清水くん? どうしたの? ぼうっとして」
「……いや、なんか旧校舎の方に袴姿の人が居たから、物珍しくて……」
鈴鹿が何のことなしに先ほどのことを説明していると。
「それ、本当……?」
愛花は苦虫を噛み潰したようなかつてない不愉快を携えた雰囲気を醸し、無表情で訊き返す。
「そんなはず…………気配だって…………」
「ど、どうしたの…?」
「…………」
「もしかして、会いたくない知り合いだったとか……?」
「会いたくない知り合いか。あははっ! 確かに。そんな感じだね! ごめんね、急に変な感じに取り乱しちゃってー!」
「それならいいんだけど……」
先ほどとは打って変わって、いつも通りの愛花がそこにはいた。
一体なんだったのだろうか。愛花にあんな反応をさせる程の何かがあるのだろうが鈴鹿には全く見当がつかなかった。
「まあいいやっ! それよりさっ、清水くんや。いいこと思いついたからちょっと付き合ってもらいたいんだけど……」
愛花は先ほどのことがなかったかのように溌剌に、そして悪戯な表情で鈴鹿の反応を促す。
「なに……? なんか、凄く嫌な予感がするんだけど」
「フッフッフー! よくぞ聞いてくれました! 一度きりの高校生!清水くん……ワルで刺激的なこと、したくない?」
「……いや、したくないかな」
「拒否はっや! しかも少し間を置いてるのが余計リアルで超ショックッ!」
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