米澤先生の「心あたりのある者は」を読んで

『十月三十一日、駅前の巧文堂こうぶんどうで買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎しばさきのところまで来なさい』


 あなたならこの一文を見て、どのように思うだろうか?



 私が「氷菓」という作品を知ったのは高校生の時である。

 日常に潜むミステリーという題材で紡がれてきたこの物語は、アニメ化の影響もあってかその知名度は高い。私もアニメになってから初めて知った口である。

 同級生にライトノベルをこよなく愛する男がいて、私はそいつにちょくちょく集っていた。そして貸してもらったのが「氷菓」だった。


 私はどハマりした。


 それまで私が抱いていたミステリーというものに対するイメージは人が必ず死ぬ印象が強かった。冒頭で殺人事件が起き、警察が頭を悩ませ、突如現れる探偵が華麗に事件の謎を解き、次の話へ進む……そんな感じだった。

 しかし、本作で殺人は起こらない。全てが高校生が身近で遭遇するであろう範疇で事件は起きる。それらは解決されることもあれば、苦い終わり方をすることもある。

 私は元来作中で人が死ぬことに何も感じない。結局のところ読者である私と、本のなかの世界は異次元であり、決して交わることのない他人事だからだ。けれど、創作物であっても人が死ぬ必要はないんじゃないかと思うこともあった。誰1人として死なず、登場人物が幸せに終わる話がもっとあってもいいのではないかと思ってはいた。


 本作はその答えの一つであると私は思っている。


 今述べている主張は推薦文や評論という高尚なものではなく、一ファンの溢れ出した思い、もしくは心の叫びが駄文を成した程度に捉えてほしい。


 あらすじから何まで述べるとキリがないので、今回の題名「心あたりのある者は」の概要と、主な登場人物だけ述べたいと思う。

 本作は米澤穂信先生原作の氷菓シリーズ、もしくは古典部シリーズの一冊「遠回りする雛」に収録された短編の一つだ。冒頭の文章


『十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい』


に関して、古典部部員の折木奉太郎と同じく古典部部長の千反田えるが校内放送で発せられたこの文に対し、一体どんな謎が隠されているかを推理する話である。

 まだ読んでいない人のために詳しい内容のネタバレは伏せるが、氷菓という作品を私がもし布教するとしたら、もしくは一番好きな話は何か?という話題になれば真っ先にこのエピソードを挙げるだろう。

 理由は3つある。一つ目は登場人物の少なさだ。氷菓シリーズでは魅力的な登場人物が数多く存在するが、本エピソードに登場する主要人物は上記の2人である。文章には柴崎という名前があるが、これは推理の材料に使われる固有名詞で登場人物とは言えない。故に登場人物が多くて覚えられない、といったことがなく、始めて本作を読む人や読書が苦手な方でも読みやすいと思われる。

 2つ目は2人のキャラクターが掴みやすいということだ。本エピソードでは古典部の部室で折木奉太郎と千反田えるが上記の謎についてひたすら喋り、謎の解明を行う話である。一見地味だがこの会話劇だけでこの2人のキャラクターは概ね掴める。

 折木くんは省エネ主義を掲げるほど怠惰を愛し、面倒なことを嫌う。けれど人が嫌いなわけではなく、大事な人のためであればなけなしの労力を振り絞れる人間だ。そして本作の探偵役であり、その推理力は高い。某サンデーの国民的探偵漫画、その83巻の裏表紙にも存在することから業界ではなかなか知名度も高かったりする。

 千反田さんは好奇心の化け物である。身麗しい女子に対して化け物は酷いと思うが、残念ながらこの指摘は概ね正しい。そして彼女の存在は非常に重要だ。物語の探偵が探偵であるためには必須なものがある。それはもちろん事件であり、解かれるべき謎だ。それらがなければ創作上の探偵は探偵なりえず、毒にも薬にもならない日常を過ごして彼らは生涯を終えるだろう。つまり、彼女は起点なのだ。その溢れる好奇心で謎を掴み、探偵に提示する物語の起点にして基点、それが千反田えるなのである。

 最後の理由はその短さだ。原作のページで36ページ。36ページの中で物語は始まり、終わりを迎える。アニメ19話にも同様な話が収録され、その時間は1話分の約24分である。初めてミステリーを読む人や文章を読むのが苦手な方でもうってつけの短さだ。そして完成度も高いのであれば言うことは無い。


きっとこの作品について語ろうと思えばまだまだ語れることは多い。しかしあえてここまでにしておこう。本文を読んで感想があればぜひ送ってほしい。1人でも多く、本作について語れる仲間ができれば私は嬉しく思う。


ちなみにアニメ版を見るときはエンドクレジットもぜひ見てほしい。物語を見終えた時、きっとあなたには中村悠一と佐藤聡美の名前がひどく疲れてそうに見えるだろうから。

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