第3話 調教その1(名前呼びと思わせぶり)

〔リン、やっぱりめっちゃ可愛い。でも、俺なんかが恋人になったら手のひらで転がされるんだろうな…w〕


〔リンちゃんみたいな顔と性格に生まれたかった!そしたら、自信もって男子と話せるんだろうなぁ…〕


〔何人もいるうちの1人でいいからリンの彼氏になりてぇーw視聴者は恋愛対象に入る?〕


リンの動画に書き込まれているコメントを読んでいると、彼女に憧れる女子や付き合いたいという願望を持つ男子の言葉で埋まっていた。

きっとこういうコメントを見て、余計申し訳なく思ってたりするんだろうな。

昨日の様子から見て、かなり真面目な感じだったし。


「さて、と…。一日目の課題は…」


リンの過去動画を漁る。

俺の恋愛知識は全てにおいてリンだ。

だから、リン自身に俺のリンから得た知識を教えこんでやろう。


そう思い、俺はひとつの動画をクリックした。

俺も勉強のし直し。

なんてたって、俺は推しの先生になってしまったのだから。


∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴


コール音が2回くらい鳴って、彼女は電話に出た。

俺はできるだけイケボになるように喉を整える。

いや、俺の底辺以下のイケボなんてリンには無効か?


「もしもし」


俺が呼びかけると、がたがたっという音がして吐息が聞こえてきた。


『も、もしもしっ!』


焦った様子と、やはり余裕のなさそうな声に俺はため息を吐いた。

昨日で俺には慣れたと思ってたのに…。

やはり、異性慣れを全くしていないリンにとってはたった2回きりの電話じゃダメみたいだ。


「なんか音したけど大丈夫か?」


『ぜ、全然平気でしっ!』


また噛んでるし…。

我が推しながら若干呆れる。

まあ、平気だって言ってるんだし深追いするのもかわいそうか。


「じゃあ、えっとさっそく始めるぞ?」


『よろしくお願いします!先生!!』


「おい、名前呼び、って言ったよな?」


Sっ気を謎に発動させた俺は緊張しまくりのリンに追い打ちをかける。

すると、リンはうっと息を詰まらせた後大きく息を吸い込んだ。


『よろしくお願いします…、悠斗…くん…?』


推しからの名前呼びははっきり言って最高だった。

スマホの向こうで小首をかしげている姿が目に浮かぶ。

やばい、ただのファンじゃ味わえないこの優越感。


ほかのファンに知られたら今頃俺なんかぼこぼこだろうな…。

でも、みんなリンはお前たちが思い描いているような恋愛上級者じゃねえよ。

初心者にすらなりきれてないくらいなのに。


「お、おう。その調子だ」


動揺を悟られないように、キャラは崩さない。

正直、俺の正気が保つかどうかも不安なところだな。

早いところ、切り上げなきゃどこかしらで俺の中のリンオタクな部分が出てきてしまいそうだ。


『はいっ!』


ほら、返事ひとつでこんなに可愛い。

俺の推し、やっぱ最強。

異性慣れしてないってなったらそれはそれで最高。


「ごほんっ。じゃあ、今日の課題は思わせぶり、だ」


自分を落ち着かせるために、咳払いをする。

今日の課題を発表すると、リンは反応を示す。


『それ、私の動画でも取り上げたことあります!』


そりゃそうだ、リンの動画から引っ張ってきた課題なんだから。

というのがバレたらこの師弟関係?も破綻しかねないので、その指摘はスルーする。

推しと電話出来るチャンス、最大限楽しんでやる。


「男は、単純な生き物。女子のちょっとした言動であれ、俺のこと好き?って思うものだ。そして、好意を向けられているかもしれないと思った途端その女子のことが気になり始めたりする」


俺は偉そうにまくし立てる。

全てリンの動画からの受け売りだ。

だがしかし、俺の推しは正直にふむふむと相槌を打っている。


『じゃあ、最初は思わせぶりな感じで相手を惹き付けるってことですか?』


リンの言葉に、俺はうん、とさも自分の知識のような返事をした。


「そうだ。何事も、最初が肝心」


こんなんでいいのだろうか。

正直、何の役にも立っていないような気がするだが…。

俺はただただ推しと通話できてウハウハなオタクじゃないか?


『やっぱり、恋愛マスターさんは違いますね!私の付け焼き刃な知識と違って、実感があるというか自信に満ち溢れているというか…』


違うんだぞ、俺の知識こそ付け焼き刃なんだぞ?

幻滅…するかな。

そう思いながらも、それが伝わらないように息遣いにすら気を使う。


「じゃ、じゃあ、今日のおさらい。行くぞ」


俺の言葉にリンはくすっと笑った。

何を思っての笑い!?

やっぱり俺が遊ばれてるだけなんじゃ…。


『はい!思わせぶりが大事ってことですね!!あと…今日通話してて思ったんですけど、悠斗くんって声、かっこいいですよね…』


「へ?」


『な、なんでもないですっ!おやすみなさい!!』


言い逃げするようにリンは通話を切った。

な、なんだ今の…。

俺の声がかっこいい…?


そりゃ多少、声を作ったというか喉を整えたりしたけれど。

それをわざわざ伝えてくれた…?

あいつ、恋愛スキルなんてなくても生まれつきの天然で…。

十分、思わせぶり、得意じゃねえか…!!









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る