第2話 恋愛マスターを調教?

「電話口では、相手のペースに持っていかれてはダメ!常に、自分が主導権を握っていないとねっ!」


―『え、えと…その…あ、ありがとうございまふっ』


「切るときは、余韻を残して。相手に、もう一度通話させたいと思わせるように!」


―ガシャンっ


「たとえ動揺しても、相手に動揺を見せちゃダメ。これは、恋愛だけじゃなくどんな相手にも。だよっ!」


―『い、言われたことに動揺して…ですね?スマホ、落としてしまって…。壊しちゃいました…』


ん?

動画で見てきたリンの声が、脳内を回る。

なんか動画で教えてた恋愛スキルが何も使えてなくないか?


違和感を抱いたまま、通話は続く。

一瞬だけ、ありえないような仮説が浮かんできたけれど首を振って打ち消す。

そんなわけ、ないだろ…。


『あの、もしもし…?』


こちらの様子を伺うような声。

これは明らかに…。

恋愛マスターらしからぬ、だよな…。


「もしかしてリンって、異性が苦手?」


俺の問いに、リンはヒッと息を飲んだ。

その反応は半ば肯定のようなもので、俺は驚きに押しつぶされそうだった。

恋愛マスターで数多の男をオトしてきたと思っていた推しはまさかの、男嫌い…?


『え、あの…その…』


言いよどむその声は言い訳を考えているようにしか聞こえなかった。

じゃあ、彼氏はいたことないのか?

恋愛経験もゼロに近い??


「怒らないから、言ってみろよ」


まるで妹にでも話しかけているような口調だった。

絶対に推しに対しての言葉遣いではない。

でも、今のリンに対してはその態度が一番効果的に思えた。


『そ、そうなんです…。あんなYou Tubeやっておきながら恋愛経験もゼロですし、彼氏なんかいたことないですし…。今も、めちゃくちゃ緊張してて…っ』


声が震えていて、緊張がダイレクトに伝わってくる。

最後の方なんか、涙ぐんでいるようにすら聞こえる。

ここでリンを責めるのはお門違いってやつだ。


「わかったから、安心して」


俺はリンを落ち着かせるようになるべく優しい声で話しかける。

すると、電話の向こうで深呼吸をする音が聞こえた。


『その…あなたは、異性慣れ…してますよね…?』


「へ?」


思いもよらないリンの言葉に素っ頓狂な声を出してしまった。

俺が異性慣れ…??

実生活ではほとんど異性との交流がない俺が?


『初めて話す私とも、普通に会話してますし…』


それはリンが慣れて無さすぎるから、俺が先導しなきゃという意識が働いているというか。

俺の恋愛スキルは全てリンの動画から吸収したものだしな…。

女子慣れは一切していないけれど。


『あの…無理なお願いだってわかってるんですけど…。私に恋愛スキルを教えてくれませんか?』


は?

俺がリンに恋愛スキルを…?

今まで先生として崇めていた存在にいきなり恋愛スキル伝授するの?


「いや、えっと、その…」


俺の戸惑う声に、リンはため息を吐いた。

異性と話すことに慣れていないリンにしたらこのお願いはとんでもなく勇気を出したものだったのかもしれない。

しかも、恋愛スキルをリンに教えるってことは…。


『何度か、電話してくれるだけで…いいんです。さすがにこんな形でお金もらってるのに視聴者さんに忍びないと言いますか…』


やっぱり何回かリンと電話できるんですね!?

そしてリンは真面目だなぁ…。

こんな推しと合法的に電話ができるチャンス、逃すオタクがいるか?


「いいぜ。俺がお前に恋愛スキル、教えてやるよ」


俺は髪の毛をかきあげながら、言った。

こうなったらやけくそだ。

どうにでもなれ、てか、どうにでもしてやれ!



『ほんとですか!?』


電話の向こうで目を輝かせているような気がする。

申し訳ないが、そこまで知識はないぞ…?

でも、ここで怯んだら負けだ。


「ただ教えるだけじゃ生ぬるいな。次の配信はいつしようと思ってる?」


俺は、謎の俺様キャラを保ちながらリンと会話する。

俺、なんでキャラ作ってるんだ?

絶対必要なかったよな?


『今週の金曜日…』


リンの返答に俺は、腕時計の日にちを確認する。

今日が月曜日だからあと4日…。

よし、これで行こう。


「じゃあ、次の配信までに本物の恋愛マスターになろうぜ」


俺は自らハードルを上げてしまっている気がする…。

という、どこか冷静な自分のツッコミは置いておいて、リンは気合いを入れるようにまた深呼吸をしているようだった。


『はい!よろしくお願いします…先生…?』


「俺、高2。確か、お前も高2だよな?悠斗でいいよ」


俺の言葉にリンは緊張したように声を固くした。

はて、どうしたのだろうか。

すると、リンは言いづらそうに声を絞り出した。


『な、名前はちょっとハードルが…』


まじで異性耐性がないんだな…。

名前呼びすらできないレベルなのか…。

俺は、ため息を吐いて口を開く。


「じゃあ、五十嵐。それが苗字だ。名前呼びは明日までの宿題な?」


『しゅ、宿題…!?』


こうして、俺と推しであるリンの謎の師弟関係が幕を開けた。

なぜ俺が、リンの先生になってしまったのか。

それは自分でもよくわかっていないけれど、まあ推しと通話ができるなんてそうそうないことなんだから堪能しようと不純なことを思った1日目だった。











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