第2話 10年前のあなたへ

何事もなかったかのように登校した。

あの北川裕樹とかいう転校生は何も言ってこない。多分何も気づいてない、覚えてないのだろう。


(良かった。)

心から安堵した。


「みなみ?」

忘れていた。友美を

昨日あんなことがあったから友美の顔を真っ直ぐ見れない。


「ああ。うん。何?」

煩わしい。鬱陶しい。ほっといてほしい。

この感情は一体何なのかよく分からなかった。

昨日の初めての経験。衝撃が多くて何も思い出せない。ただ腰が痛い。


「昨日大丈夫だった?」

昨日あんなことをしたのにそんな心配してもらう資格ない。


「うん。何も無かったよ。」


「何も?って?」


「ううん。何でも 友美は?大丈夫だった?」

(思ってもない心配。いつからこうなってしまったのだろうか)


「う、うん、まあね」


◇◇


一体昨日は何があったのだと言うんだ。

転校生、北川裕樹は悩んでいた。

乱れた服、裸の俺、人がいた痕跡。


「ああ、頭が痛い。」

「唯一覚えているのはあの柔軟剤の匂いか、

忘れないようにしないとな。いやほんとは覚えているのに、どうしてだろうか、頭が…」

(拒絶反応か?)



「おはよう〜みなみ」


「おはよう!」


(あれ、この匂いは…)


「おい、ちょっと来い。」

みなみの手を引っ張っていった。


「みなみ!」

友美が走って追いかけた。


「友美ちゃん!」

「一色さん!委員会のことなんだけど…」

「友美!他校のやつが友美の連絡先が欲しいとかなんとか」


(ちょっと、こんな時に限って。みなみが心配だわ…)



◇◇


「な、なんですか?」

(昨日のことがバレた?どうして?)


「お前昨日なにしていた?」

顔を近づけてきた。

(近い。冷や汗が止まらない)


「どこって…家ですけど?」


「いやその前だ」

「どうやら俺は記憶がないみたいで」


(記憶が無い…?なら安心ね)

「本屋に寄っていたわ」


「どこのだ?」


「交差点のところの」


「あそこは昨日休業日だが?」


(しまった。やってしまった…。

そんなこと把握してるなんて、)


「え、いや、あ、やっぱり本屋じゃなくて…」


ドンッ

壁に背中がぶつかった。


「本当のことを言え。」


(圧がすごい。背が高くて、それに鼻も高いし

近くで見ると意外と綺麗な顔ね)

「中庭でみなみと話してたの覚えてますよね?」


「ああ」


「それでみなみが帰ってわたしたちも一緒に途中まで帰りました」

(これでもう大丈夫だろう)


「どこに?」


「どこって、お互いの家ですよ」



「はぁ…。」


(?)


「あのなぁ、俺は覚えてないとは言ったが何も全て覚えてない訳では無い」

なぜだか北川裕樹の顔はニヤけていた。


「っってことは…」


「ああ、覚えているぞ」


「なんでっ」

(校門の前で目が合った時は平然としてたじゃない…!)


(あまり覚えていなかったが見つかってよかった。もう離さない。)

「折笠みなみだったか?」


「そうだけど…」


「困った時は知らないフリだ。」

自信満々な顔で北川裕樹はそう言った。


「知らないフリ…?」

(何を言っているのか分からない)


「ああ、そうだ。

知らないっていうのは強いんだ。それと同じように知らないフリもな。

知りたくなかったことを知ってしまう、それはとても辛いことだ。だがな、そんな時知らないフリさえすれば何も状況は変わることはない。

いいようにも悪いようにも」

どこか切なそうな顔でそう言った。


「でも今回は違ったな。

知りたいことを知ることが出来た。

はじめてだ。知らないフリをしていいことがあったのは。知れてよかったよ」

そういって北川裕樹はにっこり笑った。

今までで1番楽しそうだった。


「わたしも。」

思わず出てしまった

でもわたしには北川裕樹の言葉がよく分からなかった。知らないフリなんてなんでするのか、余計傷つくだけでは無いのか。いつかわかる日が来るのだろうか。

そんなことを考えながら10年後の自分へ手紙を書いた。



拝啓 10年後のあなたへ

知らないフリっていい事なんでしょうか?

わたしには分かりません。

でもわたしには大切なものができました。

はじめての感情でよく分からないけれど

ずっと大切にしていけたらいいなと思います。


10年前のわたしより




◇◇現在◇◇


「もう明日で10年ですね、裕太様」


「河野、おまえか。」


「お墓参りには行かれないのですか?」

秘書の河野はいつもこうだ。痛いところをついてくる。行かないのを分かってて。


「ああ、明日はみなみとの記念日だからな。

どこかディナーでも行こうかと。

予約を頼む。」


「かしこましりました。」



◇◇


「あ〜〜疲れた〜

部長ったらなんなのよ、会議でいちいちわたしの昔のミスを掘り返してくるなんて!

ふんっ!明日は休みだしどこか出かけるかあ〜」


ガチャッ

「ただいま〜っているわけないわよね」


急に明かりがついた。

「おかえり〜〜!!!」


「えっ裕太?」


「そうだよ、どこからどう見ても裕太だ」


「どうして?」

びっくりしたような顔でみなみは聞いた。


「だって明日は記念日じゃないか!結婚記念日」リビングには豪華な食事とケーキがあった。

「明日は昼間はどこか出かけて夜は食事でもしようか。」


「あははは!」

突然みなみは吹き出した。


「どうした?」

びっくりしたような顔で裕太は聞いた。


「えへへ、そうね。行きましょう

ただ、びっくりしちゃって。

契約結婚なのになんだか普通の夫婦みたいで」


「始まりは契約からでもいつかは本当の夫婦になれたらなと思っている」

真剣な顔で裕太は言った。


「き、今日はもうおやすみ!!」

顔が熱い気がした。



拝啓 10年前のあなたへ

今のわたしは10年前のわたしからみてどうですか?想像通りですか?違いますか?

でもわたしは多分幸せです。

あの時は分からなかった知らないフリ。

いいことなのか?悪いことなのか?

それは______。


10年後のわたしより



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