第37話  最終話


「えへへ、それでですね! お兄ちゃんはビックリしてベッドから転げ落ちたんですよ! もうドッキリ大成功も大成功でっ!」

「そう。よかったね。ちなみに小春ちゃん、その話これで三度目だけど──あっ」



 そのポニーテールの、まるで虚空を見つめる猫のように無表情な少女と、俺の目があった。

 

「…………」

「…………」


 両者の間に沈黙が流れる。

 気まずい、というよりなんて声を掛けたらいいのかわからず、俺たちはお互いに黙ってしまった。


「おぉ、小春」

「あっお兄ちゃん!」


 そんな静寂を破ったのは、彼女の隣にいた少女と、俺の隣にいた少年だった。

 確か海夜と小春と呼ばれたこの少女は、二人で兄妹なんだったか。

 おそらく重度のシスコンなのか、海夜は聞いてもいないのによく妹の小春ちゃんの話をしている。

 

「小春おまえ、今日もにくっ付いてたのか?」

「うん。インちゃん先輩おもしろいから!」


 俺と無表情な少女──火路インを置いて、海夜兄妹は二人で会話をしながら昇降口を去っていく。

 そしてその場に残されたのは、互いにまだ一言も会話をしていない俺とインのみだった。


 

 ……そういえば、あの小春ちゃんって女の子は一つ下の後輩で、インと同じコンビニでバイトをしているんだったっけ。


 あのゲームが終わって以来、女の体になってしまったインだったが、先ほどの小春ちゃんのように交友関係自体は以前よりも増えたように思える。

 女と化したことで異性になった俺とは少し距離が離れ、それが幸いしたのかは分からないが、彼女は端的に言って『ぼっち』を卒業した。

 

 性別が変わった事に関しては未知の奇病ということで片づき、あれから一ヵ月が経過しているという事もあり、クラスメイトたちもインにはだいぶ慣れた感じだ。

 無表情なのも一種の個性になっていて、彼女は美少女無表情っ娘ということで、密かに人気者になっているらしい。


 また元男ということもあって男子とは無意識に距離感が近くなっており、クラスメイトの中には肩が触れたり顔を近づけられたりしてガチ恋しちゃった男の子もいるとかいないとか。イン曰く一応告白とかはまだされてないらしいが。 


 まぁ、そんなこんなで、とりあえずは丸く収まっている。


 彼女との接し方が少し変わってしまい悪戦苦闘している俺以外は。



「……コウ」

「ひゃいっ!」

「……おはよ」

「ぉっ、おぉ。おはよう……」


 何だこりゃ。こんなはずでは……。

 いや、なんというか、元々親友でめちゃくちゃ距離感が近かったせいか、逆にいろいろと意識してしまうというか、普段通りにしようとしてカラ回っちゃうというか。


「ほら、教室いこ」

「お、おう」


 ギクシャクしつつ、二人並んで廊下を歩いていく。

 

「……」

「……っ」


 会話がない。俺たちってこんなんだったか?

 くそっ、いつまでもこれじゃあダメだ。

 お互いに中身は男だが、ここは外側も男のままな俺から何とかするべきだろう。


 よし話しかけるぞ。とりあえず天気の話でも──



「ねぇ、コウ」



 ──俺が口を開く前に彼女が喋り、喉まで出かかった言葉を自然と飲み込んでしまった。

 気がつけば俺たちは、人気のない廊下の隅っこに立っていた。

 どうやら会話の内容を考えるあまり前が見えなくなって、ただインの後ろを付いていってたらしい。

 そして彼女が立ち止まった事で、俺もその場で立ち往生してしまう。


「ど、どうした?」


 俺が聞き返すと、インは自分の服の胸元をギュウと握り込んで、上目遣いで此方を見つめた。

 昇降口の時のように、再び視線が交錯している。


 ──チャイムが鳴り響いた。

 

 俺たちは時間内に登校できたにもかかわらず、現時点をもって遅刻者となってしまった。

 しかしそんなことは気にも留めず、俺はインを、インは俺の瞳を注視している。


 そしてついに、インはその口を開く。




「私のこと、女として……みれる?」



 

 ──言葉に詰まった。


 彼女の言っている言葉を、一瞬で理解することが出来なかった。

 たしかに氷の様な無表情なのに、その白皙の頬をわずかに赤らめて、彼女が俺にそう問うたのだ。


「っ……」


 すぐに返事ができない。

 だがインは急かさず、なにより俺から目を離さずジッとそのまま待っている。

 答えは急がせないが、答えなければ解放しない──そういう事なのかもしれない。


 今一度、よく考えてみなければいけないのか。

 インと共にこの世界へ戻ってきてから、ずっと無意識に考えないようにしていたことを、ここで言葉にしなければならないのか。


 いま目の前にいる親友は、以前と違う体になっていて、もはや『彼』が『彼女』になってしまった事実を否定することは出来ない。

 正真正銘、インは女だ。十数年間男の親友だった彼は、女になってしまったのだ。 

 性別が変わった事に関しては否定しようのない事実──だが、インが聞きたいことは、きっとそんなことじゃない。


 俺がどう見ているのか。

 インをどういう目で見ているのか。

 彼女を元男の親友ではなく、一人の女の子として認めることが出来るのか。




 ……そんなこと言われたってわかんねぇよ。

 インは何て言ってほしいんだ。どんな答えを求めてんだ。

 昔のように、昔のまま、ただ男の親友として見ていて欲しいのか。

 それとも変わった自分を、そのまま俺に受け入れてほしいのか。


 分からない。

 彼女の求める答えを、寸分の狂いなく与えることは、きっと今の俺にはできないのだろう。



 だから、面倒くさいことを考えるのはここまでにして。


 俺はただ、自分の心に従い、ただ正直に答えることにした。



「えっと……み、見れる」


 

 ただの親友ではなく、一人の女の子として見れる、と。


 そんな自信なさげな、それでも自分の心を偽らないで答えた俺の言葉を聞いて、インは一瞬目を見開いて。

 一歩詰め寄って。

 俺とのをもう一歩だけ近づけて、彼女は再び口を開く。


「ほんと?」

「ぉ、おう。ほんとだ」

「ほんとにほんと?」

「くどいぞ。二言はない」



「…………ふーん」



 納得したようにそう呟いたインは一歩離れ、無表情だったはずの表情をほんの少し、よく見なければ分からないくらい──ほんの僅かに崩して笑った。


「それなら、いい」


 ……。


 ん?

 それならいい、ってどういうことだ?


「コウの周りには、かわいい子がいっぱいいるよね」

「そ……そう、だな? そうかな……?」


 しどろもどろになりながら、自信なさげにそう言うと。


「だったら、今はそれだけ聞ければ十分」

「十分って……それでいいのか?」

「うん。それでいい。


 



 、ね」




 一人納得した様子のインは、俺の横を通って教室へと向かっていく。

 何がなんだか分からないがとりあえずインは満足してくれたらしいので、俺もこれ以上考えるのはやめよう。


 ……いや、うん。

 まさか、な。



「待てよイン! お互い遅刻してんだから一緒にさぁ!」

「やだ。後からコウが入ってくれば、それより早かった私の方があんまり怒られない」

「そうか!? ソレたぶん変わんないんじゃ──おい置いてくなって!」



 自分が何かとんでもない事を言ったような気がしつつも、それを気のせいだと飲み込んで。


 今はまだとの関係性は、お互いの認識は何も変わっていないのだと、そう思い込んで。



 同じ遅刻者のくせに抜け駆けしようとする親友を道連れにするべく、俺は先を走る少女を必死になって追いかけるのだった。



============


これにて完結になります。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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R18しか許されない世界で生き残る方法 バリ茶 @kamenraida

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