第33話
今回のゲームの内容は実にシンプルだ。
転送して訪れたこの懐かしき抜きゲーみたいな世界で、NTRのメンバーこと式上桃彩先輩とサキュバスのムチ子を連れた状態で刺客たちから逃走し、最終的には学園の中にあるNTRの基地に辿り着ければゲームクリア、というのがこのゲームの大まかな流れである。
しかし、それはあくまでもインに課せられたクリア課題。
俺はそこからさらにイン本人を保護しつつ、ウサギ悪魔の放つ刺客全員を”撃破”してからゴールの基地に足を踏み入れなければならないのだ。
そう、逃走ではなく闘争。
この闇のゲームをクリアするのではなく破壊するのが俺の役目だ。
決して臆さず、クマの望み通り全てをぶっ壊してみせよう。
NTRの二人を俺の世界に招き入れ、何より悪魔にハメられてしまった親友を守るために。
そのためなら俺はどんな敵とだって戦えるし、何者にも後れを取ることはない。
「っ! あそこにいるのは……っ!」
転送された場所は、意地の悪いことに学園から遠く離れた駅だった。
そこから出発して街の道路を駆け走っていると、目と鼻の先にいる人々の集団が目に入った。
そしてその集団の中央には、見覚えのある人影ある。
「退けェーいっ!」
中心にいる人物が集団に囲まれてリンチされる寸前だという状況を理解した瞬間、俺は背中に装着してあるフライパンを手に取り、
「おいっ、大丈夫か!」
フライパンで周囲の敵を牽制しつつ、両膝をついて痛む右肩を押さえているその少女に手を差し伸べる。
「しっかりしろムチ子っ!」
俺が彼女の名前を口にした瞬間、少女は顔を上げて俺の姿を視認し、目を丸くしながら口を開いた。
「あっ……アンタ、どうして……っ!?」
驚くのも無理はないが、敵に囲まれているこの状況では悠長に話をする暇などありはしない。
とにかく一旦戦線離脱をしなければ。
「いいからまず逃げるぞ! フライパン・ショット!」
フライパンを正面にぶん投げて敵を吹っ飛ばすと、その人物が倒れ込んできた影響で後続の人間たちも巻き込まれて転倒していく。まるでドミノ倒しだ。
急いでフライパンを回収して背中に装着し、負傷していて動けないムチ子を横抱きする。
「ひゃっ! なっ、なんでお姫さま抱っこなのよ!?」
「うるせぇ文句いうな! ちゃんと掴まってろッ!」
訳が分からず狼狽しっぱなしのムチ子を半ば強引に黙らせ、俺はその場を駆け出した。
★
悪魔のゲームで鍛えられた俺の健脚に追いつけるものなど存在せず、ムチ子を抱えたままでも逃走は余裕だった。
今はとあるビルの裏手に隠れ、ムチ子を下ろして座らせたところだ。
「大丈夫か、ムチ子」
「えぇ……まぁ。おかげさまでね」
壁に背を預けて腰を下ろしたムチ子はよく見れば傷だらけだ。
体の至るところに擦り傷や打撲の跡が散見される。
余程辛い状態での逃走を続けていたのだと思うと、自分がゲームクリアをして目の前から消えた事実を思い出してやるせなくなる。
「本当にすまない。お前たちを置いて……この世界を去ってしまって」
「そんなの気にしてないわよ。アタシたちも納得してたことだし……ていうか、またわざわざこの世界に戻ってきた事のほうが驚きなんですけど」
ムチ子には道中走りながら事情を簡潔に説明した。
そして逆にムチ子たちの今の状況も詳しく聞かせてもらっている。
俺が彼女らの前から姿を消したその後、二人はなんとか命からがらその場から離脱することが出来て。
それから一週間の間は息をひそめてひっそりと生活していたのだが、インのゲームが始まった影響でこの世界の”式上先輩の敵”である人たちの動きが活発化してしまい、二人は再び往来に逃げ回らなければならなくなってしまったらしい。
そしてムチ子と式上先輩は途中で追い詰められてしまい、この困ったサキュバスちゃんは先輩を守るために敢えて自分が囮になりやがったのだ。
危険を顧みず仲間を庇える強さがある一方で、自らの安全を思考の外に置いている一種の危うさもあるため、ムチ子がこれ以上の無茶をする前に助け出せて本当に良かった。
逃げてる途中に水と包帯と絆創膏は確保したので、とりあえずムチ子を介抱しよう。
腕や膝の擦り傷は放ってはおけないし、他の箇所も応急処置を──
「……ぉ?」
ボロボロなサキュバスの服を脱がせてムチ子の背中を濡らしたハンカチで拭いていると、そこには二つの黒い羽根があった。
一つは傷だらけでボロボロな羽根。
そしてもう一つは──根元から千切れている。
「むっムチ子ぉっ!?」
「うわビックリした……なに、どうかした?」
「いやっ、えっ……おまっ、はねっ! 羽、ちぎれてぇ……ッ!?」
動揺しながらも制服の上着を脱いでそれをムチ子に着せた。
これで多少は目のやり場に困らない──ってそんなことより。
ムチ子の羽が千切られている。傷口は塞がっててグロいことにはなってなかったけど、サキュバスにとって大切な部位である羽根がもがれていた。
何だヤバイなにがあったどんなに野蛮で乱暴な事をされたんだお前ムチ子おまえ。
「どっどど、どどどどういう!? だいじょぶなのか!? いたくないのかっ!?」
「大袈裟ね……。心配しなくても平気よ。だいたい魔力が回復すれば羽根だって元通りになるし」
あっ、治るのか……。よかった……。
「……アンタの魔力が吸えれば、羽根とか他のある程度の怪我も治るけど」
「本当か! よし、では吸うがよい。お腹いっぱいになるまで吸え」
「へ? ……ぃ、いや、冗談よ、冗談。前にも教えたけど、魔力を吸うってことはその源である精巣の中のアレを吸い出して経口摂取するってことよ? アンタはそんなえっちな行為嫌いでしょうが」
何を言うか。もちろん女の子と爛れた関係を築いたり、恋人でもないのにえっちな事をするのは良くないことだが、現実に仲間の怪我を治すためだったら喜んで引き受けるに決まっているだろう。
NTRのメンバーの為だったら俺は何でもできるぞ。
「ムチ子を治すためだったら俺は構わない」
「えっ……」
「だいたい爆発する呪いとかもう無いし。というか精液吸い出すだけであの怪我が治るんなら喜んで──」
「ちょっ、ちょっとまって!? アンタなんか吹っ切れすぎてない!?」
何でお前が顔を赤くして怖気づいてんだよ。
本当にサキュバスかお前。
いいかムチ子。俺は並の覚悟で助けに来たわけじゃない。
俺がこれからやるのはNTR全員の救出と凶悪な敵たちの撃破だ。
それらを成し遂げるためだったら、いまさら恥ずかしい事だろうが何だろうが悉くやってやるって話しなんだよ。
「俺の精液が必要なんだろ! 逃げるなっ!」
「ひえぇ……! ちょ、いい! 別にいいって! 自然にちょっとずつ回復するから!」
「んなまどろっこしい事してる場合か! 俺のを飲めば回復するんだろ! 飲めッ!!」
「ぎゃあ! ちょっ、なにズボンに手ぇかけてんのよ!? やめっ、チャックおろさないで!!」
まさかこの世界で童貞ムーブかましまくってた俺のせいで、ムチ子まで生娘になってしまったのか?
くっ、俺はなんという過ちを……ッ!
「遠慮するなムチ子! ちゃんと目を開けろ! 顔から手をどかせ! ホラッ!!」
「やーめーてぇ!! ……あっ、ばかっ、手を掴むな! ナニ触らせようとしてんのよ!? やめっ、やめろぉー!!」
「お前を治すためだろうが!!!」
「そんなのいらないわよバカぁっ!!」
「ブベっ!!?」
この感じめっちゃ懐かしい!
「ぁっ……ご、ごめん」
「……いや、ナイスパンチだったぜ」
「マゾなの?」
「断じてちげぇよ!」
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