第21話
勝利宣言と共に勢いよく悪魔との通話をブチ切り、一旦家の中へと帰還して。
二階にいるインのもとへ向かい、彼女に諸々の事情を説明すると、インは焦って俺を押し倒してきた。
『まさかいま催眠を掛けようとしてるんじゃ』なんて言っていたし、相当焦っていたのだろう。
もし式上先輩の催眠術を使って今すぐにクリアできるのだとしても、インは『今はクリアしない』と言って譲らなかった。
どうやら俺の親友は、クリア条件であるバレンタインデーまで俺をサポートし続けるつもりらしい。
そんな彼女の好意を笑顔で受け取りつつ、俺たちは一階の居間へと向かった。
そこにいる式上先輩に聞かなきゃいけないことが山積みだからだ。
リビングへ到着すると、先輩はムチ子と並んでソファに座ってお茶を飲んでいた。二人ともマスコットみたいでかわいい。
とりあえず俺たちもお茶を貰いつつ、事の顛末を全て先輩に話した。
そして期待を胸に待っていた式上先輩からの第一声は──
「……ごめん、無理」
──まるで予想していなかった返答であった。
簡潔にまとめると、式上先輩の催眠術は『相手から見た対象が式上先輩本人である場合にのみ発動する催眠』という限定的なものだった。
つまり合法ロリ先輩が俺にオナホだと認識させることが出来る人間は、彼女本人しかいないという事だったのだ。
催眠の基本である『相手を眠らせること』以外の彼女の催眠は、使う状況が限られているものばかり。
俺が期待していた、インと性行為そのものをせずに俺とセックスしたと思い込ませるような催眠、なんてのは夢のまた夢で。
それどころか俺にインをオナホだと思い込ませることすらできない事実が発覚し、俺とインは押し黙ってしまった。
「ふっ、二人ともごめんね!」
「……いえ、先輩が謝るようなことじゃ……うぐぐ」
しかし、やはり悔しい。あれだけ悪魔に啖呵を切ってクリアすると嘯いておきながら、状況は手詰まりだ。
これは……そうだな。都合よく式上先輩にだけ頼ろうとした俺への罰だ。
彼女はここまで発明ガジェットやら催眠やらで、何度も何度も俺たちを救ってくれた。
見返りを求めることなくずっと真摯に俺たちを助け続けてきてくれた先輩に、最後の最後まで頼り切りではいけないんだ。
あくまで先輩がしてくれるのはサポート。
そこから先は──俺自身が道を切り拓くべきだ。
「式上先輩、頼みがあります」
「え? ……んんっ。──うん、聞こう」
咳払いを一つ。先輩は真剣な表情に切り替わる。
「俺に……催眠術を教えてくださいっ!」
★
話によると、式上先輩の催眠術はほぼ独学とのことだった。
この世界では激やばな催眠術こそ横行しているものの、催眠術師たちがそれぞれ手の内を明かそうとしないため、技術の共有はほとんどされていないらしい。
必要以上に利益を求めず、自らの性の欲望の為だけに術を使う──それが催眠術師だと先輩は語る。
先輩にも一応催眠術の師に当たる人物がいたらしく、その人物が残したノートと過去の催眠術の文献を合わせて研究した結果生み出したのが、先輩の五円玉を使った『
他の催眠術に比べて即効性が高く、また効果も術者が操作しない限り解除されない優れもの。
そんな桃彩式催眠術を習得してゲームをクリアするため、彼女に弟子入りを志願したあの日から、俺の壮絶な修行の日々が幕を開けたのであった。
目指す催眠術は『行為をせずにインに俺とセックスしたと思い込ませる』というものだ。
桃彩式催眠術は相手から見た場合の対象が自分である必要があるため、俺がインに催眠を掛けなければいけない。
故に先輩と催眠術のグレードアップを研究しつつ、俺自身も催眠術を覚える必要があるため、催眠術習得の修行に日々明け暮れるのであった。
「ゆーらゆーら」
「うっぐ……ぐぬぬぬ……っ」
「今日からボクは君のママだよ~。ほら甘えておいで~」
「うううぅぅぅぅっぐぉぉぉぉ……っ!」
まずは催眠に耐える特訓から。
催眠は五円玉に自分の意思を乗せ続けなければならないため、相手に見せる五円玉からも目を離してはいけない。
そのため基本としてはまず自分の催眠に掛からないようにしなければいけないのだ。
時刻は夕方。場所は学園内にあるNTRの基地だ。
弟子入りしてから一週間が経過しているため今は夏休み中だが、式上先輩が所属している科学部の顧問を通じて校内使用の許可を貰い。
今はまだ催眠術そのものが使えないため、式上先輩の威力が低めな催眠術で耐性を付ける特訓をしている最中である
「赤ちゃんに戻っていいんだよ~。ボクのおっぱいちゅーちゅーしようね~」
「こっ、このママガキ……ッ! 俺はそんな安い催眠には負けママァ~♪」
「わわっ!」
あれ?
「おっぱい吸われるぅ~! ムチ子くんヘルプ!」
「はいはい──っと」
「ブベッ!」
情けないことに式上先輩の催眠に掛かってしまった俺を、人間の姿に変装してるムチ子がビンタをすることで正気に戻す。
これを何度か繰り返しているのだが、如何せんムチ子のビンタの威力が強すぎて、催眠に耐える以前に意識が朦朧としてきた。
赤髪の少女の姿になったはいいものの、力は相変わらずの魔物級だ。アゴ外れちゃう……。
「む、ムチ子ぉ……もうちょい手加減できねぇ……?」
「手加減したら催眠が解けないじゃない。殴られたくなかったら、頑張って催眠に耐えなさいよ。私だって殴りたくないし」
スパルタだよぅ……つらいよぅ……。
「コウ、大丈夫?」
「あっ……イン」
頬の痛みでフラフラしていると、黒髪ポニーテールの無表情っ娘が、タオルとスポーツドリンクを手渡してくれた。
タオルはお湯に浸してから絞ったのか、顔を拭くとじんわりとした温かさを感じられて、心地よい安心感を覚えた。
あれから感情が落ち着いたインはまた人形のごとく表情がなくなってしまったのだが、以前にも増して調子が良くなったように思える。
具体的に言うと身振り手振りなどのボディランゲージが積極的になった。
これからはちゃんと感情を読み取ってもらえるように努力する……とのことらしい。
無表情のまま必死に体を動かす姿を見ていると、なんだか此方まで元気になってくる。
「ありがとな、イン」
「ううん、私にできることがあったら何でも言って」
心強い味方だ。今も俺が頑張れているのは、ひとえにインの存在があってこそだろうと実感する。
特訓中は先輩もムチ子も厳しめだからか、優しく介抱してくれるインの優しさが体全体に染み渡るぜ。
「今なんでもするって言った?」
「そこまでは言ってない」
言ってなかったかぁ。
「……後輩君の集中力が落ちてきてるね。今日はここまでにしとこうか」
目に見えて疲弊している俺の様子を見かねた式上先輩の一言で、とりあえず今日の催眠術の特訓は終了した。
弟子入りしてから一週間が経過しているが、今のところはまだ成果が見られない。
まぁバレンタインデーまではまだ半年以上あるし、焦りは禁物だ。努力こそすれ、無茶はしない。
家に引きこもってたら頼んでもないおっぱいデリバリーが来たり、コンビニで飯を買ったら『お弁当のついでにおちんちんも温めますか?』とか聞かれるこの抜きゲーみたいな世界では、体力や体調を一定以上保っていないと危険なのだ。ここでの基本戦略は逃走だから。
「さて、このあとはアレだね」
基地の中で帰り支度を始めている途中で先輩がそんなこと言い、俺の肩がビクンと跳ねた。
動揺を隠すように唾を飲み込む俺とは正反対に、ムチ子とインは当たり前のように先輩の言葉に頷く。
アレ……アレかぁ。今日もやるのか……。
心の中で嘆息を吐きつつ、俺は先行する女子三人にしぶしぶ付いていくのだった。
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