第7話



 されるがままその相手に付いていけば、いつの間にか煙が晴れて、視界が明瞭になっていく。

 周囲を確認すると、今いる場所は階段の踊り場。

 壁にある階層表示を確認する。

 2F-3F とあるので、ここは二階と三階の間の踊り場のようだ。 

 そして目の前には、俺と手を繋いでいる、ゴーグルをつけた学生服の少女がいる。

 状況を鑑みるに、どうやら彼女が俺を助けてくれたらしい。

 日本人然とした黒く艶やかな髪のポニーテール。

 ゴーグルを首の下にずらしたことで見えた、伏し目がちで瞼が半分しか開いていない、いかにも眠そうな黒色の瞳。

 なによりまるでビスクドールのように、造形が整いすぎて人形染みている全く変わらない無表情なその顔に、俺は見覚えがあった。


「きみは……」

「久しぶり」

「あ、あぁ。久しぶり。……というか、助けてくれてありがとう」

「……ん」

 

 とても淡々として、悪く言えば不愛想なその態度を前にして、彼女に対して適切なコミュニケーションが取れているのか不安になってくる。

 彼女は以前、気絶した俺と催眠術使いのロリ先輩を保健室まで運んでくれた人だ。

 あれ以降滅多に顔を合わせることが出来ず、此方からアプローチを掛けようとすると、毎回エロイベントに邪魔されてしまっていた。 

 こうして顔を合わせるのは数ヵ月ぶり。 

 彼女の言う通り、本当に久しぶりだ。

 ……そういや名前すら知らない。


「了解」

「……へっ?」

「ついてきて」

「えっ、ちょっ」


 再び俺の手を握って先行する少女。

 向かう先は上の階のようだが。

 というか何で俺の事助けてくれるんだ。

 あと、どうして俺の間近にいるのに、フェロモンが効いてないんだ?


「あ、あの! 状況がよく分からないんだけど!」

「このまま止まってると、二十秒後に接敵する。

 三階は発情女子たちで渋滞してるから、一気に四階まで向かう」

「接敵って……」


 少女は少し先の予測や、階層の状況まで把握している。

 いったい何者なのか──それは分からないが、少なくとも今は彼女に協力してもらうことに決めた。

 このまま闇雲に逃げ回っても、先ほどの青城のように死角からの攻撃をされたら詰む。

 それに手を引いてくれているこの少女と違って、俺は階層ごとの状況把握が出来ていないため、逃げた先で集団に出くわしてゲームオーバーになる可能性も否定できない。


 ともかくここは彼女を信じる。

 青城という、この世界では比較的常識人だと思っていた人間に裏切られたばかりの昨日の今日で、またこの世界の住人に頼るなんて、おかしな話だとは思う。


 それでも、俺は人を信じることをやめたくない。

 この少女からは、助けるふりをしてどこかに連れ込んで俺を独占しようだとか、そんな邪な感情は見えてこない。

 ……そもそも無表情すぎて普通の感情すら見えないのだが、それはそれとして俺のフェロモンが効いていないのは一目で解るし、襲われる心配はないと思われる。

 

「止まって」


 廊下を走っていると、少女がいきなり足を止めた。

 そのまま彼女につられる形で、空き教室の影に隠れる。


「どうした?」

「前方の理科室で二人待ち伏せしてる」

「マジか……何で分かるんだ?」


 俺の質問に、少女は指で自分の耳をつつくことで答えた。

 よく見てみれば、彼女の左耳にはインカムであろう片耳イヤホンが装着されている。

 

「もしかして……誰かから指示を?」

「うん。もう一人味方がいる。

 ……よいしょっ」


 返事をしつつ、彼女はポケットから小型のラジコンを取り出した。

 車体の上には奇妙な装置が取り付けられている。


「それは?」

「囮用ラジコンカー、通称オトリくん。

 上にくっ付いてる投影装置で、コウのホログラムを映しながら走行させることで敵を欺く」

「そりゃまた便利な──って」


 待て待て。

 いま、コウって言ったか?

 俺はコウ。名前が主陣鋼しゅじんコウだ。

 この世界に来てからは、皆に苗字でしか呼ばれてなかったし、友達の中でも俺を下の名前で呼んでたやつは、たった一人しかいない。

 それに、この少女とは名前で呼ばれるほどの交流関係はなかったはずだ。


「きみ……俺の名前を知ってるのか?」

「詳しいことは後で話す。まずは避難を」

「……わかった」


 この際細かいことは後回しだ。

 今は無事に逃げ切ることが先決だろう。


「オトリくんを走らせるから、待ち伏せしてる二人がそっちに気を取られた隙に、背後を潜って一気に通り抜ける」

「了解だ。出るときは合図が欲しい」

「じゃあ、カウントダウンをするから。

 ゼロで出発」


 よし、ゼロで一気に駆け抜けるぞ。


「オトリくん、発進」


 少女が手を離すと、小型ラジコンカーが勢いよく廊下を爆走し始めた。

 そしてラジコンの上部に設置された投影装置から、走っている俺の姿を模したホログラムが映し出される。

 走る映像と車の速度を調整しながら、ラジコンが目の前の教室を通り過ぎると──


「おちんぽだァッ!!」

「そのおチンポは私のものよッ!!」


 獲物が釣れたようで、女子二人がラジコンに向かって吶喊していく。

 俺は別におちんぽでも何でもないのだが、ともかく全然ホログラムだってバレてない。

 煙幕といいラジコンといい、この少女の不思議な道具の数々はどれも優秀だ。

 オトリくんが頑張ってる今のうちに行くべきか。


「さん……にぃ……いち」


 そんなゆっくりカウントする意味ある?


「──ゼロ。ゼロッ、ぜろっ、ぜろ……っ!」

「なんでそんな連呼するの!?」

「いくよ。早く」

「ちょっ、待って! きみの行動を読めない俺が悪いのか!?」


 不思議っ娘であることが確定した少女を追いかけ、廊下を駆け抜ける。

 待ち伏せしていた女子たちは、教室の中に入ってグルグルしているラジコンに翻弄されているため、俺たちに気がつくことはないようだ。



「おーい! こっちこっちーっ!」



 すると、廊下の一番奥にある小さい準備室の扉が開き、そこから一人の女子が出てきて手を振ってきた。

 背丈はかなり低くて、袖が余っていて完全に体のサイズに合っていないブカブカの白衣を着ていて、童顔な顔立ちでめっちゃ目立つピンク色の髪をしたあの少女は──!


「ロリ先輩っ!?」


 思わず声に出た。

 彼女は以前、俺に催眠術をかけて性行為をさせたその人だ。

 あの時は何故か残機は減らなかったが──よく分からないけど今はいい。

 

「あの人がもう一人の味方なのか!」

「そう……っ。それで、あそこの……ぜぇっ、じゅ、準備室が、秘密基地……はぁっ」


 これまでの逃走でかなり体力を消費してしまっていたのか、息も絶え絶えな少女。

 明らかに彼女の走るスピードが落ちていたため、俺は少女の手を掴んで、ロリ先輩が手招きしている準備室へと突っ込んだのだった。


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