第6話



 どうやら俺からは、無条件で女性を発情させるフェロモンが肉体から発されているらしい。

 それもこの世界に来てから数ヵ月が経過したここ最近になって、より濃くより広範囲に広がるという嬉しくない進化を遂げているとのことだった。


 完全に死活問題なので二回目のヘルプを使って助言をもらったところ、それは常時発動してるわけではなく、時間経過のランダムであることが判明した。

 青城集団に襲われるまでの三ヶ月弱を生き残れたのは、まだフェロモン発生の回数が少なく効果範囲が狭かったおかげだったようだ。


 というわけで、発情フェロモン問題をカバーする為の道具を用意した。

 座って授業を受けている今の俺が付けている、この腕時計だ。

 名前はハツジョーくん。

 俺の体から発情フェロモンが発され始めると、この腕時計の時計盤が赤く点滅する仕組みになっている。

 これは一回限りの直接的な手助けということで、悪魔のクマからプレゼントされたものだ。

 ありがたく使わせてもらおう。


(まだ光ってないな……)


 今は4限目。この調子でいけば、なんとかお昼ご飯は平和に食べられそうだ。

 昼休みに発情フェロモンが発されてしまえば、俺だけでなく周囲の女子たちにも迷惑をかけてしまう。

 二日目に出てきたあの変態天使などと違って、暴走した青城や他のクラスメイトたちは、フェロモンに脳がやられただけであって、好きで発情しているわけじゃない。


 あのフェロモンで発情してしまうと自分が抑えられなくなり、その暴走状態に陥っている時の記憶もすべて残らないため、少女たちからすればいつの間にか知らない場所でスゲェ疲弊していたとかいう不可思議現象に巻き込まれている形になってしまう。


 これは俺だけじゃなく、彼女たちの為のケアでもあるのだ。

 幸いゲームの仕様上、授業中だけは絶対にフェロモンが出ないらしいので、今のうちに逃走経路を頭の中で組み立てておかねば。


「はい、じゃあ今日はここまで。

 明日までに42ページの設問終わらせとけよー」


 教師が教壇を降りると同時に、教室中にチャイムが鳴り響いた。

 各々クラスメイトたちは席を立ったり、弁当箱を広げるなどしている。

 そんないつも通りののどかな風景を眺めつつ、チラリと視線を腕時計に落としてみた。

 流石に授業が終わった瞬間からフェロモンが出るなんてことは無いだろうが、一応の確認だ。



 ──あっやべ。



「……ね、ねぇ。なんか主陣くんから良い匂いしない?」

「あれっ、アンタも? 私もなんかそんな気がしてて……」

「本能的にそそられるような……具体的に言うと下腹部の一部がものすっごくうずいちゃう様な、股の間のアレが大洪水起こしちゃって今すぐ襲いたくなるようなそんなえっちな匂いが──」


 逃げろーっ!!!


「ガタッ」

「まって主陣くん!!」

「もっと匂い嗅がせてぇ!」


 即座に教室をダイナミック退室し、床を転がりながら逃げ道を脳内で構築しつつ立ち上がって駆け出す。

 校内の外、つまり校庭などに出ると大勢に囲まれて逃げ場が無くなってしまう。

 この場合は分かれ道や階層が多い校舎内を逃げるべきだろう。


「すまないクラスメイトたち……!」


 発情させてしまって申し訳ない気持ちを抑え込んで前に進む。

 謝罪は後だ。今はとにかく逃げなければ。

 捕縛されたら最後、オラは本当に死んでしまう。やっべぇぞ。

 俺のクラスの教室は三階。

 この校舎は四階まであってその上が屋上だ。

 まずは上にも下にも道がある二階へ避難しよう。


「なっ、南の階段が封鎖されている! まさか既に他のクラスの女子たちも……!?」


 本来降りようと思っていた階段が、まるでゾンビのように溢れかえる女子たちで埋め尽くされていた。


「これマジか……? フェロモンが強化されただけで一気に無理ゲーになりやがった……」


 俺のフェロモンの拡散スピードがヤバすぎる。もう今までのようながむしゃらな逃げ方は通用しないかもしれない。

 とりあえず階段は降りることなくはそのまま通り過ぎ、廊下の最奥にある非常階段で二階へと向かうことにした。


「非常階段のゴールは女子たちが待ち構えてるのか……やっぱり、校舎に戻るしかない」


 階段から身を乗り出して下を見ることで状況を把握し、一気に二階まで駆け下りてから、再び校舎の中へと戻る。

 幸いにも二階の廊下は人が少ないようだ。

 数少ない男子生徒たちも女子の波に巻き込まれていないし、二階は全体的に落ち着いている。

 よし、このまま進んでどこかの空き教室に──


「っ!?」


 横から誰かが飛びかかってきた!


「ぉわっ、ぁ──いてっ!」


 バランスを崩して仰向けに転倒してしまう俺。

 不意打ちとはなんと卑怯な。

 いったいどこの誰だ……って!


「青城っ!?」

「つーかまーえたっ♡」


 突然不意打ちで押し倒してきた輩の正体は、先日俺をハメた青髪の少女こと青城だった。

 馬乗りになって更に手首まで拘束され、身動きが取れなくなってしまう。

 

「やめてくれ青城! きみは俺の特殊なフェロモンに当てられてるだけなんだ!

 ドスケベしたい今の気持ちは、きみの本心じゃない!」

「そんなことよりえっちしよ?」

「ぜんぜん聞いてねぇし……っ!」


 傍若無人で目がハートになっている青城を見ていると、彼女に殺された日の事が鮮明にフラッシュバックしてしまう。

 セックスを迫られ、死が直前に迫り来て、なにより肉体が爆散するあの感覚を思い出すだけで、胃の中のものを全部吐いてしまいそうだ。

 もはや痛みなんて次元を超越した、全身に走る不可思議な感覚。

 まるで内蔵が内側からどんどん溶解していって、体の肉が全て裏返しになってしまうような、耐えがたい苦痛と衝撃。

 もういやだ。

 二度と死にたくない。

 そう思った瞬間、体に力が入った。

 あまり乱暴はしたくないが、俺だって死ぬわけにはいかないのだ。

 青城には悪いけど、ここは思いきり突き飛ばしてでも──


「そこの二人! 主陣くんの腕を押さえて!」

「「了解っ!」」

「っ!?」

 

 青城に掴まれていた腕が上がりかけたと思ったら、彼女を振り払う間もなく増援の二人に手首と関節を拘束されてしまった。


「青城おまえ……!」

「ふふふ、私一人じゃ主陣くんに力で負けちゃうからね。

 あらかじ主陣くんのデカマラを餌に二人、私の後を付けさせてたんだ。

 ありがと、二人とも♡」


 ウィンクをする青城だが、俺を拘束している二人はそんなものには一瞥もくれず、目を血走らせて涎を垂らしながら、今にも俺を喰らわんとしている。


「はぁはぁチンポ!」

「デカチンポ!」


 完全に目がイっちゃってるわコレ。こわい……。


「ていうか青城お前、って……!」

「うん、そうだよ? 主陣くんが教室を出てから、人を集めて事前に準備してたの。

 私はとにかくあなたの最強オス筋肉チンポとバトルがしたいから」


 あまりにも用意周到すぎる。孔明もびっくりだよ。


「ていうか女子高生が使うワードじゃないだろそれ……」

「私は女子高生じゃなくて女子学園生だよ」

「何が違うんだよ、それ」

「子供じゃないってこと」

「っ? おまえまだ高2だろ?」

「登場人物は全員18歳以上です」


 俺は17歳で未成年なんだよ離せェェェッ!!!

 

「ううぅ~~っ!」

「暴れないで!」

「うるせえ色情魔っ! 年下犯してマジ犯罪者になるつもりか!?」

「年下って考えたら興奮してきた」


 ダメだコイツ!

 

「ほら、まずはちゅーしましょ。んぢゅううぅ~~~っっっ」

「ぎゃあああぁぁぁぁ!! やめてぇぇぇぇ───」



 もう駄目だ、おしまいだぁ……と観念した、その瞬間。



「っ!? なっ、なによこれ!?」


 俺たちの周囲に、突然モクモクと煙が発生し始めた。

 完全に視界を遮ってしまう濃度の煙幕が辺り一面に充満し、俺どころか青城や他の二人まで煙に翻弄されて咳きこむ。

 そのおかげなのか、腕を押さえていた拘束力が落ちた。


「ゲホッげほ! け、けむいぃ……っ!」

(今しかないっ!)


 なんだかよく分からないが、とにかくこれは好機。

 強く腕を振り払えば、女たちの拘束は拍子抜けするほどにあっさり解けた。

 俺はそのまま手を前に突き出し、馬乗りになっていた青城を突き飛ばす。


「きゃっ! お、女の子に手を上げるなんてサイテー!」


 さっきまで年下をブチ犯そうとしていた犯罪者予備軍が何か言っているが、そんなものは無視だ。

 とにかく今のうちに逃げなければ。


(でも周りが見えない! どっちがどっちだか分かんないし、煙で目ぇ痛いし……!)


 俺と戦っていた彼女たちが煙で怯んだということは、つまり俺にも煙の効力は及ぶ。

 目尻から涙を浮かばせながら、ともかく前へ踏み出──そうとした瞬間。



「こっち」

「うぉ──っ!?」


 何者かに手を引かれ、俺は走りながらその場を離脱した。 

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