第8話




「……お、お前っ、本当にインなのか!?」

「うん」 


 数十分後。

 準備室の中にあった隠し扉を通って、俺たちはいま秘密の部屋で休憩をしている。

 普通の教室の半分くらいの広さで、壁にある大きな机には3Dプリンターやらパソコンやら配線がいっぱい繋がってるコンピュータがたくさんだ。

 ここはこの学園に元々存在していた部屋らしいが、抜きゲーみたいな世界の学園なので、こういった秘密の部屋があっても不思議ではない……と割り切ることにした。


 しかし、割り切れないというか、信じがたい話も同時に抱えてしまっている。


「何で女の子の姿に……」

「ハンデ。残機を一つ多く貰う代わりに、筋力と体力と男の体と表情を持ってかれた」


 この、目の前にいる黒髪ポニーテールの美少女が、自分の正体が俺の親友である火路胤ひろインだと名乗りやがったのだ。

 端的に言って困っている。

 もちろんこの世界で親友と再会できたことは嬉しいが、当の本人が女になっていたら、どんなリアクションをすればいいのか全く分からない。

 俺は頭を抱えていた。


「……ゲームをクリアしたら、元の姿に戻れるんだろうな?」

「うん」

「ホッ……」


 マジでホッとした。ホッって言っちゃった。

 困るだろ。男の友達が女になってたらさぁ。

 嫌ってわけじゃないけど、とにかく困る。

 朝起きたら美少女になっていた──通称”あさおん”を体験したらどうする? ……なんてくだらない会話をしたことはあったけど、まさか本当に女になってくるとは思わないじゃん。

 しかも結構かわいいし。

 胸は……そこそこ。無いわけじゃない。

 インのやつ、あの話をしてた時は『俺が女になったら胸揉ませてやるよ(笑)』とか言ってたけど、できれば忘れてて欲しいな。

 もし女の子の体を使ってからかわれたら、童貞丸出しの反応をして悔しい思いをしそうだから。


「そういえば……インのゲームクリアの条件って何なんだ?

 俺はバレンタインデーまで生き残ることだけど、同じなの?」

「……」


 黙っちゃったよ。なんでだよ。


「イン?」

「……」

「おーい」

「……ひみつ」


 そっすか。

 まぁ隠し事の一つや二つ、あったところで問題はない。

 親友だからって何もかも詳らかにしていいわけじゃないしな。

 これに関しては余計な詮索をするべきじゃないだろ。

 クリア条件が親友の俺に言うのも憚られるほど恥ずかしい内容だったとしたら、隠したい気持ちも理解できる。


「とりあえずインのことは分かったけど……」


 首を横に向けると、カップに注がれた熱々のコーヒーに苦戦している、幼い少女の姿がある。


「あちち……んっ。ボクは別に幼い少女じゃないですけど」

「心の中を読まないでください」

「読めちゃうからしょうがないでしょ。そういう顔してたし」


 どういう顔だよ。何でそれで読めるんだよ。怖いよ。


 ……俺たちを助けてくれたのは、かつて俺と一戦交えた相手であるロリ先輩だった。

 どうやら俺と先輩のひと悶着があった後、いろいろあって先輩がインに協力を申し出たらしい。


 俺たちが本当はこの世界の住人ではないことや、悪魔によって開催されているゲームの事は、元からインに聞かされていたようだ。

 それから俺のセックスで爆発して死ぬ呪いの事も諸々、この休憩中に全て話した。

 信用できる人間だと、そう判断したから。

 彼女は既に何回かインを助けていて、今回の逃走用ガジェットも全て彼女の自作とのことだ。

 十分信じるに値する。


 ……もっとも、逆に先輩が俺の話を信じてくれるかは、わからないけれど。

 荒唐無稽な話をしている自覚は流石にある。

 それにこんな呪いの話をしておきながら、俺と先輩がセックスしたときは、なぜか爆発しなかったのだ。

 正気を疑われて当然だろう。


「いや、信じるよ」

「えっ?」


 先輩は机の上にコーヒーを置いて、しっかり俺と目を合わせた。

 背が低いのに完全に俺と目線が一緒なのは、彼女が椅子の上にクッションを置いているからだろうか。


「事実、こうして学園中が君のフェロモンで大混乱してるし。疑う余地がないよ。きっとボクもイン君も、こうして鼻栓を詰めてなかったら、皆と同じように発情していただろうね」

「は、鼻栓……?」


 二人ともそんなのしてないように見えるが。


「奥に詰めてあるんだ。ボクが開発した完全遮断性の高性能ミニ鼻栓さ。

 女の子だし、見た目にも気を遣わないとね」

「はぇー……すっごい」

「なんか危険なガスとか使われた場合の対策としてあらかじめ作っておいたんだよ」


 それは随分と用意周到だ。しかし、俺の腕時計はついさっき赤い点滅をやめた。


「あっ、先輩、俺もうフェロモンは出ていないみたいです」

「そうなの? じゃあ外そうかな……ふんっ」


 ティッシュを鼻に添えてひと吹き。

 すぽんっ、と鼻から出てくる粒。きったね。


「うるさいなぁ! これでも頑張って作ったんだぞ!」

「それ、鼻で息できるんですか?」

「できないよ。口でしか呼吸できないから、そのせいでイン君も途中でバテそうになってたし。

 まぁでも、そろそろ高性能マスクが完成するんだ。息苦しくなくて、デザインも可愛くて、尚且つ君のフェロモンを遮断する優れものさ。

 ボクの技術力にアッと驚くといい」


 ふふん、と無い胸を張るロリ先輩。

 子供が大人ぶっているようにしか見えなくて微笑ましい。


「こ、こら! その保護者みたいな眼差しやめたまえよ!」

「えらいですねぇ先輩。撫でてあげます」

「うぇ? えへへ……っておい! 弄ぶなぁ!」


 遊ばれてる自覚があったらしい。

 思っていたよりも彼女は大人だったようだ。

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