旅立ち
コドクグモ討伐から3日経った。 オレ達はクッタさんに王都まで連れて行ってもらう事になっているのでクッタさんが村に滞在する間は待っている事になった。その間はトーラさんや村の人達と壊れた建物や畑なんかを直して回った。さすがに修復のスキルでも踏み荒らされた畑までは元には戻せない。
それ以外の空いた時間はゼニと一緒に鍛錬に励んだ。まぁオレの場合は鍛錬と言うよりは基礎体力作りなんだけど……。ただそんな時間にも収穫があった。それはヒールという魔法の効果だ。思った通りではあったけど、なんと筋肉痛には効果があるらしい。それはどういう事かと言うと、壊れた筋繊維が回復するって事みたいだ。
「?それが何だって言うんだよ?」
ゼニに説明したらこんな返事が返ってきた。まぁゼニだし仕方ないとも思ったけど、そもそもこの世界には筋肉がどうやって肥大するかって知識が存在しないのかも知れない。そこんとこの知識は意外にも豊富なんだよな、オレ。この辺は前世でお世話になったアキラさんに感謝だな。まぁ本人はただ筋肉のうんちくを誰かに話したかっただけなんだとは思うけど。
で、筋肥大のメカニズム、ざっくり言うと壊れた筋繊維が回復する時に筋肉が大きくなる、そんな所だ。ただ普通なら筋繊維が回復するのには2、3日かかる。でもオレにはヒールのスクロールがある訳で、筋繊維が壊れたそばからすぐに回復させる事が出来る訳だ。つまり数日かかるトレーニングを数時間でこなせるって訳だ。
「ふーん、じゃあお前、1日でムキムキになんの?」
ゼニさんそれは違います。ヒールで回復するのはあくまで怪我。そして怪我判定の壊れた筋繊維が回復するってだけで、失われた体力が戻る訳じゃない。それともう1つ分かったことがある。それはヒールは正確には『傷を治す』のでは無く、『強制的に傷を治させる』という事の様だ。
「何言ってんの?お前?」
うんそうだね、ゼニさんには理解出来ませんよね。つまりあくまで傷を治すのは本人の体、回復力を使うと言うこと。例えば片腕を失った場合、ヒールでは傷口は治せても失った腕は新しく生えてこないって事だ。もしかしたらくっつけてヒールかけたら元通りに戻るかも知れないけど。
で、本人の回復力を使って傷を治すって事は、その人自体の回復力が底をついたら治らないって事で、治せば治すほど本人は疲れてしまうって事なんだよな。だから1日でムキムキになるほど壊して回復してって言うのは現実的に無理な訳だ。世の中そんなに都合良くは出来ていないんだなぁ。
筋肉は1日にしてならず、とはアキラさんも良く言ったものだ。
そんなこんなで、あっという間に3日間が過ぎた。
「トーラさん、おじさん、おばさん、それとリリちゃん、お世話になりました」
「いやいや!お世話になったのはこっちの方だよ!特にトウゴくんがいなかったら今頃お母さんは……。コドクグモの巣も焼き払えたし、さらにその後村の修復まで……。なんてお礼を言ったらいいか分からないぐらいだよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいですよ」
「あ!いたいた!トウゴくん!」
向こうから大声でオレを呼びながら走ってくる人がいるぞ?
「あれ?どうしたのコガさん?」
コガさん?そう呼ばれた村人は50歳前後といった所の男性。あぁー、確か討伐の時もいた気がするな。
「間に合って良かったよトウゴくん。恩人の君に是非とも受け取って欲しい物があってね」
息を切らしながらそう言ったコガさんは背負っていた袋から何やら取り出した。
「僕はね、一応革職人をやっているんだ。で、コドクグモの皮はなんて言うか、虫と言うより獣に近い素材だったんだよ。軽くて丈夫だし、それでいて薄くて体の動きを邪魔しなさそうなんだ。それで君に使ってもらえたらって思って作ってみたんだけどギリギリになっちゃって……。でも間に合って良かった」
コガさんが渡してくれたのはどうやら何かを持ち歩くホルスターの様だ。何だろ?棒状の物を差すのかな?
「それは腰と両腕に巻いて使う物なんだよ。君はほら、スクロールを何度も使えるじゃない?だからスクロールを持ち歩く様にいいかなって思ったんだよ」
「なるほどぉ~!そう言う事なんですね!」
試しにリュックにしまってあったスクロールを1つ取り出してホルスターにはめてみる。
「ピッタリだ……」
「おぉ!良かった!じゃあそれは腰に巻いてみてくれ」
言われるがままに腰にホルスターを巻いてみる。
軽い、確かに軽いな。そして丈夫そうってのも何となく分かる。
「で、残りの2つは両腕に巻いみてくれ。うまく行くかは分からないが、そこに裏返しに巻いたスクロールをはめてみて欲しいんだ」
「裏返し?」
コガさんの言う通りにファイアボールのスクロールを一度開いて、裏返しにしてくるくる巻き、それを右腕に装備したホルスターに入れた。
「スクロールって開いた状態で触れる必要があるだろ?だからそれだと開いたって状態になってるんじゃないかって。厳密に言うと触れなくても魔力が送り込めればスクロールは使えると思うから、そのままで魔法が使えるんじゃないかって思ったんだけど……どうかな?」
「なるほど……そう言う事なんですね」
オレは試しに右手を少し先の石畳に向けて魔法を発動してみる。すると見事にファイアボールが打ち出された。
「おぉ!うまく行きましたね!コガさん!」
「やった!成功だね!」
そしてボロボロになり始めたスクロールに左手で触れて『修復』する。
「これは便利だなぁ~!コガさん!ありがとうございます!」
「喜んでもらえて嬉しいよ!これで少しは恩返し出来たかな?」
「もちろんです!むしろお釣りが出るぐらいですよ!」
コガさんも嬉しそうに笑ってくれた。その後少し談笑していると荷物をまとめ終わったクッタさんが合流した。
「さて、そろそろ準備はいいかな?良ければそろそろ出発するよ?」
「あ、分かりました」
オレとゼニは姿勢を正す。
「皆さん本当にお世話になりました。これからオレはこの世界の色んな所を見て回ろうと思います。機会があったらまた必ず寄りますね」
「あぁ!ぜひそうしてくれ!本当は少し寂しくなるが……旅の無事を祈っているよ!」
「ありがとうございます!では……行きますね」
「じゃあな!みんな元気でな!その内オレ様とトウゴの名声がこの村にも届くと思うから楽しみにしててくれよ!」
「お前何言ってんだよ!恥ずかしい!」
皆の笑い声に送られながらオレ達は村を後にした。
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