忙しい1日

「なんだ……?」


 クッタさんは何か良からぬ予感がしているのか怪訝な顔をしながら土煙が舞う方を凝視する。


「まさかまた……」


 見るとトーラさんの顔が一気に青ざめていく。


「くそ……!またコドクグモのやつらだったら……!」


 言うとトーラさんは腰のナイフを取り出し駆け出そうとする。


「トーラくん!大丈夫なのか!?」


「大丈夫も何も無いですよクッタさん!もしまたコドクグモが襲って来ているんなら何とかしないと!」


 トーラさんはクッタさんに向き直り叫ぶ。


「それはそうだが……」


「うわああああ!!!コ、コドクグモだ!コドクグモが出たぞ!みんな逃げろぉ!」


 男性が叫びながらこちらへ走って来る。


「コドクグモ!?」


 トーラさんが言ってたやつか?もしかしてこの村の人達のやられている毒って……?


 すると走って来る男性の後ろから3匹の大きな蜘蛛が追ってきていた。しかしそれは蜘蛛と呼ぶにはあまりにも大きい。胴体だけでも5歳児ぐらいの大きさはありそうだ。


「くそ!コドクグモめ!」


 トーラさんは駆け出し逃げてきた男性とコドクグモの間に割って入りナイフをコドクグモの背中目掛けて振り下ろす。しかしナイフを突き立てたとは思えない鈍く、刺すと言うよりは殴るような音が響きコドクグモは一瞬動きを止める。

 その隙に残りの2匹がトーラさんの脇をすり抜けこちらに迫って来た。


「う、うわあああ!来る!」


 逃げてきた男性は腰を抜かして地面に座り込む。そこへ目掛けてコドクグモが飛び上がり上から襲いかかる。


「これ!借ります!」


 オレは叫ぶとクッタさんの売り物の盾を手に取り男性に襲いかかるコドクグモを無我夢中で盾で受け止める。

 

 重い、これが蜘蛛の重さかよ!?


 オレは盾を左に薙ぎ払いコドクグモを吹き飛ばす。予想外の反撃に空中で体制を崩したコドクグモは腹を見せて地面に転がった。オレはすかさずリュックを降ろし中からスクロールを取り出し開く。


「黒焦げになれ!」


 スクロールから火球を放ちひっくりがえっているコドクグモの腹目掛けて放つ。


「ギィィ!」


 火球を腹に受けたコドクグモはたまらず足を縮こめる。てか蜘蛛って鳴くのか……?


「もう1発だ!」


 オレはもうひとつのスクロールを開き炎の玉を放つ。狙いはバッチリ、さっきと全く同じ場所に炸裂させた。弱い腹に炎を2発喰らったコドクグモはそれで動かなくなった。


『修復』


 スクロールをふたつとも直しながら残る1匹に向き直る。魔法で仲間が倒されるという全く予想していなかった事態にコドクグモは動かず警戒をしている。オレも盾を構え様子を伺う。チラッとトーラさんを見ると何とかナイフで応戦している様だがその顔には余裕は全く無い。これはどうにかしないと。


「狙うならやっぱ腹か」


 スクロールを開いたまま右手に持つ。


「こいつ、全然襲って来ないな?もしかしてビビってんのかな?それなら……」


 オレは両手を広げて精一杯大きな声で叫ぶ。


「うおおおおおーーー!!!」


「ギ…ギイィィイーーー!!!」


 それに応えるかの様にコドクグモが足を4本高く掲げて威嚇してくる。


「思った通りなんだよ!」


 オレは怯むこと無くコドクグモに向かって駆け出し、1メートルほど手前でスライディングしてコドクグモの下へ滑り込む。

 当然コドクグモは掲げた足を振り降ろし上からオレを押さえつけようとしてくる。それを盾で受け止め、隙間からファイアボールの魔法を放つ。


 至近距離で炸裂した魔法は激しく炎を撒き散らしたが、今はそれどころじゃない。


「もう1発喰らえ!」


 すかさず2つ目のスクロールを発動、コドクグモの腹にもう1発ファイアボールをぶち当てた。

 するとコドクグモは静かに全体重をオレにかけてくる。これは襲っているのでは無く、力なく崩れ落ちているだけだ。


 オレはコドクグモの死体を横にどけ立ち上がる。


「何とかやったか……」


 そうだトーラさん!大丈夫か!?


 トーラさんを見ると地面に仰向けに転がりその上からコドクグモが覆いかぶさっていた。トーラさんの手にはすでにナイフは無く、押さえつけてくるコドクグモの足を両手で掴み押し返していた。だがそれも徐々に押し負け今にも鋏角がトーラさんの顔に届きそうだ。


「くっそ!まずいな!」


 オレは手に持つ盾を水平に構え時計回りに一回転し、その遠心力を盾に乗せフリスビーの様に盾を投げた。おそらく安物であろうその盾には余計な装飾も無く、形もただの平べったい長方形であったためか、狙い通りに真っ直ぐ進み覆いかぶさるコドクグモの前頭部にヒットした。


「ギィイ!」


 思いがけない方向からの攻撃を受けたコドクグモはその衝撃で後ろに仰け反って体制を崩し、そのまま後ずさる。


「大丈夫ですか!トーラさん!?」


 オレは駆け寄りトーラさんの手を引く。


「あ、ああ!何とか大丈夫だ……!ありがとう」


「良かった……でもアイツをどうにかしないと……」


 残り1匹になったコドクグモは少し距離を取る。こちらの様子を伺っていると何かに気がついた様でやや左を向いてピタリと止まった。するとまた身を少し屈めて襲いかかるモーションに入る。


「なんだ?」


 コドクグモの向く先を目で追うとそこには腰を抜かして地面に座り込むクッタさんの姿が。


「まずい!今度はクッタさんを狙う気か!」


 くそ!盾はあっちに転がっている。間に合うか!?


 オレは全力で走り出した。それと同時にコドクグモが弾かれた様にクッタさんに向かって突進を開始。オレの向かう先はクッタさんの少し前方。オレとコドクグモのスピードがうまく噛み合いちょうど狙った場所に着けそうだ。

 オレはコドクグモと接触する地点の少し手前で前方に向かって思いっきりジャンプ。そのまま飛び蹴りを繰り出した。


「くらえぇ!」


 渾身の飛び蹴りは見事にヒット。コドクグモはスピードが乗っている状態で横からの予想外の衝撃を受け、大きく体制を崩し転がるようにクッタさんの横を通り過ぎて行った。


「仮面ライダーならこれでトドメを刺してるんだけどなぁ!」


 オレはクッタさんと転がったコドクグモの間に立つ。


「大丈夫ですか!?クッタさん!」


「あ、ああ!大丈夫だとも!」


 クッタさんもヨロヨロと立ち上がる。


 オレは手に持っていたスクロールをコドクグモに向ける。


「おいおい……嘘だろ……?」


 対峙するコドクグモの後ろから現れたのは2匹のコドクグモ。ここへ来てさらに数が増えるとか……、最悪だろ……。


「トウゴくん……」


 後ろでクッタさんも狼狽えてる。しかも目の前のコドクグモは今にも襲いかかってきそうだ。

 そして先ほど地面を転がって行ったコドクグモが身を屈める。


 来るか……?


「どおうりゃああああああ!!!」


 コドクグモが走り出す寸前、何者かが怒声と共にコドクグモに剣を振りおろし頭を叩き潰した。


「よっしゃ次来いやぁ!」


 そいつは援軍で来た残り2匹に向き直る。こちらからは後ろ姿しか見えないが、どうやら男性の様だ。軽装な鎧を纏い、何より特徴的なのは背中に大きな籠を背負いその中に何本もの剣や斧の様な武器が入っていた。


「来ねぇんならこっちから行くぞ!」


 叫ぶと男は右のコドクグモに向かって走り出し、籠の重さなど感じていないかの様なスピードでコドクグモに接近し一気に頭に剣を突き立てた。しかし突き立てた剣は甲高い音と共に真ん中から2つに折れた。


「ちっ!」


 舌打ちした男は背中の籠から一振のロングソードを取り出し抜刀する。コドクグモがそれを待っている訳も無く突進して来ていた。


「せっかちだなぁ!」


 コドクグモは男の前で飛び上がり襲いかかる。その高さはゆうに2メートルを超え、男の頭上から襲ってきた。男は飛びかかるコドクグモの喉元辺りに下からロングソードを突き立てる。コドクグモ自身の重さがそのまま乗りロングソードはみるみるうちにコドクグモの体にめり込んでいく。そして遂には背中からロングソードの切っ先が突き抜けた。

 しかしそれは逆に災いし、血を吹き出しながらもコドクグモの鋏角が男の顔に迫る。


「うおお!まじかよぉ!それは無しだろぉ!」


 あいつやばそうじゃん!オレはきっちり狙いを定めてファイアボールを放った。放たれたファイアボールは真っ直ぐに男とコドクグモに向かって飛び、見事あと少しで顔に届く鋏角に命中し弾けた。


「うわっちぃー!」


 弾けた火の粉が男にも降りかかる。文句言うなや。


 ファイアボールが当たった衝撃で男はコドクグモごと横に吹っ飛び転がる。地面に転がったコドクグモは足を縮めひっくり返って動かなくなったが、その体には折れた剣の刃が刺さったままだ。


「あっちちちちち!あちい!けど助かったぜ!」


 すぐさま起き上がって火の粉をバタバタ叩き落とした男がこちらを向く。男とは言ったが歳はオレと同じぐらいか?身長はオレよりも少し高い。筋肉もたっぷりと付き如何にも戦士という体躯で、無駄な肉の無い引き締まった体をしている。ボディビルと言うよりはフィジークって感じだな。爽やかな短髪にイケメンと言えばイケメン寄りの顔だがどこかアホっぽい。いわゆる残念イケメンだな。


「いやぁー助かったぜ。この魔法はあんたのか?あんた魔法使いなのか?にしても熱かったけどなぁ」


 そう言うと豪快に笑ってオレの肩をバシバシ叩く。


「痛えよ!助かったのはこちらこそだけど、とにかく痛え!バシバシすんな!ほら!その顔の火傷治してやるからちょっと落ち着け!」


 オレはリュックからヒールのスクロールを取り出して男に向けてヒールを放つ。


「おぉ?あんたヒールも使えんのか!やるじゃねえか!」


「いたた!もぉ分かったって!バシバシすんな!」


 いちいちバシバシしてくるやつだな!

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