21. トラウマ
祖父母もおらずこれといった親戚との付き合いが全くなかったので知らなかったが、残された俺たちは親族に煙たがられていた。
この人たちが親戚なのかと初対面の人ばかり。そして、俺らに同情するというよりむしろ邪険に思ってるような顔、顔。
あれはどこだったんだろう。床が畳で少し広めの和式の部屋、そこに座ってるか立ってるかの10人ほどの人が集まっていたということだけは覚えている。
「強盗殺人だって。犯人も皆目見当がつかない状況らしい、でも恨みでも買ってたんだろうな。……お子さんには可哀相だけど、流石にうちはすでに同じくらいの姉妹が2人もいるからなぁ。引き取るとなると難しいな」
「私のとこも転勤ばかりでなかなか落ち着かないわ、まだ子供も小学生・幼稚園と大変だし。それなら、お子さんも大きくなって、育て慣れているユウタロウさんのところの方がいいんじゃない?」
「いやー僕のところはダメだよ。大学生2人で一番お金がかかる時期なんだ」
「やっぱり施設だろうなぁ」頷き合う大人たち。
「じゃあ申請の仕方とか調べておくよ」
「あら、いいの?お願いするわね。うちも子供いないとはいえねぇ」
俺は、左手で父と母が一緒に写った遺影を持ちながら、右手でナツキの手を握っていた。黙っているしかなかった。ナツキも、あの日から全然喋れなくなっていて、真っ赤に泣き腫らした目で人形みたいにずっと俯いたままだった。
「何だ……ん、そんなに保険かけていたのか?それぞれ5千万もかけている家ってあるんだな」
「二人お亡くなりになった訳だからね……、うちでどうかしら?」
「うちもこれからの教育費にいくらかかると思っているんだ。大学まで行くとなるとそんなお金すぐなくなるよ」
「いいじゃない。義務教育まででも十分よ。それに……家のローンの残り全部を返しても全然お釣りが来るくらいになる訳だし」
「……毎月10万くらいは余裕ができるようになる訳か」
「おい、保険金が結構あるらしいぞ」
「あらあら、皆さん、別にうちが引き取るわよ。おたくはお子さんがすでに2人もいて大変でしょうし。4人となったら、まぁそれは大変よ。ね、あなた」
「そうだな、やはり子供がいない私たちの方がいいだろう」
「でも、やっぱり育てた経験のある方のほうがいいですよ」
「そういえば、私たちの子供もお兄ちゃんお姉ちゃんが欲しいってよく言ってたわね……、でも二人となったらねぇ」
「あ、そうだ。この子たち二人を一緒に育てるとなったら大変でしょう?だから、別々に預かって、養育費として残してくれた保険金を半分ずつというのはどうかしら?」
「……たしかに一人なら、私たちも引き取って、しっかり面倒をみれるわね」
「うちも姉妹だから男の子は難しいけど、女の子だけだったら大丈夫だろう」
「ちょっと、小学5年生よ。義務教育まであと4年じゃない?それよりあと1年の男の子の方がいいんじゃない?」
「まぁまぁ、それぞれどこが引き取るのか話をしましょう」
ナツキの手をグッと握る。手も冷たい。このまま死んでしまうんじゃないのかという不安がこみ上げた。ほんの少し前までは笑顔で走り回っていたのに……、涙が溢れる。
「……大丈夫です。僕がなんとかします」
「といっても、君ねぇ。まだ中学2年生でしょう?」
「僕が働きます」ナツキは俺が守らなきゃ。
「法律上、決まってるんだよ。それに今から働くことはできないんだ」
「お願いします……バイトでも何でも……何でもして働きます。ナツキは僕が責任をもって育てます……だから離さないでください……離さないでください、お願いします」俺は頭を下げる。
「だから難しいんだ。親がいないというのはまず住む所も借りられないんだよ」
「一年半だけ、一年半だけ待って下さい。このままでいさせて下さい。お名前だけ……お名前だけでも、保護者としてお借りするのはできませんか?……どうか離さないで下さい、お願いします……お名前だけでいいんです。お願いします……、どうか、本当にお願いします」
ずっと頭を下げ続ける。畳にポタポタ涙が染みこむ。
「名前を貸すというのは僕らの責任になるんだ。それなら、一年半だけ別々に暮らして、また一緒になった方がいいじゃないか」
ねぇ、と周りも頷いている。
「お願いします……、明日からバイトでも何でも……何でもします。すぐに働きます。どうか、お名前だけ貸して下さい……お願いします……お願いします」
「……気の毒だけどね、僕たちは君たちのことを考えて、何がいいのか考えてるんだ。君の言うとおりにしてあげたいけどね、大人になると法律とか色々あるんだよ」
「……本当にお願いします……名前だけお借りするだけでいいんです……離さないで下さい……本当にお願いします……本当にお願いします」嗚咽がとまらなくなり、頭を下げ続たまま、それだけ繰り返すしかなかった。
「だから、責任が——」
ガラリと襖が開き、一人の若い女性が現れた——それが初めて見たヒカリさんだった。
「ナミキリさんのお子さんはいらっしゃいますか?」
「誰だね、あなた」
「私、ナミキリさんご夫妻と親しくさせて頂いていた者です。生前、ご夫妻よりこちらの遺書をいただいており、後見人・保護者として依頼を頂いております」
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