20. 気詰まりは言葉の詰まり
面談というか雑談が終わり教室を出ると、キタとその母親が廊下の椅子に座って待っていた。
「……あれ一人?」
俺を見たキタは思わず声に出してしまったのだろう、そう言った後に少し俯いて気まずそうにしていた。
「ヒカリさんに急用が入ってね」
俺はそれだけ答えた。
「あらーナミキリ君ね。わからなかったわ。元気にしてた?」キタ母が、作ったような笑顔で俺に話しかけてきた。
「はい、まぁ」
「しばらく見ないうちに大きくなったわねー。カナと同じクラスで勉強頑張ってるとは聞いてるわ。色々大変なのに偉いわね」
「まぁ……はい」テキトー言いやがって。
そこで「お母さん、そういうのいいよ」とやんわりとだが嫌そうに母親を制するキタ。
「じゃあ俺行きます」
俺は軽く会釈して図書室へと向かうためそこから立ち去る。
後ろから「愛想ないねぇ。まだあの若い女の人と暮らしてるの?」なんてほのかに聞こえて後に、キタが少し声を荒げて反抗しているのが聞こえた。
「……ねぇ、ここいい?」
放課後の図書室、先に特等席を陣取っていた俺だったが、クリュウは同じ机の斜め向かいの席を指さしながら言った。
たしかに、その席は、今まで相席になるためお互い避けていたが、この図書室の中で二番目によい席だろうな。図書室で勉強してからの帰り——といっても、5分くらいだが——、ちょくちょく会話するようになったし、クリュウも気兼ねしなくなったってとこか。
「……あぁ」
クリュウは、頷きなのか礼を言うためなのか分からないような角度でコクと頭を下げて座った。
今日は、小さな雨音が心地良く外から聞こえている。雨の日の図書館は、湿気混じりの本の匂いで満たされる。
「なぁ、数学以外の教科も勉強したらどうだ?」
「……いい」
「だって、クリュウこれ凄い点数だぞ」
図書室が閉まる間際、他に誰もいなくなって会話していたところ、模試の話になって俺はクリュウの模試の成績表を見せてもらった。
国語と英語が壊滅的だ、英語についてはS特と特クラのなかで最下位なんじゃないか?
「……大丈夫」
「でも、これだと定期テストとか大変じゃない?その……進級とかもマズいんじゃね?」
クリュウは真顔でじっと俺の目を見つめる。図星なのか、怒っているのか、感情がよくわからない。
「いや、ただ本当もったいないと思って。数学が得意ってのは、入試に置いてかなり有利に働くからさ。だから、英語だけ少し頑張っておけば、かなりいい私大に行けるんだよ。2教科受験もあるしね」
「考えてない」
「将来、こうしたいとか、この大学行こうとか決めてないの?」
「……ない」
「じゃあ何で勉強してるの?」
「好きだから」
「それなら数学科とかに行くと面白いんじゃないかな。だって、数学だけすれば仕事になるわけだろ」
「……」
クリュウの目が少し輝いたかのように見えたが、すぐに目線を落としてしまったので、表情は定かではない。考えているのだろうか。
「人生、ずっと数学だけすればいいんだぜ」
「……でも、今してることだけが大事だから」
「じゃあ趣味って感じか?」
「……ううん」
「違った?」
「……ユウにはわからないと思う」
いつもの感情の読み取れない表情だったが、ちょっとだけ唇を固く結んだのがわかった。
「あ、悪い。失礼だったかな」
「ううん……ただ単にわからないんだと思う。私もちゃんと伝えられないし」
「そうか」
気を悪くさせちゃったかな。
家で反省した。俺はキタと似たようなお節介をしたんじゃないのか、せっかく勉強できるんだからもったいないよなんて、こっちの勝手な思い込みだしな。人のことを言ってられねぇって自己嫌悪が襲ってきてあまり眠れなかった。
結構失礼だったな。キタもキタで今の俺みたいな感じだったのかもしれない。今度キタに言い過ぎたと謝るべきかもしれないな。
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